↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様方、せめて人前では善人でいてください ~四聖印が選んだのはクズ四人でした~  作者: にじいろウニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/22

第9話 勇者様のサインは銀貨一枚

 マルセンの町の門をくぐった瞬間、レオル・ヴァニスは自分が有名人になったことを知った。


「勇者様だ!」


「本物? 本物のレオル様?」


「新聞の絵よりずっと格好いい!」


 門の内側に人だかりができていた。宿屋の女将も、パン屋の親父も、学校帰りの子供たちも、みんなこちらを見ている。窓から身を乗り出している人までいた。


 マルセンはドレンから北街道を一日南へ戻った宿場町だ。旅人が多いぶん、新聞もよく売れるらしい。王都の見送り以来の人出だった。いや、あのときより近い。手を伸ばせば届く距離に観客の大群がいる。


「おいおい、まいったなあ」


 まいった顔を一秒だけ作ってから、レオルは両手を大きく振った。黄色い声が上がる。最高だ。北に来て、本当によかった。


「レオル」


 後ろから、マルタの低い声がした。


「何? 今いいとこなんだけど」


「サインを求められたら、すぐには書くな」


「なんで」


「値段を決めてからだ」



 次の日の昼、町の広場に長い机が一つ置かれた。


 机の上には羽根ペンとインク壺と木の箱。箱の横にはマルタの字で書いた札が立っている。


『勇者レオル・ヴァニス 直筆サイン 一枚 銀貨一枚』


「高くね?」


「安い。王都なら三枚取れる」


「で、俺の取り分は?」


「七割。私が三割。場所代と、札の代金と、列の整理代だ」


「列の整理って、お前座ってるだけじゃん」


「座っているから、列が乱れない」


 よく分からない理屈だった。けれど列はもう、広場の端から通りの角まで伸びていた。


 レオルは羽根ペンを持った。サインの練習は王都にいたころからしてきた。三種類ある。普通の『レオル・ヴァニス』と、崩した『L・V』と、特別な相手にだけ書く、星のついたやつだ。


