第十三話 営みの町
三郎は歩き出した。
博多の大通りを、天秤棒も持たず、ただ二本の足で歩いた。
呉服屋の前を通り、米屋の前を通り、銀行の前を通った。どの店も活気があった。どの店にも、客がいた。
門司港は石炭で栄えた新しい港町だが、博多は違う。何百年もの商いの歴史が、この町の地面の下に積み重なっている。その厚みが、町並みのそこかしこから滲み出ていた。
博多川のほとりに出た。
川面に、午後の陽が反射して眩しかった。川沿いの柳が風に揺れている。
「いい町だ」
三郎は、川面を見つめながら言った。
「おれは、この町が好きだ」
博多に来て、まだ半日しか経っていない。
だが三郎は確信していた。ここが自分の居場所になると。
桜井の白い砂浜とも、唐津の松原とも、門司の港町とも違う。
だが博多には、三郎の野心を受け止めるだけの器がある。そう感じた。
「そんなに博多が気に入ったのか、兄やん」
「ああ、気に入った。さすがは商売の土地柄だ。儲けることに罪を感じていないのがいい」
「罪、とは?」
幸四郎は怪訝そうに首をひねった。
「士族の商法、という言葉があったな。明治になった途端に家禄を失った武士が、食っていくためにとりあえず商売をやってはみたものの、まるでうまくいかずに失敗した、と」
「ああ。……あの月原サキという娘の家も、その類だったな」
「まあ、そうだ。武士は商売をやるのを恥ずかしがった。しかし、士族うんぬんを抜きにしても、世の中には金儲けを恥としたり、あるいは罪だと感じたりする人間は存外、多いものだ。確かに金がすべてという人間は欲まみれで良くない。だがな、それが正当な商取引によって得た利潤ならば、正しい金儲けならば、それはなんら恥じることはない、とおれは思う。だが世の中は、金儲けをする人間を嫌う者も多い――しかし博多は違う。おおいに儲けろ、おおいに商え、という気風だ。おれはそれを感じ取った。素晴らしいことだ。おれは、どんどん、儲けたいのだからな」
三郎は一気呵成に喋った。自分の感性を、言葉にすることで整理しているようだった。
「兄やん、そういう話なら、桜井とも少し似ているな、博多は」
「うん。桜井の連中も、儲けることにためらいがない」
三郎は笑った。
桜井が、というより三郎たちの出た伊予国の商人がそうかもしれない。
なにしろ諸国では、伊予商人の通ったあとはぺんぺん草も生えない、と呼ばれているほどだ。それほど、伊予国――現在の愛媛県出身の商人はがめついと言われている。
「誰の目を気にすることもなく、おおいに働ける。人間として生きるのに、こんなに素晴らしい土地はない」
三郎は博多を激賞しながら、しかし、すっと冷静な声になって、
「さあ、船に戻るぞ。明日から本格的に動く」
三郎と幸四郎は、博多の町を後にして、船溜まりに戻った。
大龍丸の甲板では、田村と北條が待っていた。
「大将、博多はどうでしたか」
田村が尋ねてきた。
「良い町だ。おれたちの商いが、必ず通用する町だ」
「売れますか」
「売る。売ってみせる」
三郎は甲板に座り込んで、懐から帳面を取り出した。
今日歩いた博多の町の地図を、記憶を頼りに書き始めた。通りの名前、目立った店の位置、駅との距離。幸四郎が横から覗き込んで、三郎の覚え違いを訂正した。この弟は、一度見たものをよく覚えている。
夕暮れの博多湾が、茜色に染まっていく。
対岸の能古島の影が、夕日を背にして黒いシルエットになっていた。海面に、橙と紫が溶け合って、刻一刻と色を変えていく。漁師の舟が一隻、島影に向かって滑るように進んでいった。
三郎は帳面から顔を上げて、その夕景を見つめた。
(博多の夕日も、悪くない)
瀬戸内の夕焼けとは違う。佐賀平野の壮大な夕焼けとも違う。博多の夕日は、町の屋根の上に沈んでいく。家々の煙突や、寺の屋根や、柳の梢を赤く染めながら、ゆっくりと西に傾いていく。
人の営みの上に沈む夕日だ。
三郎は、それを好きだと思った。
(人々の営みの上でこそ、こいつはより輝く)
