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8.充実した日々とルネのこと

 ルネは屋敷に通って来るようになった。

 最初、本を見に来たときセドリックと話をして、すっかり気に入られたのだ。


「アニエスさま。ルネは大変賢い子ですね」

「そうでしょう?」

「……もう、アニエスさまに教えることは難しいのでは?」

「――うっ。ま、まだ、外国語とかは教えられるわよ!」

 セドリックはくっくと笑う。

「算術や経済は、すでにアニエスさまを追い越していると思いますよ」


 その通りだった。

 ルネは屋敷の図書室の本を片端から読み、どんどん知識をつけていっていた。


「……ルネ、本を読むの、速いんだもの」

「そうですね。そしてどうやら、一度読めば頭に入るようです」

 まるで砂漠が水を吸収するように、ルネの成長には目を見張るものがあった。


「アニエスさま。アニエスさまが教えられない算術や経済については、私が教えてもよろしいでしょうか?」

「セドリックが? ……いいの?」

「ルネには才能があります。そして、よき人材は領地を支えます。……それに」

「それに?」

 セドリックの目が鋭くなる。


「――ルネが金髪碧眼であることが気にかかるのです。能力の高さと合わせて考えると、彼はどこかの貴族の落胤ではないかと思うのです」

「……そうね。あたしもその可能性を考えたわ。ルネによれば、五歳で母親が亡くなり、身寄りがなかったので教会に引き取られたそうよ」

「少し、調べてみましょう」

「お願いするわ」


「そして、アニエスさまも勉強の必要がありますね。私塾は軌道に乗ってうまく行っているようですが、領地に無償の学校を作るとなると、このままではいけません。もっと男爵領の帳簿を見て、経費の算出をしていただかないと」

「うっ。……苦手ジャンルなのよ」

「存じております」

「でも、頑張るわ」

「お手伝いしますよ」


 セドリックの優しい微笑みを見ていると、卒業パーティのことがまるで夢のように遠いことのように思えた。そして、ジョスリン殿下にチャームをかけてしまったことも。あたし、何てこと、しちゃったんだろう? でも。


 ……あたし、すごく恵まれているわ。

 やってしまったことは消せないけど、これから頑張っていこう。


「ところで、インク羽根ペンは出来上がったのですか?」

「出来たのよ! 見て!」


 あたしは、極小の粒状魔鉱石をペンの先端に入れ、砂状魔鉱石入りのインクを軸部分に閉じ込めた羽根ペンを取り出した。

 インクをつけずに、紙にさらさらと文字を書いていく。


「これは素晴らしい……! インク羽根ペンを欲しがる人は多いと思いますよ」

「商品に出来るってこと?」

「そうです。早速、知り合いの商人に売り込んでみましょう」


 もし、商品化出来るのであれば、魔鉱石を細かくしたり、インクや砂状魔鉱石の分量を量ったりする仕事を孤児院の子たちにしてもらうことが出来る。

 それが孤児院の収入になるのなら嬉しい。


 ルネと試行錯誤して作ったインク羽根ペンは、ペンの先端部分に粒状魔鉱石をつけることもさることながら、砂状魔鉱石とインクの分量の配分が特に難しかった。さらさらと書けるようになるまで、何度も失敗を繰り返した。


「ルネ! この分量がちょうどいいんじゃない?」

「アニエス先生、出来ましたね。インク羽根ペン! これでダニエルたちも文字の練習が楽しくなる」


 孤児院の子たちの人数分、インク羽根ペンを作りながら(粒状魔鉱石を先端につけたり、砂状魔鉱石入りのインクを閉じ込めるたりのはあたしの仕事だ)、ふと思ったのよね。


 ルネに魔力はないのかしら?


 金髪碧眼は王族に多く現れる外見的特徴。

 もし、ルネに王族に近い貴族の血が入っているのであれば、魔力を持っていてもおかしくはない。

 でも。


 嬉しそうにインク羽根ペンを手にするルネを見る。

 ルネは教会も孤児院の子たちも、シスターのこともとても大切に思っている。


 魔力を隠す気持ちは分かる。出自に関わることだから。

 あたしだって、回復魔法のことを隠していたし。珍しい魔法の力は騒動のもとになるから。

 貴族じゃないのに魔力を持っていると、たぶん、それも厄介ごとを引き起こす。



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