25.回復魔法の「奇跡」
キール教においては、魔力は神から授けられた恵みだとされている。
その恵みを持つ王族や貴族は、よきことのためにその力を使うように教えられている
魔力には、四元素の火、水、風、土という種類があり、二種類以上の魔力の保持は珍しいとされていた。
また、四元素に属さない魔力も存在した。
チャームなどの心に作用する魔力や、回復魔法と呼ばれる人体を蘇生させる魔力、或いは時に干渉する魔力などである。しかし、存在が知られているものの、保持者はほとんどおらず、特別な魔法であった。
特に、人体蘇生魔力による回復魔法は「奇跡」と呼ばれ、崇められていた。
回復魔法が発現する時期は遅く、王立魔法学園に入学した際の魔力測定で判明することが多いと言われている。
そして、チャームの魔法は使用を禁じられていた。
チャームの魔法は、いつの時代も争いごとの種となっていた。したがって、禁忌とされたのである。
「そのチャームの魔力をヴァーン司祭は持っているかもしれないのね?」
「たぶん。そして、魔力譲渡も出来る」
「……あたしは、ニコラスさまに薬草を飲まされ、それからヴァーン司祭に暗示をかけられ、さらにチャームの魔力を譲渡されたっていうこと?」
「……そう考えるとつじつまが合うんだ」
あたしは学園入学時の魔力測定で、回復魔法保持者であることが分かった、らしい。
測定したのはヴァーン司祭だ。
……覚えていないけれど。ここも記憶が消されているかもしれない。
いずれにせよ、ヴァーン司祭にとって危険な魔力だから、あたしの回復魔法は封印された。
「奇跡」はヴァーン司祭だけでいいのだから。
ユトリア王国で、ただ一人の「奇跡」。
ヴァーン司祭は、回復魔法を持つあたしを、どう処分しようか考えていた。ずっと。封印も永久ではない。何かのきっかけで解けることはある(実際、解けてしまった)。
そして、うるさい貴族――つまり正義感が強く不正に厳しい――ミヘット伯爵家を黙らせつつ、自分が国の主導権を握れるよう、用心深く機を狙っていたのだ。
ジョスリン殿下を廃嫡に追い込んだらどうだろう? そうして、ロレシオ殿下に王太子になっていただく。ロレシオ殿下は軽薄なところがあるから、真面目なジョスリン殿下よりも扱いやすいだろう。
廃嫡させるにはどうしたらいい?
何かとんでもないことをさせればいい――
「それがあの婚約破棄事件の真相だろうと、結論づけている」
「でも、失敗した。……あたしが突然覚醒してしまったから」
前世の記憶が蘇った、と思ったのだけど。
いったい、どういうふうに作用していたのかしら?
もしかしたら、薬草の効果やヴァーン司祭の魔力が切れたことがきっかけで、前世の記憶が蘇ったのかもしれない。
領地に向かう馬車の中で、あたしはルネと並んで座っていた。
ルネの顔をそっと見る。
いつの間にか大人びたルネ。
こんなに頼りになるなんて。
……あの物語の中にはルネは出てこなかった……。
ルネが言ったように、あたしもルネも、この瞬間、生きているんだ。
「覚醒してよかったよ――でなけりゃ、死んでいたはずだ。……アニエスに会えなかったかも、なんて。考えたくないよ」
ルネがあたしを抱き締める。
あたしはルネの金髪を撫でて、それから背中に手を回す。
アニメの世界では、アニエスは断罪され死罪となっていた。
……よかった。生きていて。
生きて、ルネに会うことが出来て。
「あたしも、ルネに会えてよかった」
「ああ」
ルネはあたしにキスをしようとする。
「ちょ、ちょっと待って! あたしたち、まだ結婚してないもの!」
「いいじゃないか。今のはキスするタイミングだろ?」
「違うー! 結婚まではだめだってば!」
「どうして?」
「ど、どうしてって、そういう決まりだから」
「そんなつまんない決まり、守らなくてもいいって」
「よくないもんっ」
「ま、いいさ。今日からいっしょに住むんだし」
「い、いっしょに住むけど、したり、しないもん!」
「……嘘だね」
ルネは自信たっぷりに笑う。
もう、なんでルネの方がこんなに余裕なのかしらっ。
「それはそうと。アニエス、気をつけろよ。婚約破棄事件で失敗し、さらにアニエスに回復魔法が戻って、やつらは焦っているはず――だから、ハミルトン羊毛商会の不正を利用してアニエスを殺そうとしたんだ」
あたしはルネの手をぎゅっと握った。
「ルネがあたしをたすけてくれるんでしょ?」
「もちろんだよ。火事のときみたいなこと、絶対にさせないから」
あたしはルネの手を握ったまま、ルネに寄りかかってその体温を感じながら、さっきのルネの「嘘だね」に「うん、嘘」と返してしまいたくなる気持ちが込み上げる。
……ルネのことが好き。
身体が熱くて――ふわふわしていて、とても気持ちよかった。




