第16話 盗賊より金に汚い女
リュードから南西へ二日。ヴァレンの町の役場で、マルタ・グロシュは依頼書を二回読んだ。
『街道を荒らす盗賊団の討伐。および、盗まれた品の奪還。報酬、金貨一枚』
依頼主は町の徴税役人のペルツという男だった。四十がらみで、髪をきっちり撫でつけている。袖口には墨の染みが一つもない。
「この三か月で、商隊が七つも襲われました。盗賊どもはなぜかいつもいちばん荷の多い日を狙ってくるのです」
「なぜか」
「ええ、なぜか。まったく、悪知恵の働く連中です」
ペルツは困ったように首を振った。マルタは帳簿に一行書いた。
『ペルツ 袖口がきれいすぎる 要注意』
帳簿をつける人間の袖口はたいてい墨で汚れている。汚れていないのは帳簿をつけていないか、つけているところを人に見せていないかのどちらかだ。
盗賊団のねぐらは町から半日歩いた山あいの廃村にあった。崩れかけた教会を中心に焚き火の跡と、盗んだ荷車が並んでいる。
四人が近づくと、見張りの若い男が慌てて鐘を鳴らした。教会の中から、熊のように大きな男が出てくる。片方の耳がなかった。
「……姐さんじゃねえか」
「お前か」
港町へ向かう街道で、魔石の荷から手を引かせた、あの頭目だった。
「次に会ったら、ただじゃおかねえって言ったよな」
「言った。私はそのときの値段で話すと言った」
レオルがマルタの肩越しに頭目を見上げた。
「え、知り合い?」
「取引相手だ」
頭目は首の骨を鳴らして、腰の大剣を抜いた。手下が二十人ほどぞろぞろと出てくる。
レオルも剣を抜いた。それから、すぐにあたりを見回した。廃村に見物人がいるかどうか、確かめているのだ。
「いる」
マルタは廃村の外れを指さした。依頼主のペルツが町の若い衆を十人ほど連れて、遠巻きに見物している。討伐を確かめに来たのだろう。
「十人か。まあ、いっか」
レオルの目の色が変わった。
戦いは短かった。レオルが正面から突っこんで、頭目の大剣を弾き飛ばす。セレナは杖で手下の膝を次々に払い、逃げようとした手下たちの足元では、ロアンの火花が弾けた。
マルタは教会の扉の前に立って、誰も中へ逃げこめないようにしていた。盗んだ荷が全部その中にあるからだ。
頭目は地面に座りこんで、両手を上げた。
「参った。あんたら本当に強えなぁ」
「知ってる」
教会の中には盗まれた品がきちんと棚に並べてあった。絹、香辛料、葡萄酒の樽、銀の食器、羊毛の束。どの棚にも木の札がかかっていて、盗んだ日と商隊の名前が書いてある。盗賊にしては整頓がよすぎた。
手下たちの寝床の藁の上で、セレナが書きかけの手紙を見つけていた。
『かあちゃん、字が書けるようになったよ』
セレナはそれを読み終えると、手帳に何かを書きこんだ。
祭壇の上に革の表紙の冊子が一冊置いてあった。下手くそな字で、『帳簿』と書いてある。
「……これは」
「おう、それか」
頭目が照れくさそうに鼻をこすった。
「姐さんに書式を見せてもらってから、うちの若えのに字を教えてな。せっかくだから、帳簿もつけ始めたんだ。そしたら、面白くてよ。全部書いちまった」
マルタは帳簿を開いた。
字は汚いが数字は合っている。日付と、盗んだ品と、売った値段。それから、出ていった金も書いてあった。
『十日 ペルツの旦那へ 商隊の出発日の情報料 銀貨五枚』
『二十三日 ペルツの旦那へ 情報料 銀貨五枚』
『次の月、三日 ペルツの旦那へ 見逃し料 銀貨十枚』
マルタは帳簿を閉じた。
盗賊はなぜかいつもいちばん荷の多い日を狙ってくる、とあの役人は言っていた。なぜかではない。教えていたのは本人だった。
町に戻ると、被害にあった商人たちが広場に集まっていた。盗まれた荷が四人の荷車に積まれて戻ってきたのを見て、歓声が上がる。
「戻ってきた! うちの絹だ!」
「葡萄酒の樽も、全部ある!」
マルタは荷車の前に立って、帳簿を開いた。
「奪還品の返却にあたって、手数料をもらう。品の値の一割」
歓声がぴたりと止んだ。
「……は?」
「山まで運び、取り返し、ここまで運んだ。その手間賃だ。一割は安い。王都の運び屋なら二割取る」
