21.ミヘット伯爵の悩みの種
ミヘット伯爵は、それまでの優しい顔を青ざめさせ、ぶるぶると震えた。
「旦那さま! またニコラスさまが?」
アーシェラ夫人も青ざめている。
見れば、ビビアンさまとリンジーさまも、それまでの表情とは一転して、青い顔をしていた。
「あの、ルネ。ニコラスさまって、何を?」
思わず、口を出してしまう。
セドリックの報告書にニコラスさまの名前はあったが、「ミヘット伯爵とはあまりいい関係ではない」と書いてあっただけだった。
「ニコラスさまは、父上の異母兄弟で――ちょっと問題のある人物なんだよ、アニエス」
「ニコラスさまは、お優しい旦那さまの弟君とは、とても思えませんわ……! 粗野で邪な野心を持っていて――このミヘット伯爵家を狙っているんです!」
アーシェラ夫人が細く叫ぶように言う。
ミヘット伯爵はまた深い溜め息をついた。
ああ、だから、アーシェラ夫人はルネを警戒していたんだ。困ったことになりはしないかと。
そして、ルネに魔力があり、アーシェラ夫人や妹たちに対する思いやりがあると分かると、むしろ伯爵家を守るために家に入って欲しかったのね。
「こ、この間もいきなりやってきて、ビビアンやリンジーはたいした魔力がないから、伯爵家は継げないだろう、俺が継いでやるから安心しろ、とか言うんです。ビビアンやリンジーの嫁ぎ先は決めてやっただの……!」
「わたくし、ニコラスおじさまがおっしゃってた方と結婚するのは嫌です! あんな太った醜い方と結婚だなんて、ぞっとするわ」
ビビアンさまは目に涙をためながら言う。
「わたくしも! わたくしはまだ九歳なのに、もう四十歳となる方の花嫁だなんて……!」
リンジーさまは泣き出してしまった。
「ビビアンもリンジーも。……お母さまが守ってあげるから、泣かないのよ」
「……お母さま、ごめんなさい。わたくしの魔力が弱いから」
「ビビアン、そんなこと言わなくてよいのよ。……むしろわたくしの魔力が弱いから、あなたたちに悲しい思いをさせているのだから」
「そんなことありません! お母さま、大好きです!」
アーシェラ夫人と姉妹はひしっと抱き合う。
――今、聞き捨てならないことが聞こえたわ。
勝手に結婚を決められる? しかもデブのブ男と?
九歳の少女の夫が四十歳? ありえないっ。キモいっ! キモすぎるっ。
ロリコンには死の制裁をっ!
「……アニエス、ロリコンって? ……何を言っているんだ?」
「あ、ル、ルネ。何でもないわ」
また、心の声が漏れ出ていたわ。
ヤバいヤバい。
ここはミヘット伯爵家なのよ(伯爵家じゃなくても変だけど)。
「お父さまも、お前たちに不幸な結婚をして欲しくないよ。もちろん、守るつもりだ」
「旦那さま、でもニコラスさまは、いろいろと陰で画策しているようなんです。わたくし、心配で心配で……! あの火の魔力も恐ろしいです」
火?
ニコラスさまは火の魔力があるのね。しかも強そう。
「その、陰で画策していることに関してのご相談です、父上」
ルネの冷静な声が響く。
「……それは我が家のたすけになることか?」
「はい。悩みの種をなくすことが出来るかと」
「――そうか」
「僕は母を亡くしてからずっと、サニエ男爵領の教会で暮らしていました。だからこそ、知り得たことがあるのです」




