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死んだら好きって言うね  作者: 天城 真空(そら)


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2/14

第二話 今度って、いつ?

昼休み。紬が弁当箱を開くと、向かいから視線を感じた。顔を上げると、日和が卵焼きを見ている。


「なに?」

「甘いやつ?」

「うん」

「いいな」

「食べる?」

「いいの?」


返事だけは早かった。紬が弁当箱の蓋に一つ置くと、日和は箸を取り出すのも面倒だったのか、爪楊枝で刺してそのまま口へ入れた。


「甘い」

「そうだね」

「私、こっちの方が好き」

「しょっぱいのより?」

「うん。絶対甘い方。覚えといて」

「なんで?」

「友達の好きなものくらい覚えるでしょ」


紬は少しだけ日和を見る。


「友達なんだ」

「え?」


日和の手が止まった。口に入れようとしていたパンを一度下ろして、紬の顔を見る。


「違うの?」

「いや、違わないけど」

「じゃあいいじゃん」

「紬がそういうのちゃんと言うと思ってなかった」

「言ったのは日和でしょ」

「……そうだった」


日和は自分で言って、自分で納得したらしい。そのあとすぐ、次の体育が嫌だとか、購買の焼きそばパンを一度も買えたことがないとか、朝スマートフォンを家に忘れかけたとか、別の話を始めた。日和の話はよく飛ぶ。紬は全部には返事をしなかったが、それでも日和は気にせず喋っていた。



放課後。下駄箱で靴を履き替えていると、隣から日和が顔を出した。


「紬、今日すぐ帰る?」

「別に」

「じゃあ寄り道しよ」

「どこに?」

「決めてない」

「決めてから誘ってよ」

「歩きながら決めればいいじゃん」


日和はもう靴を履き終えていて、断られることをあまり考えていない顔をしている。紬にも特に断る理由はなかったので、そのまま一緒に校門を出た。


駅までの道には同じ制服の生徒が何人も歩いていた。日和は人を避けながら、紬より半歩くらい前を歩く。


「紬って寄り道しない?」

「たまに本屋」

「一人で?」

「うん。日和は?」


日和が振り返った。


ほんの一拍だけ紬の顔を見てから、


「私? 結構するよ」

「一人でも?」

「するけど、今日は二人」


それだけ言うと、日和はまた前を向いた。


「でも本屋は寄り道っていうか用事じゃない?」

「違うの?」

「違うよ。寄り道はもっと意味ないやつ」


日和はそう言って、交差点の向こうにある小さなクレープ屋を指さした。


「ほら、あそこ」

「食べたいの?」

「今食べたくなった」

「さっきパン食べてたけど」

「あれ昼」

「まだ二時間くらいしか経ってないよ」

「高校生だから」


理由になっていなかった。店の前まで来ると、日和はメニューを見上げたまま本気で悩み始める。


「迷う」

「何にするつもりだったの?」

「苺」

「じゃあそれでいいじゃん」

「でもチョコバナナもある」

「好きなの苺じゃないの?」

「好きなものが一個とは限らないでしょ」


二分近く悩んだ末、結局選んだのは苺だった。紬は何も買わず、店の脇で待つ。


「紬、ほんとにいらないの?」

「うん」

「一口あげよっか」

「いらない」

「まだ食べてないよ」

「苺でしょ」

「おいしい苺かもしれないじゃん」


日和は笑いながら一口食べた。すぐに口元へクリームがついたが、本人は気づいていない。紬が自分の口元を指さすと、日和は反対側を拭いた。


「ついてる」

「どこ?」

「そっちじゃない。もう少し右」

「こっち?」

「反対」

「分かんない」


何度やってもずれるので、紬は途中で諦めた。


「スマホ見れば?」

「あ」


日和はカメラを開き、ようやく自分でクリームを拭った。


「最初から言ってよ」

「今思いついた」

「紬、たまに不親切だよね」

「取ってあげればよかった?」

「それはちょっと恥ずかしい」


言ってから、日和は一瞬だけクレープへ目を落とした。けれどすぐにまた歩き出し、「帰ろ」といつもの声に戻った。


駅へ向かう途中、日和が突然足を止めた。鞄から淡い水色の小さなノートを取り出し、路肩の低い柵の上で開く。


「何それ?」

「ノート」

「見れば分かるよ」


表紙をめくると、上に『今度にしない』と書かれていた。

その下には、『放課後に寄り道する』『制服で写真を撮る』『海を見に行く』『夜に友達と電話する』『誰かの家に泊まる』『花火をする』『夜更かしして映画を見る』と並んでいる。

日和は一番上の横へ、小さくチェックを入れた。


「今日のこれ?」

「うん」

「普通のことばっかりだね」

「そうだよ」

「……死ぬ前にやりたいこと?」


聞いた瞬間、日和のペン先が止まった。怒ったわけではなかった。ただ、さっきまでより少しだけ真っ直ぐ紬を見る。


「違うよ」


日和はノートを閉じず、ペンのキャップを指先で弄んだ。


「昔から『元気になったら』って言うこと多かったの。海も、泊まりも、夜更かしも」

「病院とか?」

「うん。退院したらとか、検査終わったらとか、もうちょっと体調よくなったらとか。でも、そのうちって結構来ないんだよね」

「来ない?」

「来ることもあるよ。でも忘れたり、別の予定入ったり、また体調崩したり」


駅へ向かうバスが、二人の前を通り過ぎた。日和はその音が消えるのを待つように少し黙ってから、また口を開く。


「それで思ったの。今度って、いつ?」


紬は答えなかった。日和も別に答えを求めているようには見えなかった。


「元気になったらじゃなくて、できる日にやる。今日できるなら、今日やる」

「でもこれ、そんなのいつでもできるじゃん」

「うん」


日和は笑って、チェックのついた『放課後に寄り道する』を指で軽く叩いた。


「だから今日やった。クレープ食べただけだけどね」

「意味ない寄り道なんでしょ」

「そう。それがいいの」


日和はノートを閉じ、また駅へ向かって歩き始めた。紬もその隣へ並ぶ。


「紬は?」

「なに?」

「そういうのないの? 今度やろうって思ってること」

「特にない」

「一個くらいあるでしょ」

「本屋行く」

「それ今日でもできるじゃん」

「今度でいいよ」

「あ」


日和が嬉しそうにこちらを向いた。


「今言った」

「何が?」

「今度」

「言ったね」

「いつ?」

「……分からない」

「でしょ?」


勝ったような顔をする。何に勝ったのかは分からなかった。


駅前で二人は別れた。


「じゃあまた明日」

「うん」


日和は数歩進んでから振り返った。


「紬」

「なに?」

「今日楽しかった」

「クレープ?」

「寄り道」


日和はそれだけ言って手を振った。紬も小さく手を上げる。


家に帰って本を開いた。数ページ読んだところで、昼間の日和の声が浮かぶ。


今度って、いつ?


今日。明日。来週。紬にとっては、どれも大きく違わなかった。何かができなくなる日を、考えたことがなかったから。


本を閉じ、少ししてまた開いた。


けれど、さっきと同じ行をもう一度読んでいた。

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