29.ロレシオ殿下との結婚話、再び
「エレーヌ王太子妃が懐妊したよ、アニエス。公式発表はまだだけどね。ああ、よかった! 兄上は王太子として立派にやっていらっしゃるし」
「なんて、おめでたい……! お二人のお子さんなら、さぞ美しいことでしょう」
ロレシオ殿下は紅茶のカップを手に取り、一口飲む。
「おいしいねえ、この紅茶。サニエ男爵領の特産品?」
「そうですわ。こちらの焼き菓子もどうぞ」
「いただくよ。サニエ男爵領はほんとうに食べ物がおいしくて、いいところだよね」
ロレシオ殿下は、あたしとルネが領地に引っ込んだあと、ちょくちょく男爵邸に訪れるようになっていた。
……どうも、息抜きに来ているような気がするのよね。
ヴァーン司祭の取り調べは遅々とした進みで、後処理は難航しているらしい。
あたし、王宮勤めしていなくてよかった!
サニエ男爵領で、のびのびと平和に暮らすのよ。
王宮の魑魅魍魎が跋扈するような中ではとても働けない。
「ねえ、そう言えばさ。ずっと前に、アニエスは僕と結婚するといいよって言ったの、覚えてる? あれさ、結構本気なんだよね。僕と結婚しない?」
ロレシオ殿下はにっこり笑って、あたしを見る。
――ロレシオ殿下! ヤバいです!
ルネがあなたを狙ってます‼
「……冗談はそれくらいにしていただけませんか? ロレシオ殿下。アニエスは俺と結婚するんです」
全身から殺気を出しながら、ルネは言う。
「あはは! そんなに怒らないでよう、ルネ」
「分かっていて、やっていらっしゃいますよね?」
ルネの額に青筋が出来てる。
「まあ、ルネをからかうのは僕の息抜きの一つだけど」
やっぱり! 息抜きにうちに来てるんだわ。
それにしても、ルネをからかって息抜きするなんて、すごすぎる。
ロレシオ殿下は底知れない。にこにこしながら、自分の意を通す。
……ヴァーン司祭は完全に人選を誤っていたわね。
「でも、アニエスの処遇をきちんとした方がいいっていうのは、ほんとうなんだ。で、実際、ほんとうに僕との結婚話が持ち上がっているんだよね」
「だけど!」
「貴族の結婚は大半が政略結婚だからさ。そういうやつ? でも、僕がアニエスをいいなって思っていたのはほんとうだよ。だから、よくない? 結婚しようよ、アニエス!」
軽っ。
めっちゃ軽く求婚された!
「アニエス、笑ってるけど、笑いごとじゃないよ。アニエスが回復魔法持っているっていうことは、皆に知られちゃったからさ」
「あ……」
「ヴァーン司祭は捕らえられているだろ? 次の司祭は、今司祭代行を行っているマヌエルがなるとして。……『奇跡』の力を持つアニエスを教会本部に引き入れたいという強い要望があるんだよね」
「そんなこと、させない!」
「そう言うけどさ、ルネ。なかなか難しいんだよ。僕も頑張っているけどさ」
「アニエスは俺とここで暮らすんだ」
「でも、ルネはまだミヘット伯爵になったわけじゃないし、それにミヘット伯爵を継いだとしても、それからどうするの? そもそも君、十三歳じゃん?」
「十四になったし! 十四歳は結婚出来る」
「出来ないよ。貴族社会で結婚出来るのは十六から。……まあ、だいたいは王立魔法学園を卒業してから結婚するけどね」
「……だけど。アニエスは――俺の、だから‼」
ルネ!
何を言っているの。
俺のって、何っ。俺の――嬉しい……!
「あー、アニエス。赤くなっていないで、ちゃんと対策考えた方がいいよ。でないと、僕と結婚させられちゃうよ? ――僕は嬉しいけどね」
突風が吹いて、にまにましているロレシオ殿下のすぐ横を切り裂くように駆け抜けた。
ロレシオ殿下は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「ルネもそんなことしている場合じゃなくて。ルネがミヘット伯爵を継いでいて、もう結婚出来る年齢だったらよかったんだけどね。僕とアニエスの結婚は、アニエスのためになるんだよ」
「そんなの、王家の思惑もあるだろ」
「そりゃ、そうだよお。……王家としては、このタイミングで『奇跡』を身内に置きたいのさ」
あたしは自分の手のひらをじっと見る。
「奇跡」と言われる、回復魔法。……ほんとうに厄介だわ。
「アニエスとロレシオ殿下は結婚しない。教会本部にも行かせない。……サニエ男爵領でこのまま、俺と平和に楽しく暮らすんだ」
「それ、すごく難しそうだから頑張って」
「何か方法はないのかよ」
ロレシオ殿下は「んー」と目を閉じて考えたあと、とんでもないことを言った。
「ルネとアニエスの間に子どもでも出来たら簡単かなあ? ねえ、子どもがお腹にいるっていう可能性はないの?」




