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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集2

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109/112

j007――ジョイスとゲンマ(7)里帰り

 俺の名はジョイス、今日から冒険者だ。


 十五歳の成人を迎えた年、長いようで短い見習い期間を終え、今日から正式な冒険者としてギルドに認められた。


 同期の見習い達と共にギルド支部にある広間に集められ、簡素な儀式を終えた俺は、その場で渡された冒険者ギルドの紋章が刻まれた短刀を握りしめる。


 ついに……この時が来た……!


「おめでとー、ジョイス!」

 ゲンマは自分の事のように喜んではしゃいでいる。

「おめでとうございます、ジョイス」

 いつもは真面目で厳しいシグレも今日だけは微笑んで祝ってくれた。


「この冒険者認定はゴールではなく始まりだと忘れないように……まぁ、今日のところは素直に新しい冒険者の旅立ちの記念日としてパーティを楽しもうか……乾杯!」

 ジェニスさんは先輩冒険者としての言葉を述べつつも、ギルド支部内の酒場の席を予約してくれて、ささやかな身内だけの祝いの場を設けてくれた。


「で、ジョイスは早速ダンジョンに潜るのか?」

 ジュリは焼いた腿肉に齧り付きながら俺に聞いた。

「ジョイスもついにダンジョンデビューだね!!」

 ゲンマも果実水を飲みながら嬉しそうに言う。

「それなんだが……」

 俺は俯いて、少し口籠った。

 テーブルを囲んだ全員が俺を見る。

「……一度、故郷のプリムム村に帰ろうと思う。冒険者としてのスタートは……初めてクリアするダンジョンは……あそこにしたいんだ」


 俺がそう言うと、微妙な空気が流れた。


 スパピア、プリムム村間の転移門は事前にジェニスさんから聞いた噂通り、行政整理により閉鎖が決定され、来月から一年掛けて段階的に本数を減らしていき、来年には完全に閉鎖される。

 故郷の村は龍王国との間に山を挟んだ地にあり、転移門がなければ陸の孤島となる。

 現在はまだ一週間間隔での運行なので、往復を転移門で行き来できる最後の機会だろう。


「ジョイスの生まれ故郷ー?うわー、楽しみー!!」

 しかし、その空気を打ち破るようにゲンマが明るい口調ではしゃぐ。

「お前も来てくれるのか……?」

「もちろんだよー。ボクらは冒険仲間だもんね!」

「その通りです、ジョイス。私たちは同じ志を持つ冒険者で仲間です」

 ゲンマとシグレも一緒に来てくれると言ってくれて、俺は少し感じ入った。

「ありがとう」

 俺が礼を言うと二人は力強くサムズアップした。


「プリムム村か……転移門の閉鎖前に一度は行こうと思ってたが、ちょうどいい機会だ。私も行こう」

 俺たちの会話を聞いていたジェニスさんも一緒に来てくれるようだ。


 それまでモジモジしていたジュリは急に生き生きした様子で流れに便乗してきた。

「ジェニスさんも行くんですか?――じゃあ、あたしも助手としてお伴します!」

 シグレはこれに若干ムッとした顔をする。

「言っておきますけど、プリムム村には宿が一つしかなく、そこはジョイスの実家で、今は質の悪い親戚に乗っ取られている状態です。恐らく滞在中、私たちは村外れで野営することになるでしょう」

