20.ミヘット伯爵家
「……なんと! 亡き母上に生き写しだ! 王族の血が入った証である、金髪に碧眼も見事だ。――すまなかった……今まで放っておいて」
ミヘット伯爵はルネをひと目見ると、そう言ってルネの手を取り、泣き崩れた。
あたしはルネ一人で行かせるのが忍びなく、ルネといっしょに王都にあるミヘット伯爵家に来ていた。
「……僕がミヘット伯爵の血を引くと、信じていただけるのでしょうか?」
ルネは殊勝な顔つきで伯爵を見る。
優等生スタイルでいくことにしたのね。
「もちろんだ。その姿が何よりの証拠だ。年齢も合う。……セシルは?」
「母は亡くなりました。僕が五歳のときに」
「……そうだったのか……。名前はセシルがつけたのか? ジャン=ルネと」
「はい。父上に教えてもらった名前だと母は言っておりました」
「……セシルは覚えていてくれたんだな」
伯爵はそう言うと、また目に涙を浮かべる。
なんだかすごくいい人みたい、ミヘット伯爵。
――だけど。
あたしはミヘット伯爵と並んで座っている、アーシェラ夫人や二人の妹たちが気になった。
アーシェラ夫人の顔!
眉間にしわが寄ってて、険しい顔つき――怖い!
時期的には、浮気ではない。ミヘット伯爵がルネのお母さんと恋愛していたのは、アーシェラ夫人と結婚する前だから。
でも、あんな顔をなさるんだ。
ルネよりも二、三歳年下の妹たち――ビビアンさまとリンジーさまは……ルネを見て、顔を赤らめているんだけど? 特に、姉のビビアンさまは目がハート型になってる。
――なんか、もやもやする。
「ところで、ジャン=ルネ。お前に魔力はあるのかい?」
ミヘット伯爵がそう言ったとき、アーシェラ夫人の目がきらりと光る。
ビビアンさまとリンジーさまは、どちらも、魔力は弱いとセドリックの報告書にあった。
貴族社会では、基本的に長男が家を継ぐ。
しかし、血筋がよくないと後継ぎから外されることもある。なぜなら、貴族たちにとって魔力は最も重要な要素であり、その力は血筋に受け継がれるからだ。
ルネはミヘット伯爵の長男だと認められた。しかし、母親は平民。だから、魔力が無ければ後継ぎにはなれないだろう。
アーシェラ夫人にとっては、ルネの魔力の有無は重要問題よね。
二人の娘は魔力が弱いから。
「……見ていただいても?」
ルネはそう言うと、手のひらの上で風を起こした。
「おお! これは母上と同じ、風魔法……‼」
ルネは部屋の窓を風魔法で開けると、気持ちのいい空気の流れを作り、部屋の外へ送り出した。
庭の樹々がルネの風で揺れ、緑の葉が美しく飛んでいく。
「私は母上から、土魔法しか受け継がなかった。……懐かしいな。母上の風魔法にとても似ている」
ミヘット伯爵はしみじみと言い、感慨にふけっているよう。
「それで、ジャン=ルネ。いつ伯爵家に戻ってくるのだ? 歓迎するぞ」
アーシェラ夫人の眉毛が、またもやぴくりと動く。
あたしははらはらしながら、ルネの顔を見上げた。
ルネは大丈夫、というふうな笑顔をあたしに見せてから、答える。
「いえ。僕はまだしばらくは、サニエ男爵領に滞在する予定でいます。貴族としての知識やマナーも不十分でしょうから、それを身に付けるためにも。……それに、いきなり僕が伯爵家に入ったら、ご夫人や妹たちの気持ちを損ねてしまうでしょう?」
「そんなこと、ありませんわっ!」
ルネが言い終わった瞬間に、姉のビビアンさまがぱっと立ち上がって、顔を上気させながら言った。
「わたくし、お兄さまがいてくださった方が嬉しいです! リンジーもそう思うわよね?」
リンジーさまも深く頷く。
「わたしくしも、お姉さまと同じく、お兄さまといっしょに暮らしたいです!」
「ビビアン、リンジー! 何を言うの」
アーシェラ夫人は表情を崩し、慌てたように言う。
「だって、お母さま! お兄さま、素敵だもの。王子さまみたいっ。ねっ? リンジー」
「かっこいいし、お優しそうで。こんなお兄さまがいたなんて、嬉しいですわ」
二人はうふふふと顔を見合わせた。
アーシェラ夫人はふうと深い溜め息をついた。
「まったく。お前たちが不憫な思いをするといけないと思っていたのに……」
あら?
アーシェラ夫人って、ルネを敵対視しているわけじゃなくて、単に娘たちの心配をしていただけ?
アーシェラ夫人はにっこり笑った。
「ジャン=ルネさま。娘のビビアンとリンジーもこう言っておりますから、どうぞ屋敷にいらしてくださいませんか? わたくしも歓迎しますわ」
「アーシェラ夫人。しかし、それは」
「……娘たちは魔力が弱いんですの。ですから、ジャン=ルネさまが来てくださったら、ミヘット伯爵家は安心ですわ」
「ありがとうございます。しかし、今すぐというわけにはいきません。いろいろとやらねばいけないこともありますから」
やらねばいけないこと?
何だろう? インク羽根ペン作りとか?
知識やマナーはもう十分備わってるわよね。
……でも。
ルネが伯爵家に行ってしまったら、あたし、さみしいかも。
「ミヘット伯爵」
「父と呼んでくれると嬉しい。ジャン=ルネ」
「では、父上。ご相談があります」
「何だ?」
「父上の弟君、つまり僕にとっては叔父にあたるニコラスさまの件です」
「……ニコラス……! あいつ、また何かをやったのか?」




