第10話 護衛対象がいちばん信用できない
マルセンを出て南東へ抜ける道を進み、東街道に合流したところで、四人は商隊の護衛を引き受けた。
依頼主のダルマンは会った瞬間から香水の匂いがした。薔薇に甘ったるい香木を混ぜたような匂いだ。首に太い金の鎖を下げ、話すたびに、白い手袋をはめた手を胸に当てる。
「勇者様方に護衛をお願いできるとは、光栄の極みです。わたくし、商売は信用第一ですから」
マルタ・グロシュはその台詞を聞いた瞬間に帳簿の新しいページを開いた。
『依頼主ダルマン 口癖「信用第一」 要注意』
信用第一と自分で言う商人は、だいたい信用できない。母の口癖だった。母は二十年、市場で野菜を売っていた。
「荷の中身は」
「絹と、南の香辛料でございます。荷車五台。このまま東街道を東の港町カリスまで参ります」
「報酬は」
「金貨二枚。前金で半分」
「契約書を」
ダルマンが差し出した羊皮紙を、マルタは一行ずつ指でたどって読んだ。『荷の内容 絹および香辛料』。その一行を確かめてから、自分の名前を書きこんだ。
カリスは北の前線へ物資を送る補給路の要所だ。広報局のイネスを通せば、「補給路の確認」という名目で旅費も出る。前線は膠着したままで、急ぐ理由はない。道中で金になるなら、寄り道は寄り道ではない。
商隊には顔見知りが混じっていた。
「おう、戦士の姐さん!」
塩売りのボルクだった。関所で言われたとおりに避難民へ塩を売ったら、三日で全部はけたと上機嫌だ。今度は東の港町まで塩を仕入れに行くのだという。ダルマンの商隊の後ろに、自分の荷馬車を一台つけさせてもらっていた。
三日目の昼、街道の脇で休んでいたとき、そのボルクが小声で話しかけてきた。
「姐さん。あの絹の荷車、気づいたか」
「気づいた」
マルタはとうに気づいていた。
ダルマンの荷車の車輪が道の土に深く沈んでいる。絹は軽い。香辛料も、袋で運べばそれほどの重さにはならない。荷車五台分の絹と香辛料で、車輪があれほどめり込むはずがなかった。荷車を引く馬がどれも息を荒くしているのもおかしい。
「下に何か重いものを積んでいる」
「だろうな。俺も三十年、荷を見てきた」
その夜、マルタは見張りの番のついでに、三台目の荷車の幌をめくった。絹の反物を三本どかすと、下に木箱が並んでいた。釘で打ちつけた蓋の隙間から、青白い光が漏れている。
魔石だった。それも、王国が国外への持ち出しを禁じている、大粒の魔石だ。
焚き火のそばに戻ると、ロアンがまだ起きていた。
「見たのか」
「見た。お前、気づいてたな」
「荷車の横を通るたびに、魔力の匂いがしてた。最初の日から」
「なぜ言わなかった」
「聞かれなかったから」
マルタはロアンの借りの欄に銀貨一枚を書き足した。情報を黙っていた罰だ。ロアンは文句を言わなかった。言えば二枚になるのを知っている。
離れた天幕ではダルマンが柔らかい毛布にくるまって、鶏の丸焼きを食べていた。護衛に出されるのは固い黒パンだけだ。
レオルはダルマンの葡萄酒を一本勝手に持ち出してきて、二杯で寝た。セレナは荷運びの男たちの焚き火に混ざって、ダルマンには奥様が二人いるらしい、という話をうれしそうに仕入れてきた。
翌朝、マルタはダルマンの前に契約書を広げた。
「荷の内容、絹および香辛料。実際は禁輸の魔石。契約違反だ」
ダルマンは白い手袋の手を胸に当てた。
「おや、何のことでしょう。わたくしは信用第一で」
「三台目の幌の下だ。二十四箱。一箱あたり金貨三枚。全部で金貨七十二枚。港の向こうで売れば倍になる」
ダルマンの顔から、作り笑いが消えた。
「……いくら欲しい」
「そういう話はしていない」
マルタは契約書のある一行を指で叩いた。
「申告と違う荷を運ばせた場合、護衛は契約を解除できる。そのうえで、違約金として報酬の三倍を請求できる。ここに書いてある」
「そんな条項、わたくしは」
「お前の契約書だ。ちゃんと見ろ」
ダルマンは羊皮紙をひったくって読んだ。自分で書いたはずの一行を見つけて、口をぱくぱくさせている。
そのとき、街道の両側の林から、口笛が聞こえた。
