27.ヴァーン司祭
「土魔法? ……馬鹿な! 報告では風魔法の使い手だということだった」
巨大火球を土で埋められたヴァーン司祭はそう、ぶつぶつ呟いていた。
ルネはあたしを抱きかかえながら、ヴァーン司祭を睨みつける。
「土魔法も使えんだよ」
「――隠していたな」
「当たり前だろ? 風の方はバレちゃってるから、もう一つは隠しておいたんだ」
――魔力のことは二人の秘密ね。
あれは、こうなることを予期して?
「――お前。またアニエスを殺そうとしたな?」
低い声が響き、ルネの身体から風がぶわっと飛び出る!
無数の風の刃がびゅんとヴァーン司祭に向かって行き――貫くかと思った瞬間、ぴたりと直前で止まった。
ヴァーン司祭は平静を装いつつ言う。
「そこらの男爵冷蔵が回復魔法を持っていて、どうすると言うんです? 私が、私だけが持っていてこそ、有効活用できるというもの!」
「勝手なこと言ってんじゃねえ!」
すっ。
風の刃の一つがヴァーン司祭の首筋を薄く傷つけ、血が流れた。
しかし、その傷はすぐに消える。
「ふふふふ。ははははは!」
ヴァーン司祭の高笑いが響いたかと思うと、風の刃は、黒炎でばきばきと折るように壊された。
「……お前……!」
「ルネっ……」
風の刃が炎で壊されるなんて……!
「ロレシオ殿下」
ヴァーン司祭はロレシオ殿下に視線を移し、口元だけ笑いを浮かべてその名を呼ぶ。
「なんだ」
ロレシオ殿下は不機嫌そうに答える。
「ロレシオ殿下、私といっしょにこのユトリア王国を動かしましょう。あなたの王家の力と私の教会の力があれば、何でも出来ます」
ロレシオ殿下が口を開く前に、ルネが「ふざけんな!」とヴァーン司祭に再び風の刃を飛ばした。
びゅんびゅんと風の刃が鋭くヴァーン司祭に向かっていく。
ヴァーン司祭はそれを黒炎でばきばきと壊す。
「おやおや。……ミヘット伯爵の落とし子よ。お前の存在も計算外でしたよ。お前がいなかったら、今頃はミヘット伯爵家を潰せていたのに――ニコラス」
「はい」
「お前、この少年を倒さねば、ミヘット伯爵にはなれません。殺しなさい」
ゆらり。
ニコラスは黒いマントを外し、ルネに向かう。
「俺がミヘット伯爵なんだ、伯爵になるんだ!」
呪詛のような言葉が聞こえる。
ニコラスの手のひらから火球が出る。火球は火の尾を引いて、いくつも同時にルネに向かっていく。
ルネは余裕の笑みを浮かべると、土で全ての火球を潰し、そして風の刃でニコラスの腕を切りつけた。
「うっ」
ニコラスは顔を歪めて腕の傷を押さえる。
「ミヘット伯爵の地位を継ぐにしては、弱すぎますよ」
ルネは強い風でニコラスをどうと倒すと、その体を土の壁の下敷きにした。
「……叔父上。もう火はおしまいですか?」
「くそ! まだだっ! ヴァーンさま、回復を! いつものように『奇跡』をください」
歪んだが顔つきでニコラスが言うと、ヴァーン司祭は、はあと深い溜め息をついた。
「お前はもう終わりだ。駒としても、もう使えぬ」
「……ヴァーンさま?」
「お前に私の名を呼ぶ権利はない」
「だって、ずっと俺にいろいろしてくださったじゃないですか。父上よりもずっと」
「お前はただの手駒だ。しかも、薄汚いどこの誰とも分からない血筋」
「――どういうことだ?」
ルネの声が低く響く。
ロレシオ殿下も厳しい眼差しでヴァーン司祭を見つめた。
ヴァーン司祭は、ククククと笑うと言った。
「現ミヘット伯爵の父、ジャン=クロードは騙されたんですよ。……この私にね。平民の女を使い、あたかも一夜の過ちがあったかのように仕立てた。――とても簡単でしたよ。疑うことを知らぬ無垢な男で」
ヴァーン司祭の言葉は悪魔のように、その場にいるものを凍り付かせた。
――ロレシオ殿下が言う。
「なるほど。これで合点がいった。ジャン=クロードさまとシャーリー王女殿下は大恋愛の末、結婚した。確かに愛し合っていた。それなのに、平民の女に手を出して子までなした、というのは、全く信じがたいことだったよ」
「ニコラスに貴族の血は入っていませんよ、一滴も」
ヴァーン司祭のくすくす笑い。
ニコラスは目に涙を浮かべながら、叫んだ。
「嘘です! だって、俺には火の魔力が!」
「それは、この私の力。譲渡したにすぎません。――今は何も出来ないでしょう?」
「ほ、ほんとだ! 火が出ないっ」
ニコラスの悲痛な声が落ちる。
「ミヘット伯爵はほんとうに目障りでした。ジャン=クロード・ミヘットも、そして、ジャン=ジャック・ミヘットも。――ジャン=ルネ。お前もだ!」
ぶわっ!
ルネに黒い火球が飛んだ。
しかし、ルネはそれを土魔法で難なく退ける。
ヴァーン司祭は、ちっと舌打ちをして薄笑いを浮かべた。
「ミヘット伯爵家は清廉な性情。それが私の邪魔となるのだ。だから、内部から腐らせてやろうと思い、仕込んだというのに……! ニコラスは想像以上に馬鹿で愚鈍だった」
「ヴァーン、さま……」
ニコラスは哀れだった。とても。
「全て、ミヘット伯爵家を潰すため」
「オレが伯爵になるべきだって、ずっと応援してくれてたのに」
「……お前がミヘット伯爵を継げば、伯爵家は崩壊するはずだった。そういう計画だったのだ」
「そんな……! じゃあ、俺が今までしてきたことは?」
「貴族でもないのに貴族の生活が出来たんだ。二十何年も。感謝するといい――触るな! ……汚らわしい」
土の中から這いずり出たニコラスは、ヴァーン司祭の方に手を伸ばし――はねのけられた。瞳には絶望が浮かんでいた。
そのときだ。
「ヴァーンさま‼」
ニコラスはヴァーン司祭に体当たりしたように見えた。
「うっ――ニコラス、何を……」
「俺、ずっと、ヴァーンさまを父のように思っていました。……でも、ヴァーンさまにとって俺は……ただの……」
ニコラスの手にはナイフが握られていて、根本までヴァーン司祭の身体に突き刺さっていた。ぽたり、と血が地面に落ちた。




