7.羽根ペンの改良に取り組みます!
「あっ」
羽根ペンをつけるインクの瓶が倒れた。
「……ごめんなさい」
まだ五歳の少女のケティが、小さな身体をさらに小さくして謝る。
「だいじょうぶよ」
あたしはインクの汚れを吹きながら、小さな子どもに羽根ペンをうまく扱うのは難しいわよねえ、と思う。
「紙、インクがついちゃった」
「そんなこと、気にしなくていいのよ。わざとじゃないんだから」
「ありがと、アニエス先生」
ケティはあたしに抱きつく。
かわいくて、あたしはぎゅっと抱き締める。
ここの子たちはみんな素直で、すごくかわいい。
使いづらいはずの羽根ペンでも、一生懸命文字の練習をする。
「あ! ダニエル、それはインクをつけすぎだよ。……ほら」
「難しいよ、ルネ」
うんうん、そうよね。
インクをつける量もちょっと難しいわよね。
――ルネと目が合う。
でも、ルネは少し不貞腐れたようにして目をすいっと逸らす。
この間、セルジュのことをオヤジだと言った一件から、ルネはときどきこういう表情をする。勉強は変わらず熱心にするし、年長者として子どもたちの面倒をよく見てもいるけれど。
あたしは手元の羽根ペンに視線を移した。じっくりと見る。
羽根ペンに使う羽根は大きな鳥の羽根で、先端をナイフで切って、インクをつけながら書く。
インクにつけながら書くのって、やっぱり難しいよね。
ボールペンみたいなものがあるといいのになあ。インクをつけなくてもインクが出るようなもの。
……インクを、羽根の空洞の軸のところに固定出来ないかしら。万年筆みたいに。
「アニエス先生、どうかしましたか?」
「ルネ」
ルネが話しかけてきてくれて、ちょっとほっとする。
「あ、うん。羽根ペンね、インクが自動的に出るようにならないかと思って」
「確かに。インクをつけながら書くのは、難しそうですね」
「そうなの。もし、インクをつけなくてもいいのであれば、文字の練習がもっとスムーズに出来るわ」
「……魔道具みたいに?」
「それ! 魔法で改良出来ないかしら」
「アニエス先生の魔法は回復魔法だけ?」
「あと、水魔法」
「インクも水分ですよね」
翌日からさっそく、羽根ペンの改良にとりかかった。
インクを羽根ペンの軸部分に閉じ込めることはすぐに出来たが、一定の量でインクを出すことが難しかった。
ボールペンとか万年筆って、どういう原理だったんだろう?
某アニメの主人公とは違って、あたしは一般人だから、そんな特殊知識はあいにく持っていないのよね。
悪役令嬢でもないしさ。悪役令嬢なら、何とかしちゃいそうだよね。
あたし、悪役令嬢ポジションがよかったなあ。
「アニエス先生? 悪役令嬢って?」
ルネが不思議そうな顔をしてあたしを見ている。
「あ、ううん。何でもないの!」
まずいまずい。
いつの間にか、心の声が漏れていたらしい。
悪役令嬢への憧れがつい、口から出ちゃったわ。
「……そう?」
ルネは年齢よりもずっと大人びた笑いを見せる。
その表情に思わずどきりとする。
美少年の大人びた笑みは心臓に悪い……!
「う、うん。それよりも羽根ペンのインク、どうやったらうまく出るかしら?」
「魔鉱石を使うとか?」
「魔鉱石……なるほど」
あたしたちは、魔道具店に行き、魔道具にどうやって魔鉱石が使われているか、見ることにした。
「アニエス先生、この道具には魔鉱石が制御機能として使われているようです」
店内の魔道具を見て回る。
多くは生活に根差したもので、灯りを点けるもの、水量を調整するもの、或いは調理器具としての機能を持たせるものだった。
「……文房具みたいな小さいものはないわね」
「そうですね。……魔鉱石を細かく砕いてみるとか?」
「それ、やってみよう!」
あたしはランプを一つ買って、お店を出た。
長い時間お店にいたから何かを買わなくちゃと思ったとき、ルネ専用のランプを買ってあげたいと思ったのだ。
「はい、ルネ。このランプ、あげる」
「え? 僕に?」
「そう。ルネ、遅くまで本を読んでるって聞いたから。このランプなら、火を使わなくて安全だし、ろうそくより明るいと思うから」
「……ありがとうございます」
「新しい本も必要よね。どんなものが読みたい?」
「……もし、失礼でないならば、アニエス先生の本棚を見て決めたいです」
「いいわよ!」
前世でも本が大好きだったあたしは、本を見て決めたいという気持ちがすごくよく分かった。
ルネが喜びで顔を上気させていて、あたしも嬉しくて目を細めた。