三郎は桜井漆器を取り出して見つめると、ニッタリと微笑んだものである。
博多に腰を据えた三郎は、翌日から漆器を担いで町を歩き始めた。
博多の中心部である。人力車などを使わず自分の足で歩いて、土地の空気を肌で掴みながら商いたかった。
天秤棒に漆器の見本を吊し、大通りから裏通りへ、表長屋から裏長屋へと回っていく。
唐津の農村でやったのと同じ要領だ。まず声をかけ、たばこを勧め、世間話をしてから漆器を見せる。
だが、博多では勝手が違った。
「ほう、伊予の椀屋さんか。博多に来るとは珍しいねえ」
最初に声をかけた商家の主人は、三郎の見本を手に取って感心した。
「良い品だ。桜井漆器か。堅牢で、艶もいい」
「ありがとうございます。お求めいただけますか」
「いくらだね」
「二十人前一式で、四十五円でございます」
主人の顔が曇った。
「四十五円か。いやあ、悪いね。いまは手が出んよ」
はっきりと断られた。
同じやり取りが、二軒目でも、三軒目でも繰り返された。
漆器の品質を褒めない者はいなかった。桜井漆器の出来は、博多の町人の目にも明らかに良いものと映った。だが、四十五円という値段の前に誰もが引いてしまう。
翌日、鉄道に乗って博多から八幡のほうへ向かうと、状況はさらに厳しかった。
八幡の製鉄所の周辺には、職工やその家族が住む長屋が建ち並んでいる。洗濯物がはためき、子供たちが路地で遊んでいた。生活の匂いが濃い。
三郎は長屋の住人にも声をかけた。
「漆器一式、いかがですか。月給をもらっておいでなら、きっとお求めいただけるかと」
「ああ、いい品だねえ。ほしいよ。うちも息子が来年、兵隊に行くことになっていてね。漆器の一式がないと恥ずかしい」
「ぜひ」
「だが、四十五円はきつい。月給はもらっているが、そんな大金を一度に出せる余裕はないよ」
会社勤めの人間は確かに月給をもらっている。だが、月給の額は限られている。漆器一式の四十五円は、月給の何か月分にもなる。一度に支払えるはずがなかった。
(値段を安くするか)
三郎は一瞬、そう考えた。
だが、すぐに思い直した。ここで安売りをしては、金持ちにはなれない。安く仕入れて安く売る商売では、利幅が薄すぎる。桜井漆器の品質は確かなのだから、値段を下げるのは品物に対する侮辱でもある。
(ならば比較的、安い漆器をまず売るか? しかし安物ばかりが売れて、高いものが売れ残っては。そんな小さな商いをするために博多に来たのではない)
考えろ三郎、と自分に言い聞かせる。
三郎は自分を、商いの神に愛された男だと思っている。それくらいの自惚れがなければ、独立して商売などやっていけない。だがそんな自意識とは裏腹に、みずからを天才だとは思っていなかった。凡愚である。だからこそ頭を必死に回転させ、身体を張って生きていかねばならないのだと思っていた。
この場合もそうだった。
三郎は必死で、考える。悩むのである。
どうすれば、漆器の高価なものを高価なままで売れるのか。
(品は良い。誰もがほしがる。だが、みんな金がない。となると、どうすればいい)
やはり頼母子講か?
ここでも、そうするか?
(しかし月給取りには、講を組むような連帯感がない。少なくとも、唐津の村々と比べれば。……頼母子講の漆器売りは、都市部ではうまくいきそうにない。だが、月給という金が間違いなくあるんだ。必ず、売れる方法があるはずなのだ)
三郎は悩みながら、なお足を動かした。
八幡から小倉へ、小倉から門司へ。
八月である。響灘から吹きつける風は湿気を含み、肌にまとわりつく。額の汗を何度拭いても、すぐに新しい汗が噴き出した。
街道の両側には、煙突を持つ工場の影がところどころに見えた。日本が工業国へと変貌しつつある、その最前線のひとつが目の前にあった。煙突から立ちのぼる煙が、青い空に灰色の筋を引いている。
小倉を過ぎ関門海峡が近づいてくると、潮の匂いが濃くなった。海峡の向こうに下関の町影が見える。汽船の煙突が何本も立ち並び、石炭を運ぶ艀が行き交っていた。




