16.……えっと。同一人物? ぐいぐい来るんですけど
目を覚ますと、そこはサニエ男爵邸の自分の部屋だった。
「アニエス! 気づいた?」
その声はルネ?
「……ルネ、大丈夫だった?」
「俺のことより、アニエスだよ。打撲くらいで、火傷はなかったけど」
「ん――大丈夫」
……俺?
それに、「アニエス先生」じゃなくて「アニエス」。……敬語もないし。
「ね。ほんとうにルネ?」
あたしが手を伸ばすと、ルネはあたしの手を自分の手で包み込む。
「俺だよ、アニエス」
「……先生、じゃなくて?」
「もうそれはやめたんだ」
「そう? うん、それがいいわ」
何しろ羊毛の不正が分かったのは、ルネのおかげなんだから。
――そうだ、ハミルトン羊毛商会!
「帳簿、どうなった⁉」
あたしはがばっと起き上がった。
「アニエス、落ち着いて。もう少し横になっていて」
あたしはルネにベッドに寝かされた。
「でも」
「大丈夫だから。――まず、裏帳簿は、アニエスをたすけ出したあと、ちゃんと回収した」
「そう、よかった!」
「そして、その裏帳簿と、男爵家の帳簿を見比べながら、パウルさんと話をしたよ。聞き取り調査の結果も話した」
「……あの裏帳簿はモーリスが?」
「そう。モーリスの独断だった。……火をつけたのも。何も知らなかったとは言え、パウルさんは責任を感じて、ハミルトン羊毛商会を畳む、と言い出したんだ」
「そんなの、駄目よ。たぶん、ハミルトン羊毛商会がいきなりなくなると、混乱する」
「そうだよね。モーリスは王都に連れて行かれて、処分待ちだけど、ハミルトン羊毛商会はそのままだ。……ただ、その運営方法についてはサニエ男爵家との協議が必要だけど。それから、不正をしていた分の追徴課税についても。これらはアニエスの意識が戻ってから、詳しいことは決めることになっている。アニエスの父君のサニエ男爵は、アニエスに任せるとおっしゃっているよ」
「分かったわ。ルネやセドリックと話して、これからのことを決めたい。――ねえ、もしかして、あたし、何日も寝ていた?」
「そうだね。三日くらい、眠り続けていたよ」
「そんなに⁉」
「……心配したよ。アニエスは俺をかばって、落ちてきた資料の下敷きになったんだ。覚えてる?」
「覚えてる」
「それから、火を消そうと、水魔法を発動させたんだ」
「……それは覚えてない」
「やっぱり無意識だったんだね。打撲した上に魔力を使ったから、意識がなかなか戻らなかったんだよ。……アニエスのおかげだよ。帳簿が焼け落ちなかったのは」
最後に覚えているのは、ルネの顔。
死なないでって、願った。大切ななルネ。
――ルネが風魔法で扉を壊して、土魔法で火を消したような気が、する、んだけど。
「アニエス」
ルネはあたしの手をとり、指にキスをした。
「ルル、ル、ルネっ」
真っ赤になるあたしを無視して、ルネは言う。
「アニエスは、俺のことはたすけなくてもいいんだ。……俺がアニエスをたすけるのだから」
ルネがにこりと笑う。
ああ、ほんとうにきれいな顔。
でもでも!
「ルネはすごく大切な存在だからたすけたいんだもん。……弟みたいに思っているから」
「弟じゃないよ」
ルネはあたしの頭を撫でる。
――ちょっと!
これは誰?
なんかなんか、今までと違わないっ⁉
「ル、ルネ。近いんだけど?」
「うん、そうだね。わざとだよ」
ええええ?
「あの? どうしちゃったの? いつも『僕』って言ってたのに、『俺』だし」
「ああ、うん。アニエスには隠すのをやめたんだ」
「やめた?」
「……ほんとうの俺を」
ほんとうの、ルネ。
「ねえ、ルネって魔力あるよね?」
「あるよ」