「お名前は?」


「リリーです! 勇者様、握手もいいですか?」


「いいよいいよ。……マルタ、握手は?」


「銅貨五枚」


「取るの!?」


「取る」


 列の人たちはそれでも喜んで払っていった。


 百人を過ぎたあたりで、母親に手を引かれた男の子が机の前に来た。五歳くらいで、鼻の頭が赤い。握りしめていた手のひらを開くと、銅貨が三枚のっていた。


「これしか、ないです」


 母親が申し訳なさそうに頭を下げた。後ろに並んだ人たちが、こちらを見ている。三十人、いや、五十人はいる。


 レオルは男の子の頭に手を置いた。


「いいって。お前はタダ。特別なやつ書いてやるよ」


 羽根ペンを走らせて、名前の横に星を一つ描く。男の子の顔がぱっと明るくなった。後ろの列から拍手が起きる。


 隣で、マルタが帳簿に何か書きこんだ。


「差額はお前の借りにつける」


「つけんなよ! 今のいい場面だったろ!」


「場面に値段はつかない。だから借りにした」


 二百人を過ぎると、手首が痛くなってきた。三百人を過ぎると、『レオル・ヴァニス』の『ヴ』が何の字だったのか、自分でも分からなくなってきた。


 それでも、レオルは書きつづけた。並んだ一人ひとりが、自分の名前を呼んでくれる。それを聞いているあいだは手首の痛みが半分になった。


 セレナは列の横で紅茶を片手に、順番を待っている人たちと話しこんでいた。昼までに、手帳が十ページ埋まったらしい。


 ロアンは広場の隅に小さな台を出していた。台の上には手のひらほどの木の札が並んでいる。表にはレオルの顔らしき絵と、意味の分からない紋様が描いてあった。


『勇者公認 魔除けのお守り 銅貨五枚』


「公認してないけど」


「今、お前が見てるから公認だ」


「意味分かんねえよ」


「売れてる」


 本当に売れていた。



 騒ぎが起きたのは夕方だった。


「おい、こっちのお守り、銅貨三枚だぞ!」


 広場の反対側に見たことのない露店が出ていた。同じ木の札を売っている。レオルの顔らしき絵も、意味の分からない紋様も、そっくりそのままだ。


 ロアンの顔色が変わった。


「……偽物だ」


「お前のも偽物だろ」


「俺のは本物の偽物だ。あれは偽物の偽物だ」


 ロアンは煙草をくわえたまま、つかつかと露店へ歩いていった。露店の男がロアンの顔を見て目を泳がせる。


「な、なんだよ、兄ちゃん」


「その紋様、どこで写した」


「どこって、そっちの露店のを見て」


「著作料だ、もらえるか」


「そこかよ!」


 レオルはサインの手を止めて叫んだ。


 そこへお守りを買った客たちが、両方の露店に詰め寄ってきた。


「どっちが本物なんだ!」


「勇者様、どっちが本物ですか!」


 広場じゅうの目がレオルに集まった。観客は三百人を超えている。こういうときこそ、勇者の出番だ。レオルは羽根ペンを置いて立ち上がった。


「両方、偽物です!」


 広場がしんと静まり返った。それから、怒号が上がった。


 騒ぎが収まったのは日が暮れてからだった。ロアンのお守りの売り上げは、全額客に返すことになった。マルタは自分の取り分の三割だけはしっかり確保していた。


 ただ、返金を断った客が一人だけいた。腰の曲がったお婆さんだ。お守りの木札を両手で包むように持って、首を横に振る。


「息子が北の砦の兵隊でしてね。勇者様のお顔が描いてあるなら、偽物でもいいんですよ。送ってやりたいんです」


 ロアンは差し出しかけた銅貨五枚をポケットに戻した。お守りを受け取って裏返し、指先の火で小さな印を焼きつける。


「……これで、本物だ」


「ありがとうねえ」


 お婆さんは何度も頭を下げて帰っていった。


 レオルはそれを横目で見ていた。今の、俺がやればよかった。観客、まだけっこう残ってたのに。



 その夜、宿の食堂に王都からの新聞が届いた。女将がうれしそうに持ってくる。


「勇者様、ご覧になりました? 王都新聞の人気投票の第一回の中間発表ですって!」


 レオルは新聞をひったくった。一面に大きな表が載っている。


『英雄人気投票 第一回中間発表』


 一位、騎士ユリウス・ハルト。二位、騎士団長ガルド。三位、王国魔術師団の誰か。五位に聖女セレナ。七位に戦士マルタ。九位に賢者ロアン。


 十位まで全部読んだ。もう一度、頭から全部読んだ。勇者レオル・ヴァニスの名前は、どこにもなかった。


「……え?」


 表の下に小さな字で記者の解説が添えてあった。


『なお、勇者レオル様は十一位。「サインが有料である」との声が、王都でも少なからず寄せられている』


 紅茶を飲んでいたセレナが新聞をのぞきこんだ。


「まあ。私、五位ですって」


「私が七位。順位に金は出るのか」


「九位か。十分だな」


「なんでだよ! 今日だけで三百枚書いたんだぞ!」


「その三百枚が全部有料だったからだろ」


 ロアンが煙草の煙を天井に向けて吐いた。


 レオルは女将に葡萄酒を頼んだ。一杯目で頬が熱くなり、二杯目で、目の前の新聞の字が揺れはじめる。三杯目を頼もうとしたところで、マルタに杯を取り上げられた。


「お前、二杯で限界だろ」


「限界じゃねえし。俺、酒豪だし」


「酒豪は二杯で新聞に話しかけない」


 言われてみると、レオルは新聞に向かって指を突きつけていた。


「お前な、ユリウスってのがどんな奴か知らねえけどな、俺のほうが絶対、顔はいいからな」


 セレナが手帳に何か書きこんだ。


『レオル様、二杯で新聞と会話』


 レオルは新聞をテーブルに叩きつけた。


「集計が間違っている!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。