第5話:削除理由
モニターに映る“自分の情報”から、目が離せなかった。
『対象:あなた』
『状態:残骸(観測中)』
その下に、新しい項目が追加されている。
『削除理由:———』
「……空白?」
思わず声が漏れる。
理由の欄だけが、ぽっかりと抜けている。
女はそれを見て、小さく息をついた。
「そこが一番重要なんですがね」
「あなたは“理由ごと削除した”んです」
「……は?」
「普通は残るんですよ。恐怖とか、後悔とか」
「でもあなたは、それすら消した」
理解が追いつかない。
「じゃあ俺は、何もない理由で自分を消したってことか?」
「いいえ」
女は首を横に振る。
「“残せない理由”だった、ということです」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
何かが引っかかる。
だが掴めない。
「……ふざけるなよ」
初めて、怒りが込み上げた。
「自分を消す理由なんて、そんな簡単に——」
その瞬間、視界が揺れた。
ノイズ。
一瞬だけ、別の光景が差し込まれる。
雨。
誰かの背中。
そして声。
『もう、名前いらないよね』
「……っ!」
思わず頭を押さえる。
今のは記憶か?
それとも——
「見えましたか」
女の声が落ちてくる。
「それが“削除前の断片”です」
「あなたはまだ、完全には消えていない」
呼吸が荒くなる。
「……じゃあ思い出せるのか」
「全部」
女は少しだけ考えるようにしてから言った。
「理論上は」
「ただし」
嫌な間。
「その前に消える可能性の方が高いでしょうね」
そのとき、警告音が鳴った。
モニターが赤く染まる。
『同期個体接近』
「来ましたね」
男が呟く。
「……何が」
答える前に、廊下の奥から足音がした。
ゆっくりと、確実に近づいてくる。
その足音は、どこか不自然だった。
まるで“自分の歩き方”をなぞるような。
現れたのは——
俺だった。
同じ顔。
同じ表情。
だが、目だけが違う。
空っぽだった。
「……なんだよ、これ」
そいつは口を開いた。
「見つけた」
俺と同じ声で。
「やっと“残ってる方”だ」
背筋が凍る。
女が小さく呟く。
「同期個体……接触しましたね」
モニターに表示が出る。
『識別:同一個体(分岐)』
『優先存在:未確定』




