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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集2

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110/112

j008――ジョイスとゲンマ(8)約束

 俺たちは大森林へと出発した。


 久しぶりの故郷の森は、懐かしい空気でいっぱいだった。

 背の高い森の木と煌めく木漏れ日、それに土と苔と緑の匂いで、都会で溜まった俗世の瘴気が浄化された気分だった。


 みんなは俺とジェニスさんの指示で薬草の採取をして、実に順調に進捗していた。


 ――午前中までは。



 みんなで手分けして黙々と薬草を探していると、ジュリの悲鳴が響き渡った。


「きゃぁぁぁぁああぁぁぁ――!!」


「ジュリ??」

「あっちだ!」


 俺たちが急いで駆けつけると、腕を抑えたジュリが森の奥から走ってきて、その場に倒れこんだ。


「魔獣に襲われた!!」


 鬼気迫るジュリの勢いで、緊張が走る。


 武器を抜いて構えると……森の奥から現れたのは、蟲型の小型魔獣アピスだった。

 俺たちは呆気にとられ、そのまま固まった。

 アピスは暫くの間ゆっくり飛び回っていたが、俺たちに敵意がないのを確認すると、そのまま去っていった。


 ……正直、気が抜けた。

 アピスは温厚な魔獣で滅多に人を襲わないのだが……。


「木にもたれかかったら、うっかりアピスの巣を刺激してしまって……」

 ジュリはそう言って立ち上がろうとするが……

「――!あ、痛たたた……」

 彼女は腕を抑えて蹲み込んだ。

「刺されたのか?」

「はい……」

「無理して動かない方がいい。アピスの毒は命に別状は無いが、早めに治療しないと痛みが長引く」

 ジェニスさんはそう言うと、ジュリを横抱きに抱えた。

「今日の所は作業を切り上げて治療院に急ごう」

「はい、分かりました」

 日暮れまでは、まだ時間はあるが、こうなっては仕方がない。

「本当にすみません……」

 ジュリは普段の勝気さが鳴りを潜めて、本気で落ち込んでいるようだ。



 俺たちは村に戻り、唯一ある治療院に手負いのジュリを運んだ。

 あいにく、治療師のハンナ先生は往診で出かけていて、留守番をしていたのは俺の幼馴染で見習いのモナとその妹のマナだった。

「アピスに刺されるなんて……それは災難でしたね」

 モナは手際良く、応急処置として傷の手当てと痛み止めを染み込ませたジェリを塗った。

「母が戻ってきたら毒消しのポーションとエンチャントを処方しますから、それまで待っていてくださいね」

「……面目ない」


 しばらく治療院で待機していると、治療師のハンナ先生が戻ってきて、大急ぎでジュリに毒消しの処置を施す。

「治療は一通り終わりましたがアピスの毒が完全に抜けるまで休養が必要です。少なくとも一昼夜は絶対安静のままでいてください」

「……はい」

 ジュリは落ち込んだ様子で目を閉じて横たわり涙を堪えている。

「元気出して……ジュリ」

 ゲンマとシグレはその傍らで心配そうに気遣う。

「ううう……不甲斐ない……!」


「それにしても、今日の宿はどうしたものか……さすがに怪我人を天幕に転がしておく訳にもいかない……」

 ジェニスさんは思案している。

「あ……それなら……」

 ハンナ先生が手を小さく挙げた。

「皆さんウチに泊まっていけばいいですよ。ジョイスのお友達なら、悪い方ではないでしょうし」

