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13.羊の実態とハミルトン羊毛商会

 アニエスって、馬、乗れたのよねえ。

 ……前世の記憶が蘇ってから乗ってみると、なんか怖いけど。


「アニエス先生、大丈夫ですか?」


 ルネはあたしを抱えるようにして手綱を操る。

 あたしは馬に二人乗りしていた。……ルネと。

 だから、この場合、正確に言うと馬に乗れるのはルネってことかも。


「大丈夫。……ルネって、馬に乗れたんだね」

「セドリックさんに教えていただきましたから」


 いつの間に⁉

 ルネはほんとうに何でも出来る。


「アニエス先生、もっと寄りかかってください」

「あ、うん」


 でもなんかこう……恥ずかしくない?

 ルネの体温が感じられて。

 ルネのこと、弟みたいに思っていたけど、ルネって、あたしより背が高いんだ、思っていたよりもずっと。体つきもずい分とがっしりしている。……子どもだって思っていたけど。

 ……どきどきする。


「アニエス先生、着きました」


 ルネの言葉に顔を上げると、もこもこの羊が見えた。

 羊、やっぱりかわいいな!

 ここはわりと小規模な羊農だ。


 あたしとルネは羊農家を実際に尋ねて、その実態を探ることにしたのだ。歩いていくと大変なので、馬での移動をセドリックに勧められたというわけ。

 馬の移動は確かに便利だけど。

 なんかこう、心臓が落ち着かない。


 ――切り替えて、聞き取りよ!


「こんにちは。サニエ男爵家の娘、アニエスです。今日は羊農家さんの調査に来ました。現在飼育されている羊は何頭ですか?」



 サニエ男爵領内の羊農家を一戸一戸尋ね、ここ数年の羊の頭数、そして取引された羊毛量、羊毛の質、取引された銀貨の枚数を聞いていく。

 実態を正確に知るにはこれしかない。

 あたしとルネは根気強く羊農家を回った。


 聞き取りの内容をまとめると、驚くべきことが分かった。


「やっぱり数が合いませんね。羊農家の数は52戸あります。昨年の1218年は45戸。帳簿は今年の分はまだありませんが、1218年の羊農家の数は38戸となっています」

「何より、羊の頭数が全然違うわ」

「そうですね。帳簿と数が大きく違ってくるのが、疫病流行の翌年の1217年からです。羊農家の聞き取りによると、羊の頭数は883頭。しかし、帳簿上は656頭」

「1218年の実態は、かなり回復していて、羊の頭数は1025頭ね。でも、帳簿には660頭とあるわ」


「……疫病がきっかけだった……?」

「備忘録によると、補助金を出したらしいけれど不足したのかもしれないわ」

「それを翌年で埋め合わせようとした、ということでしょうか?」

「分からないけど。……取りまとめている商人のところに行くべきね」

「その前に、銀貨換算率をまとめませんか? 備忘録にも詳細が記載されていませんが、聞き取り調査からまとめられそうです」


 羊毛の品質普通:1シアーあたり銀貨40枚~50枚

 羊毛の品質良:1シアーあたり銀貨50枚~80枚

 羊毛の品質優良:1シアーあたり銀貨80枚~100枚


「品質によってずいぶん違うのね」

「そうですね。この金額と羊毛の質が分かる1214年を帳簿で比べてみましょう。1214年は『良』とあり銀貨は872枚。羊毛量は10シアーとありますが、羊の頭数は1090頭。872枚割る1090頭は0.8。つまり、銀貨換算枚数は80枚で、調査した換算枚数と齟齬がありません」

「そうね。羊毛の品質の表示がない1213年は銀貨814枚割る羊の頭数1085頭は……0.750…つまり、75枚。良の範囲ね」

「聞き取り調査の結果と一致しますね」


「1215年の銀貨換算率は1シアーあたり銀貨85枚だから、この年は『優良』で取り引きされたのね。聞き取り調査と同じ」

「しかし、1216年は羊の疫病が流行り、羊が多く死んでしまい、たぶん、品質も落ちたのでしょう。帳簿の羊の頭数685頭が正しいとして、銀貨は343枚ですから、換算率は50枚です」

「ひどい年だったと、皆、口々に言っていたわね」


 その年、羊農家や羊毛商人がどれほど大変だったかを思うと胸が痛んだ。

 1217年から、羊農家の戸数や羊の頭数、そして銀貨の枚数も、聞き取り調査による実態と大きな隔たりがあった。

 疫病によるダメージがかなり大きく、その補填であったと考えるとつじつまは合う。

 だけど、不正はだめだ。信頼を損なう。

「羊毛を取りまとめている商人の名前は何だったかしら?」


「ハミルトン羊毛商会のパウロです」


「セドリック!」

「……ハミルトン羊毛商会の先代、ケビンとは懇意にしておりました。……私的にも。しかし、彼は羊の疫病が流行った年に、急な病で亡くなってしまって。――あの年はつらいことが多くありました。ハミルトン羊毛商会も息子のパウロが引き継いで軌道に乗っているように見えたのですが」


 セドリックは深々と頭を下げた。


「すみません。ケビンと個人的に親しくしていたことが、帳簿の甘さに繋がったのだと思います。……不正に気づかなくて申し訳ありませんでした」

「セドリック。頭を上げて。セドリックだけのせいじゃないわ。少しずつ改善していきましょう」

「アニエスさま。……パウロはケビンと同じように善良な男です。もし、よろしければどのような事情があったのか、聞いていただけませんか?」

「分かったわ」



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