「待て。町から討伐と奪還の報酬が出てるだろう。二重取りじゃねえか!」
「報酬は討伐の分だ。運搬は別の仕事だ」
「契約もしてねえぞ!」
「だから今、請求している」
商人たちは言葉を失った。マルタには何がそんなに悪いのか分からなかった。
「盗まれたものを取り返してもらって、なんで金を払うんだ!」
「勇者様のくせに!」
「盗賊より金に汚えじゃねえか!」
石が一つ飛んできた。マルタは首を傾けてよけた。
レオルがあわてて前に出た。
「ちょ、ちょっと待って、みんな落ち着いて」
「お前は黙っていろ。話がまとまらない」
「まとめる気あんの!? 今すげえ嫌われてるんだけど! 町の人、全員敵なんだけど!」
そこへ広場の端からペルツがやってきた。袖口は今日もきれいだった。
「皆さん、落ち着いてください。勇者様方には報酬は町からお支払いします。手数料など、私が」
「その前に」
マルタはペルツの前に盗賊の帳簿を差し出した。
「これは盗賊の帳簿だ。ここにお前の名前が三回出てくる。情報料と、見逃し料。全部で銀貨二十枚」
ペルツの袖口がわずかに震えた。商人たちがざわめきはじめる。
「盗賊に出発の日を教えてたのか」
「だから、いつも、いちばん荷の多い日に」
ペルツはくるりと背を向けて、走り出した。
レオルのほうが早かった。広場には町じゅうの人がいる。さっきまで、全員が敵だった人たちだ。レオルはペルツの背中に飛びついて、石畳の上に押さえつけた。
「逃げんなって。今、俺の評判取り返すとこなんだから」
広場に歓声が戻った。
ペルツはその日のうちに町の牢に入れられた。片耳の頭目と、隣同士の牢だ。頭目は鉄格子越しに、ペルツの墨一つない袖口を眺めて、げらげら笑っていた。
「旦那も、帳簿つけときゃよかったのにな。そしたら、自分のぶんの数字も合ってたぜ。……そういや、あの魔石の話を持ってきた野郎の声も、旦那のだったな。情報料銀貨二百。帳簿をつける前だから、書いてねえが」
マルタは牢の前で、頭目に言った。
「帳簿は証拠として役場に出す。写しを作ったら、返す」
「そうかい。……なあ、姐さん。牢の中でも、字の練習、続けていいか」
「紙代は自分で払え」
次の朝、マルタはもう一度、広場の商人たちの前で帳簿を開いた。昨日の騒ぎで途切れただけで、手数料の話はまだ終わっていない。
「改めて。奪還品の返却手数料、一割」
「まだ言うのか!」
広場じゅうから、怒鳴り声が飛んできた。
その中から、腰の曲がったお婆さんが一人、前に出てきた。小さな布の包みを胸に抱えている。中身は盗まれていた銀の匙だった。六本とも、柄のところがすり減っている。
「亡くなった主人が若いころに買ってくれたものでねえ。手数料はいくらかね」
マルタは帳簿を見た。それから、匙を見た。
「銀の匙六本なら、銀貨八枚。一割で、銅貨十六枚だ」
「そうかい」
お婆さんが財布を開こうとした。
「待て」
マルタは帳簿のその欄に線を一本引いた。
「形見には値段がつけられない。値段がつかないものから、一割は取れない」
「……いいのかい」
「計算ができないだけだ。いいとか悪いとかの話じゃない」
お婆さんは包みを抱えたまま、何度も頭を下げて帰っていった。
その背中を見送っていた若い男が、おそるおそる前に出てきた。懐から、古い懐中時計を取り出す。
「あの、うちの親父の形見の時計も、盗まれてて。これも、無料に」
「それは時計だ。時計には相場がある。銀貨十二枚、一割で銅貨二十四枚」
「さっきの匙は!」
「匙は計算ができなかった。時計はできる」
男は真っ赤な顔で、財布を開いた。
その横でロアンが煙草をくわえたまま小声で言った。
「……さすがに、取るのか」
「何がだ」
マルタは聞き返した。本当に何のことか分からなかった。
セレナは広場の人たちの顔を一人ずつ眺めて、手帳に何か書き足していた。レオルは飛んでくる石をよけるのが上手くなっていた。
夕方までに、請求書は全部支払われた。町の人たちは誰も四人に礼を言わなかった。盗賊の帳簿のほうは役場で大事に扱われた。盗まれた絹の一反ごとに、売値まで書いてあったからだ。