 とても魅力的な提案だ。しかし……

「いや、それは申し訳ないので受け入れられない……だが、怪我をしているジュリだけでも、泊めて頂ければ助かる。私たちは野営地にいるので、何かあったら駆けつけよう」

 思慮深いジェニスさんは慎重に申し出を断った。


 健康体の俺たちまで先生の家に泊まった場合、もしかしたら伯父たちが因縁を付けにくる可能性もある。

 まさか、辺境の村で治療師の家に喧嘩を売るほど馬鹿ではないと思うが……相手は強い自負を持つ中堅冒険者を侮る元官僚だ、無駄な軋轢は避けた方が無難だろう。



「ありがとう、助かったよ。ジュリのことを頼む」

 俺は帰りしなにモナに礼を言った。

「それは別に構いません……それより、ジョイス。なぜ久しぶりに帰ってきたのに私たちに挨拶すらないんですか?」

 モナは笑顔でありながら、その細い目は俺を睨みつけていた。

 明らかに怒っている。

 マナは姉の背後にしがみ付き、こっちをじっと見ている。

 ここの所、悩み事が多くて忘れてた……なんて、言ったら殺されるな……これは。

「……ごめん」

「ごめんじゃないですよ……もう、晩御飯の差し入れしますから、しっかり食べてくださいね!それと、マナにもちゃんと声を掛けてください!ずっと、あなたの心配してたんですから」

 モナはそう言い、俺の前に妹のマナを押し出した。

「あの……あの……ジョイス……お帰りなさい」

 まだ小さい彼女は顔を真っ赤にして囁くように言う。

「あ……ああ、ただいま」

 俺が村を出た時には、無邪気で幼いだけの少女だったが、三年ばかり離れただけで、もう女性らしさの片鱗が見えてきている。

 時が経つのは早いんだな、と俺は思った。


 俺とモナマナ姉妹は、生まれた時から一緒に遊び育った仲だ。


 といっても、それは成年前の子供時代の話で、相手は由緒ある治療師一族の名家の一員で、俺は今現在、社会的にはゴロツキ同然の冒険者風情に過ぎない。


 社会の一員として働いてきた経験で、厳しい戒律で多忙な業務を熟す治療師は多くの人から尊敬される職業だと知って、子供の頃と同じ感覚で接するのはまずいと思ったのだが……。


「何を言ってるんですか、ジョイス。龍族の前には全ての民は平等ですよ」

 モナはそういうが……流石に頭の悪い俺でも、それは只の建前だと分かるぞ……。

「言いたいことは分かりますが……ここは辺境の小さな村。あんまり寂しい事は言わないで。私たちは家族同然の幼馴染じゃないですか。せめて、ここに帰って来た時くらいは、都会の流儀を忘れてくださいね」

 姉妹はニッコリ微笑んだ。


 その笑顔の暖かさで都会で磨耗した魂が蘇ったように感じた。


「そうだな……ありがとう……」

 俺は何だか照れ臭くて仕方がなかった。

「ふふふ……そうそう、ウヌスもあなたに会いたがってました。後でちゃんと顔を会わせてくださいよ」

 ウヌスは村長の長男でモナとは婚約している仲だ。

「分かった。滞在中に会って来るよ」


 俺たちは暗くなる前にジュリを治療院に残して野営地に帰って行った。



 次の日、治療院にジュリの見舞いに行くと、彼女はすっかり元気になっていた。


「本当にみんなには迷惑を掛けた。すまない」

 彼女はキチンと頭を下げた。

「別にいいよ。予定外の事が起きてこそ、冒険の旅だ」

 俺がそう言うと、ゲンマとシグレも大きく頷く。

「はぁ……なんか敵わないなぁ……」

 ジュリは溜息混じりに囁いた。


「今日のところは森とダンジョンの二手に分かれて採取活動した方がいいだろう。私とジョイスが森に行き、ゲンマとシグレとジュリはダンジョン……というのはどうだろうか?」