現れたのは二十人ほどの盗賊だった。革の鎧に錆びた剣。真ん中に立っている頭目は熊のように大きな男で、片方の耳がなかった。
「よう旦那。例の荷をいただきに来たぜ」
例の荷、と頭目は言った。盗賊たちは最初から魔石が目当てで来ている。誰かが密輸の話を漏らしたのだ。
レオルが剣を抜きかけた。見ているのは商隊の人間が十五人ほど。レオルにとっては悪くない人数らしい。
マルタはその腕をつかんで止めた。
「待て。交渉する」
マルタは一人で、頭目の前まで歩いていった。
「お前たちの狙いは三台目の魔石だな」
「おう。話が早え」
「あれは禁輸品だ。港で売るには密輸の伝手がいる。お前たちにはあるのか」
「あるさ。港のゴルド商会が一箱金貨三枚で全部買う。簡単な話だって、あの男が」
「あの男」
「情報を持ってきた野郎だ。顔は隠してた。……何だ、その顔は」
荷馬車の上から、ボルクが身を乗り出した。
「ゴルド商会って言ったか。あそこは三年前に潰れたぞ。俺は港で塩を下ろしてるんだ、間違いねえ」
頭目の笑いが固まった。
「……嘘をつけ」
「嘘だと思うなら、港の商人組合の名簿を見ろ。それより先に数字を見ろ」
マルタは懐から帳簿を出して、指で行を叩いた。
「公式の値は一箱金貨三枚。だが禁輸品は港の闇では三分の一に買い叩かれる。金貨一枚だ。密輸組織を間に挟めば、取り分が三割抜かれる。二十四箱で、手取りは金貨十七枚弱」
「……」
「準備に使った金は。この一月、お前ら二十人が飯を食って、武器を研いで、情報屋に払った分。いくらだ」
「……情報料だけで、銀貨二百。あとは飯と、武器の研ぎと、薬と、移動の費用だ。全部で、金貨十九枚ってところか」
「手取り十七枚弱に使った金が十九枚。売れたとしても、金貨二枚の赤字だ。それに、この魔石には魔力の印が刻まれている。持っているだけで、騎士団の鑑定士に出所が分かる。売れても、そのあと追われる」
「それは、あの男が、足がつかないって」
「その男は買い手が潰れていることも知らなかった。知っていて黙っていたなら、お前たちを使い捨てる気でいた。どちらでも、損をするのはお前たちだ」
頭目は片方しかない耳をかいて黙りこんだ。後ろの盗賊の一人が頭目の袖を引いた。
「頭。俺ら、騙されたんじゃ」
「黙ってろ」
唸った声にはもう力がなかった。
「……引いて、どうなる。ここまで来て手ぶらじゃ、若えのに示しがつかねえ」
「引け。代わりに、私たちはお前たちの顔を騎士団に報告しない」
頭目はマルタの顔をにらんで鼻を鳴らした。そのうちに、腹を抱えて笑い出した。
「おもしれえ女だな。わかった、引いてやる。まずはその男に落とし前をつけてからだ。……そのあと、今度会ったらただじゃおかねえぞ」
「そのときはそのときの値段で話す」
盗賊たちは舌打ちをしながら、林の中へ戻っていった。
「えー、斬らないの? 観客いたのに」
レオルが抜きかけた剣を不満そうに鞘へ戻した。
「斬れば、死体の始末と、騎士団への報告と、盗賊の仲間の仕返しがついてくる。割に合わない」
「そんなのどうでもいいじゃん」
「だめだ。金にならない仕事はしない」
魔石は次の町の役所に引き渡された。ダルマンは役人に両腕をつかまれて連れていかれた。最後まで、「信用第一だ」とわめいていた。
商隊の荷運びの男たちはマルタを遠巻きに見ていた。
「あの戦士、盗賊と手を組んだらしいぞ」
「依頼主も売ったんだってよ」
盗賊からは「次は覚えてろ」と言われ、商隊からは白い目で見られた。両方から嫌われたが、マルタは別に構わなかった。契約は守った。守らなかったのは向こうだ。
ボルクだけが、荷馬車の上から手を振っていた。
「姐さん、港に着いたら、塩を一袋送るよ。ただでな」
「ただは困る。銅貨一枚、払う」
その夜、マルタは役所の一室で、違約金の請求書を書いた。
『違約金 報酬の三倍 金貨六枚 請求先 ダルマン』
書き終えて顔を上げると、窓の外に見覚えのある大男が立っていた。片方の耳がない。盗賊の頭目が窓枠に肘をついて請求書をのぞきこんでいた。
「……なあ、姐さん。あんな啖呵切って悪ぃが、その書式、ちょっと見せてくれねえか。うちの若えのに字を教えてえんだ」
「写すなら、一枚銅貨三枚だ」




