9.第二王子が来ちゃいました!
厄介ごとは思わぬ方向からやって来た。
王都から第二王子が来たのだ。しかも、サニエ男爵邸ではなく、教会に!
「……どうして、ここに? ロレシオ殿下」
「セレジュから、アニエス嬢がおもしろいことをしていると聞いてね。興味があって来ちゃったんだよ」
来ちゃった、じゃ、ないんですけど。
教会の面々はふだん接することにない王族に、緊張で顔を青くしている。
ロレシオ殿下は、金色の巻き毛を指先で弄びながら碧眼を輝かせ、ジョスリン殿下によく似たイケメンの面差しで微笑んだ。
騎士団長のセレジュは、あの後、何度か教会に訪れ、その度にいろいろな贈り物をしてくれた。それは食糧や衣服で、みなセレジュの来訪を楽しみにするようになった。特にリナは顔を赤くしながら、セレジュと話していた。
リナは絶対にセレジュが好きよね。分かるわぁ! かっこいいもの!
リナがセレジュと仲良くしていると、ルネも機嫌がよく「もう来なくていい」と言ったことはどこかへ消えてしまったようだった。ああ、よかった!
――いや、よくはない。
セレジュから話を聞いて、第二王子であるロレシオ殿下がいらしたのだから!
……もしかして、あたしの監視も兼ねているのかもしれない。
「ねえ、これがインク羽根ペン?」
ロレシオ殿下は、そこにあったインク羽根ペンを手に取り、紙にさらさらと文字を書く。
「すごい! インクつけなくてもいいんだね。これ、一つ売ってよ」
「……新品を差し上げますわ」
「いいの⁉ ありがとう!」
「ええ。……ご用件はインク羽根ペンですか?」
「それと、ここでの勉強会の様子を見ること。――識字率を向上させる活動は素晴らしいことだよ」
「ありがとうございます」
「それから、アニエス嬢に報告を」
「報告?」
「今度、兄上とエレーヌ嬢の結婚式が執り行われる」
よかった!
結婚式の日取りが決まったことは知っていたけれど、ちゃんと行われるのね。
あたしはほっとして、胸を撫でおろした。
「……ほんとうに、兄上にはもう興味がないんだね」
ロレシオ殿下は口元には笑みを浮かべながら、でも、視線は鋭いまま言う。
「興味があるもないも、だって、もともとエレーヌさまが婚約者でいらっしゃいますから。エレーヌさまは素晴らしい方です。あの方以外に王太子妃が務まる方はいらっしゃいませんわ」
心を込めて言う。
あたしのあの行動は、とにかく物語の強制力のせいなんだってば!
そもそも、ジョスリン殿下はあたしの好みじゃない。
リナといい感じになっている、セレジュの方がずっと好みに近い。……リナとセレジュの仲を裂く気はないけどさ。
「ねえ、アニエス嬢」
「なんでしょう?」
「君さ、僕と結婚しない?」
ロレシオ殿下の笑みは小悪魔みたいだ。
「は?」
「僕さあ、王立魔法学園に通っていたときから、君のこと、いいなって思っていたんだよね。同じ学年だったからね。途中から人が変わったみたいに、なぜか兄上にちょっかい出し始めたけど」
「ご冗談はおよしください、ロレシオ殿下。あたしは自分のしたことを分かっています。あたしは、謹慎の身。王都に戻ることすら出来ませんのに、ロレシオ殿下と結婚なんて、おそれ多くて……」
怖いこわいー!
王都に戻って、また何か、物語展開に巻き込まれるのはごめんよ!
『悪役令嬢 婚約破棄されるも無実を証明し、王太子と真実の愛を育む』って、もしかして二期が出たの? 続きを知らないし、とにかく王都に戻るのは嫌!
せっかく平和に暮らしているのに!
ロレシオ殿下はくすくすと笑う。
「謹慎、だなんて。けっこう楽しそうだけど?」
「う。そ、それは」
「アニエス嬢が領地で頑張っている話は王都にも伝わっているからね、君が王都に戻ることを反対する人はたぶん、いないんじゃないかなあ」
「でも」
それでもあたしは、ここにいたい。
「だからね、僕と結婚するといいと思うよ?」
ご冗談はおよしください、と、もう一度言おうとしたそのとき、突然、教会の扉が、突風とともに、ばんっ! と大きな音を立てて開いた。
「え?」
激しい空気の流れに、そこにいた皆が呆然としていた。
あ――ルネ。
ルネだけが、顔を真っ赤にして身体を震わせ――全身から怒りがほとばしっているようだった。
「……風魔法?」
ロレシオ殿下が小さく呟く。
……もしかして、ルネが?
「セレジュさま!」
しんとした空気を、リナの喜びに満ちた声が破る。
扉が開いたそこには、セレジュが驚いた顔をして立っていた。
「来てくださったんですね!」
「あ、ああ。ロレシオ殿下を迎えに――それにリナ、君に会いたくて」
「ロレシオ殿下はこちらにいらしています。……セレジュさま。お会い出来て嬉しいです」
「リナ、俺もだよ」
ああ、甘いわぁ。
二人の甘い雰囲気が広がり、皆ほんわかする。
「ロレシオ殿下。公務を放って遊びに出かけるのはおやめください」
「ええ? 僕、ちゃんと公務済ませて来たよ?」
「……ともかく、突然このような行動に出るのはおやめください。帰りますよ」
「はいはい、分かったよ」
ロレシオ殿下は大人しく従う。
最後、振り向いて「アニエス嬢、またね」と片目をつぶった。
ルネは「来るな」と口の中で呟く。――たぶん、あたし以外には聞こえていなかったと思うけど。
ところで。
セレジュが来たからうやむやになったけど。
あれはやっぱりルネの魔力?