 ジェニスさんが今日の予定を提案した。

 ジュリの体調を考えると、あまり無理はさせられない以上、森に連れて行くのはまだ早いかもしれない。

「ボクは別にいいよー」

「私もそれで構いません」

 ゲンマとシグレも提案を受け入れ、ジュリは若干戸惑ったが了承した。

 シグレもジュリを散々煽った責任を感じているのか、彼女を思いやる気配を出している。


 その日は、何事も起きず恙無く過ごせた。


 ジュリも連泊する内に野宿にも慣れて、森の採取にも問題なく参加出来るようになった。

 採取活動は極めて順調に進捗している。



「久しぶりだね、ジョイス」

 俺は幼馴染のウヌスに会う為に村長宅に訪れた。

 彼は俺より年上で、仲の良い兄のような存在だ。

 村長は二週間前から用事で村を離れているとの事だ。


「あのジュリって娘、変わってるね」


 ウヌスは彼女がハンナ先生の家に泊まった日、先生一家と共に夕食を同席したらしい。

「口調は乱暴な冒険者風だけど、食事やお茶を飲む所作は洗練されていて上品だった。元々は良家の令嬢だったのかな?」

 村長は穏やかな人柄の一見優しげな人物だが観察眼は鋭く、人を見る目には定評がある。

 その息子である彼にも、その洞察力は受け継がれている。

「さぁね。そういうのは気が付いたとしても、深く詮索しないのが冒険者の礼儀だ」

「それもそうか。ところで、ジョイス……スパピアでは上手くやってるのかい?」

 彼は本題を切り出した。

「もし、君が都会での冒険者活動に限界を感じているなら……村に帰ってこないか?」

「それは、村長の考えか?」

 ウヌスは首を振った。

「……いや、僕の考えだ」

「どういう事だ?」

「転移門が閉鎖するとなると、この村に在留する冒険者の数は目に見えて減るだろう。そうなると、村の安全を守る手段を確保するのが難しくなる。腕っ節が強い者に一人でも定住して欲しいんだ」

 なるほど。

 考えは理解できる。

「弟のデュオが冒険者の見習いとして王都で武者修行しているが、こっちに帰ってくるかどうか分からない以上、知り合いには声を掛けておかないとね」

「あいつなら、帰ってくるんじゃないか?」

 俺の記憶では、デュオは曲がった事が嫌いな正義漢で郷土愛が強い男だ。

 王都の気風に、そう簡単に染まるとは思えない。

「まぁ、分からないよ。都会には誘惑も多い……それに、君の伯父さんも転移門が完全に閉鎖となった後も、ここに居座るとは思えない。それまでウチで客分として暮らせばいいよ。モナとマナも喜ぶさ」

