第7話 全部俺の手柄でいいだろ
「隊長、今日はどちらへ?」
隣の馬の上から、従者のピムが尋ねた。十二歳で、返事をするときに必ず背筋を伸ばす子だ。
「北へ向かう途中にドレンという鉱山町がある。そこで、四聖印の勇者様方が坑道の魔物を退治されたそうだ」
「はいっ、隊長! 四英雄様ですね!」
ユリウス・ハルトは手綱を握り直した。七年前に騎士に叙任された日から、自分に言い聞かせてきた言葉がある。
この剣は王国のために。この命は弱き者のために。
口に出すと照れくさいので、唱えるのはいつも胸の中だけだ。
四人の記事は新聞で全部読んでいた。王城を守り、関所の不正を正し、村の横領を暴いた。どの記事にも、私心のない立派な人柄がにじんでいた。ぜひひと目お会いしたいと思っていたところへ、ちょうど通り道の町にいらっしゃると聞いたのだ。
ところが、町まであと半里というところで、荷車が街道脇の溝に車輪をとられて傾いていた。持ち主の農夫が一人で押している。
ユリウスは何も言わずに馬を降りた。剣と鎧を鞍に掛けて、泥の中に膝まで入り、荷車の下に肩を入れる。
「隊長! 鎧が、鎧が汚れます!」
「鎧は洗えば落ちる。……いち、にの、さんっ」
荷車が溝から出たとき、ユリウスは頭の先から靴の中まで泥だらけだった。何度も礼を言う農夫には通りがかりですから、と答えた。それから、自分の格好を見下ろして心配になった。
「ピム。今から勇者様にお会いするのに、私は泥だらけだ。……これは、失礼にあたるだろうか」
「たぶんあたります、隊長」
「そうか。では川で洗おう」
日暮れに間に合わなくなるかもしれないが、仕方がない。
たどり着いたドレンの町は祭りの真っ最中だった。
煤けた広場に色とりどりの布が張られている。屋台からは串焼きの煙が上がり、林檎酒の甘い匂いの中で鉱夫たちが歌っていた。
広場の真ん中に酒樽が一つ置かれていた。その上に金髪の青年が林檎酒の杯を持って立っている。頬が赤い。
「でな、坑道の底でさ、岩みたいなトカゲが三匹、こう、ぐわーって来たわけ。で、俺が、こう、こうやって」
青年は杯を持ったまま剣を振る真似をして、足元をふらつかせた。
「ピム。あの方が勇者レオル様だ。……少し、酔っておられるようだが」
樽のまわりには町じゅうの人が集まっていた。レオルは三杯目を飲み干して、いっそう声を張り上げた。
「つまり! 坑道の魔物を倒したのも、鉱夫を助けたのも、全部俺! 全部、俺の手柄でいいだろ!」
歓声が上がった。
その歓声をさえぎるように、人混みの中から別の声がした。
「ポーション代、銀貨五枚。森の道のやつ」
背の高い女の戦士だった。腕を組んで、樽の上の勇者を見上げている。続いて、杖を持った娘がにこやかに手を挙げた。
「レオル様。坑道でいちばん最初に悲鳴を上げたのは、どなたでしたっけ?」
「あれは悲鳴じゃねえよ! 気合だよ!」
「『硬っ』という気合ですか?」
広場がどっと沸いた。最後に樽のそばで煙草をくわえていた黒髪の男が、面倒くさそうに口を開いた。
「崩落させたのは俺で、魔物を潰したのも俺だ。全部俺の手柄だな」
「崩落させたのは自慢になんねえだろ!」
「王城では玉座の後ろに隠れていらっしゃいましたよね」
「それ今言う!?」
広場は笑いの渦になった。鉱夫の一人が隣の男の肩を叩いた。
「仲がいいねえ、四英雄様は」
「ああやって冗談を言い合えるのが、本当の仲間ってもんだ」
ユリウスはその言葉に深く頷いた。
そうだ。そういうことなのだ。勇者は手柄を独り占めするふりをして、仲間が口を挟みやすいようにしている。仲間はわざと勇者の失敗を並べて、町の人を笑わせている。なんて麗しい、素晴らしい友情だろう。
目頭が熱くなった。
「隊長、泣いてらっしゃいます?」
「……煙が、目に入っただけだ」
そのあとも、ユリウスは広場で四人の姿を目で追った。
聖女は転んで泣いている男の子の膝を治したあとも、しゃがんだまま長いこと男の子と話しこんでいた。なんと慈愛深い方だろう。手帳に何か書きこんでいたのは、迷子の届けか何かに違いない。
魔術師は祭りのあいだじゅう、広場の出口のそばを離れなかった。人の多い場所でも、警戒を怠らないのだ。さすがである。
「隊長、あの魔術師様、さっきからずっと出口にいますね」
「ああ。何かあったとき、皆を逃がすためだろう」
「はいっ、隊長!」
日が暮れて、広場に魔導ランプが灯ったころ。ユリウスは思い切って、四人のテーブルに近づいた。
「失礼します。王国騎士団のユリウス・ハルトと申します。北へ向かう途中で、皆様のお噂を伺いまして」
四人が一斉にこちらを見た。勇者は杯を握ったまま卓に突っ伏しかけていて、女の戦士はユリウスの鎧の留め金を値踏みするように眺めている。
「騎士団の人? へえ。北に行くの?」
「はい。砦の奪還に向かう部隊に合流します」
「おー、すげえじゃん」
レオルが顔を上げ、椅子の下で脚を伸ばした。そのとき、ユリウスはその右足首が腫れているのに気づいた。
「勇者様、お怪我を。失礼」
返事を待たずに、床に膝をつく。腰の袋から清潔な包帯と湿布を出して、手早く巻いていった。ピムには水を汲んでくるよう頼んだ。
「あ、どーも。……お前さ、これ、誰かに見られてんの?」
「は?」
「いや、いい。なんでもない」
巻き終えても、ユリウスは空いた椅子に座らなかった。まっすぐに立ったまま、どうしても伝えておきたいことを口にした。
「先ほどの広場でのやりとり、拝見しました。私は感動いたしました」
「どこに?」
女の戦士が真顔で聞き返した。
「互いの失敗を笑い合い、手柄を譲り合う。あれこそ、本当の仲間の姿です。私はあのような絆をずっと探していました」
四人は黙ってユリウスを見ていた。
「いや、譲ってないけど。俺、全部もらうって言ったよね?」
「謙遜なさらないでください」
「謙遜してないぞ」
「戦士殿の請求も、仲間との約束を大切になさっているからこそ」
「契約だ。約束じゃない」
ユリウスはますます感じ入った。なんと照れ屋な方々なのだろう。
別れ際、ユリウスは四人に向かって深く頭を下げた。
「勇者様方。どうかご無事で。私は皆様に出会えたことを一生の誇りにいたします」
「大げさだなあ」
「本心です。私もいつか、あなた方のような仲間が欲しい」
一瞬の間があった。それから、三人の声がきれいに重なった。
「やめとけ」
女の戦士と、聖女と、魔術師だった。勇者だけが、うれしそうに笑っていた。
「だろ? 俺の仲間、最高だろ?」
その夜、ユリウスは宿で、王都への報告書を書いた。
『四英雄の友情は本物です。私は、心から感服いたしました』
ペンを置いて、胸の中でいつもの言葉をくり返した。この剣は王国のために。この命は弱き者のために。




