14.ハミルトン羊毛商会へ!
ルネといっしょに馬に乗って、ハミルトン羊毛商会へ行く。
背中にルネを感じる。馬、ヤバい! いや、馬の二人乗り、ヤバい!
……心臓がばくばくするんですけど?
おかしい。あたしは前世二十八歳だったから、十三歳の子どもにどきどきするなんて、ありえないんだけどっ。
「アニエス先生? もうすぐ、ハミルトン羊毛商会です」
「あ、うん。……ねえ、もう『先生』はいいわよ」
何しろ、羊毛の不正に関しても、ルネがいなかったら暴けなかったと思う。
「……それはまたあとにしましょう。行きますよ」
ルネは金髪をきらきらさせて、あたしに手を伸ばす。ルネは頭がいいだけじゃなくて、顔もいい。
……馬、下りるときも心臓に悪いわ。
「僕がハミルトン羊毛商会代表のパウロです」
実直そうな三十代くらいの青年が手を伸ばす。
「あたしはアニエス・サニエ。サニエ男爵家の長女です。こちらはサニエ男爵家執事見習いのルネです」
パウロと握手をしながら、ルネのことも紹介する。
ルネの立場については、セドリックに「男爵家の執事見習いとした方がいいでしょう」という助言をもらっていた。
「本日は、領主さまのご令嬢がどのようなご用件でしょうか」
「現在、羊毛について調べています。羊農家の実態と、帳簿が合わないようですから、こちらの帳簿を見せていただこうと思って参りました」
「実態と帳簿が合わない……? そのようなことはないはずですが。――モーリス、帳簿を持って来てもらえないだろうか?」
パウロは後ろに控えていた人物に声をかけた。
モーリスと呼ばれた人物はパウロよりも年上で、切れるような視線の持ち主だった。
「モーリスは僕の父の代から仕えてくれているんです。僕がここを継いだのは数年前のことですから、モーリスの方が詳しいんですよ」
パウロはにっこり笑う。
「パウロさま。帳簿はこの間整理しまして、別棟に保管しております」
「そうか」
「そこに案内していただけませんか?」
あたしの言葉を受け、パウロが言う。
「モーリス。案内してあげてくれ。うちには何一つ後ろ暗いところはないのだから」
「……かしこまりました」
あたしたちは書類が保管されているという別棟に案内された。
「帳簿はこの辺りにございます」
「見せていただいても?」
「……はい」
「ありがとう」
あたしが帳簿の一つを手に取ったとき、モーリスがうやうやしく頭を下げながら言った。
「仕事がまだ残っておりますので、商会の方に戻ってもよろしいでしょうか。時間を見て、また参りますから」
「大丈夫よ。忙しいところを対応してくれてありがとう」
「アニエス先生、ありました! 1217年の記述です……男爵家の帳簿と同じですね」
「そうね。どうして実態が把握されていないのかしら? ハミルトン羊毛商会が不正をしていたんじゃないのかしら?」
「――裏帳簿があるのかもしれません」
ルネはそう言うと、帳簿があると言われた場所とは違うところを探し始めた。
「突然の来訪でしたから、隠す暇はなかったと思います」
「ここにあるかしら?」
「……あるといいのですが」
「パウロは何も知らないように見えたわ」
「……そうですね」
あたしはモーリスの顔を思い浮かべた。
隙のない、顔。
モーリスが戻ってくる前に見つけられたらいいのだけど。
「……アニエス先生! これでは?」
帳簿の棚の下段にある資料の奥から、ルネは冊子を取り出す。
パラパラとめくる。
「1217年、羊農家42戸、羊の頭数883頭、羊毛の質『良』、銀貨906枚。1218年、羊農家45戸、羊の頭数45頭、羊毛の質『優良』、銀貨923枚。羊農家の戸数、羊の頭数は、聞き取り調査とほぼ同じです!」
「1217年は男爵家の帳簿によると、銀貨328枚、1218年は923枚。……差額はどこに行ったの?」
「ハミルトン羊毛商会を立て直すのに使ったんですよ」
暗い声が響く。
戸口には、青ざめた顔のモーリスがいた。
「モーリス!」
「私は先代から、このハミルトン羊毛商会を託されたんです。……こんなことで潰すわけにはいきません」
モーリスは手に持っていたものを部屋の中にぱっと入れ、がしゃんと扉を閉めた。
「……火!」
モーリスは部屋の中に火を放ったのだ。
火は舐めるように部屋に広がり、あたしとルネに迫る。
ルネ!
ルネだけでもたすけなきゃ。
ルネは優秀だし何しろまだ十三歳だし。
――危ない!
あたしは棚が倒れ掛かって来るのを見て、ルネを突き飛ばす。
あたしはルネの代わりに資料の下敷きになった。
「アニエス先生!」
「ルネ、ごめんね。逃げて」
「ごめんねって何ですか⁉」
「ルネはまだ若いから……」
前世で十三歳のあたし。
ぼんやりと中学校に通い、アニメを見てマンガを読んで。
ねえ、ルネみたいに頑張ったりしていなかったよ。でも楽しく生きていた。
そんなふうに生きて欲しい。
大切なルネ。
「アニエス先生! ――アニエス……‼」
ルネ。
名を呼んだつもりが声にならなかった。
ルネ、生きて。
……水出せるかしら……ルネのために。
「こんなところで死ぬなんて、許さない!」
意識が途切れる中で、扉が壊されるのが見えた。
まるで、ロレシオ殿下が教会に来たときのように。
ああ、やっぱりルネには魔力があるのね。
火に、周りの土壁がかぶさっていき、火が消えていく。
……土魔法?
「アニエス!」
そう。
「先生」はもういらないよね。