「伯父さんは何を考えているんだかな……」

「父さんの話だと、王都の有力者に閉鎖の撤回を願い出ているらしいが……多分無理だろう」

 俺もジェニスさんやゲンマを通じた情報屋の話を聞く限り、今回の行政整理は上級官僚上層部の意思決定が絡んでいるので、撤回は難しいと見ている。

 下級官僚だった伯父の小細工でどうにかなるとは思えない。

「ともかく今すぐ決めろって話じゃない。ゆっくり考えてくれ。少なくとも、プリムム村はいつでも君の帰還を歓迎するよ。それは忘れないでくれ」



 村長宅を出た後、道具屋に立ち寄ろうと足を進めると、ジュリとジェニスさんが道具屋の外に置いてある長椅子に腰掛け、何やら話している。

 俺は声をかけようとしたが、二人の間に漂う深刻な空気を感じ取り、思わず建物の陰に身を隠してしまった。


「自分が情けないです……」

「君はまだ若い。そういう感情も成長の為の大事な糧だ」

 ジュリは深い溜息を吐き、首を左右に振った。

「ジョイスを見ていると……自分は冒険者のフリをしているだけのように感じるんです……」

 急に自分の名前を出されて、俺は内心で動揺した。

「君はいつも精一杯、努力している。それによって着実に成長しているのは確かな事実だ」


 二人の会話に空白が挟まれた。


「そういえば……君はジョイスのパーティに参加しないのか?」

 俺は何度か、ジュリにパーティに入らないか、誘いを掛けていたが、いつも難色を示されては答えをはぐらかされていた。

「彼らは友人です……大事な人たちを……巻き込みたくない……」

 ジュリは泣きそうな顔でジェニスさんを見上げる。

「すみません……ジェニスさん……私……やっぱり、忘れることは出来ません。家族のこと……忘れた方が良いとは自分でも思いますが……でも……」

「無理をしない方がいい」

 彼はジュリの肩に手を置いた。

「君の心と魂が、それを訴えかけているのなら、自分が信じる道を行けばいい。君の人生だ。他人の言葉で道を捻じ曲げる必要はない。しかし、君はまだ未熟だ。十分に戦える力を身に付けるまでは、早まってはならない」

「はい……」


 俺は無言で、その場を離れ、野営地に戻った。



 村に里帰りして。短い一週間が過ぎようとしていた。


 今回の帰省は、自分の気持ちの整理を付ける為にしたようなモノだが、胸のモヤモヤは減りも増えもしなかった。


 確実に言える事は、自分はまだまだ無力だという事、それと、ここに残ると言ったら、おふくろは絶対に俺を許さないだろう。


 ウヌスの申し出は嬉しいが、あのおふくろが息子が簡単に決意を覆す事を許容するとは思えない。

 一角の冒険者になるまでは、帰郷を受け入れてはもらえないだろう。


 今の俺の力では、ゲンマやシグレどころか、ラルヴァにも敵わない。


 伯父達を家から追い出して、おふくろを助けることも、

 重い宿命を背負っていそうなジュリを助けることも、

 転移門の閉鎖計画を止めて、村の衰退を抑えることも、


 大事なものを守るどころか、自分の身を守ることすら……自力では出来ていない。


 意中の女の子を振り向かせることすらできない。


「無力だ……」

「どうしたの、ジョイス。具合悪いの?」

 気がつくと、長椅子に座り込んでいる俺の目の前にマナが立っている。


「もう、スパピアに戻っちゃうの?ジョイス」

「ああ……仕事もあるしな……」

 スパピアに戻ったら、すぐにダンジョン攻略に着手する必要がある。

 そうしなければ、今後の冒険者としての生活が成り立たない。

「都会って賑やかなんだろうね。ジョイスってば、カッコいいから女の子にモテるんでしょ?」

 マナは無邪気に俺の胸の傷を抉った。

「全然モテねぇよ……はぁ〜……」

 俺は溜息を吐いて頭を抱えた。

「そうなの?」

 マナは俺の頭を優しく撫でて言った。

「じゃあ、あたしがジョイスのお嫁さんになるよー」

 そういうが、マナはまだまだ子供だ。

 こんな小さい子供に同情されるとはなぁ、と俺は自分が情けなくなった。

「お前、まだガキじゃねーか……」

「すぐに、大きくなるよっ!」


 しかし、治療師の女の子は厳しい戒律で躾けられた上に能力も秀でているので良家からの縁談が多く引く手数多だ。

 彼女が成人して大人になる頃には、平凡な冒険者の男である俺の事なんて忘れ去っているだろう。


「それまで、俺の事を憶えていたら、な……」

 俺は立ち上がって野営地に向かった。

 彼女は俺の背中に向かって、声を張り上げる。

「忘れないよー!絶対、忘れないからー!約束したからねー!!」



 今、俺たちは、転移門の前に立っている。

 周囲には一週間ぶりの転移門の開通を待っている人たちで賑わっていた。


「ゲンマ」

 俺は何となくゲンマに呼びかけた。

「何、ジョイス?」

「俺は強くならないといけないんだよな……」

 俺の心が弱気で翳りかけるが、気合いで吹き飛ばした。


「いや、絶対に強い冒険者になってみせる!そう決めたんだ!」


 ゲンマは俺の横顔をジッと見つめた。


「うん、なれるよ。ジョイスなら、きっと素晴らしい冒険者になるよ」


 いつもなら、コイツの調子の良さにイラついていたが、今日に限っては、それが嬉しかった。


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