 シグレは挑戦的な目つきでジュリを見下す。

「都会育ちのあなたにそれができますか?まさか、屋根のある寝床に屈してジョイスの宿敵に塩を送るような真似をするつもりでしょうか?」

 しかし、ジュリは売られた喧嘩は大小問わず絶対買う主義の子だ。

「はっ!あたしだって今日から冒険者だ!野宿くらい、なんてことはない!」

 二人は睨み合い、火花を散らしている。

 ジェニスさんは苦笑した。

「そうだな、早めに野営に慣れておくに越したことはない。それに、元下級官僚が提供する安っぽい食事より、ジョイスの野外料理の方が味は上だろうな」

「それは、確実だね!」

「ええ、ジョイスの腕は確かです。その辺の食事処より遥かに美味です」

 同居しているコイツらが事ある毎に俺の手料理を褒めるせいで、冒険者界隈で俺は戦士というより料理人として一目置かれている。

 『有能な仲間を胃袋で掴んだ男』とまで言われて複雑な気分だ。

「では、明日から、遠征の準備をしよう」

「はいっ!ジェニスさん!」



 そして、プリムム村への転移門が通じる日がやってきた。

 俺たちは村に到着してすぐに人伝でおふくろを広場に呼び出してもらった。


 久しぶりのおふくろとの対面に俺は心を揺さぶられるが……

「なんで帰ってきた」

 開口一番これだ。

「大方、都会の荒波に揉まれて里心ができたんだろ」

 ……なんで分かるんだよ……まだ何も言ってないぞ……

「顔を見れば分かるよ!甘ったれんじゃない!!」

 ひっでぇ。

「俺はこれでも正式な冒険者になったんだぞ!一応、一人前だろ!」

「どこが一人前だい!そんなしょぼくれた顔で帰ってきてさぁ、まったく!」

 おふくろはそう言って俺の尻を思いっきり叩いた。

「仮にも冒険者なら、武勇伝の一つや二つ語れるようになってから帰ってきな!」

 おふくろは俺たちのやり取りを暖かい眼差しで見守っている同行者に向けた。

「俺の仲間だ。ゲンマとシグレ……こちらはいつもお世話になっている冒険者のジェニスさんと同期のジュリだ」

 簡単な紹介をすると、みんなは軽く会釈して、おふくろは深々と頭を下げた。

「愚息がお世話になって……」

「こちらこそ……ご母堂にお会いできて嬉しいです」

 シグレは再度、丁寧に一礼をした。

「ジョイスにはいつも助けられてるよー」

 ゲンマはいつも通り、軽い口調で答える。

「まぁまぁ」

 おふくろは二人に目を細めて微笑んだが、すぐに顔を曇らせた。

「本当なら、ここに滞在中は精一杯お持て成ししたいところなんだけど……」

「事情は話してるよ……だから、俺がちゃんと面倒見るって」

 彼女は「はぁー」と深い息を吐く。

「あんたは父さんに似てツメが甘いから心配だよ……ほら、これを持ってきな」

 おふくろは、我が家直伝の秘法が詰まっている漬物の瓶詰めを手渡した。

 俺は懐かしい故郷の味を思い出して、一瞬、涙ぐみそうになった。

「あー、そんな湿っぽい顔するんじゃないよ!仕事で来たんだろ!さっさと素材集めしてきな!」



 そして、俺たちは今、プリムム・ダンジョンの中にいる。


 といっても、ここは初心者向けダンジョンな上に、小さな頃から潜っている俺にとっては遊び場みたいな場所だ。


 今回、ここに来た理由は半ば郷愁に駆られたようなモノだが、このダンジョンは知る人ぞ知るマニアの穴場でもあり、以前お世話になったフルテクスさんが、ここのボスがドロップする“聖樹の雫”を求めていると聞いて、俺たちが取ってこようと請け負った。

 ポーションの材料になる素材はどれだけあっても困らない。

 その他にも、近くの大森林には様々な希少な薬草が生えている。

 それらを一週間の間に出来るだけ採取しようというのが今回の計画だ。


「本当!ここのダンジョン簡単だね!」

「……正直、少し物足りないです」

 ゲンマとシグレは退屈気味のようだ。

 ……そうはいうが、ラルヴァを一撃で倒す忍者が満足する難易度のダンジョンなんて俺は潜入したくないぞ……。

「冒険者とは常に挑戦する職業です!そんなことでどうするんですか!」

「そうだぞ、ジョイス!強敵に立ち向かってこそ男だろう!」

 シグレとジュリの二人は普段ゲンマを巡って火花散らしてんのに、なんで俺を詰める時だけ協調するんだよ。

「まぁ、人生の節目で初心に立ち返ることは大事だ。君の思惑は間違いではない」

 ジェニスさんが肯定的に捉えてくれたのは助かった。

 俺の周囲の女性は俺にだけ厳しすぎる……。


 久しぶりのプリムム・ダンジョンはあっさりクリアできた。



 何周か回って目的の聖樹の雫は無事確保した。


 このダンジョンで手に入れられる素材は汎用的で在庫が余っても困らない物が殆どだが、それでもインベントリの空き容量には限りがある。

 今現在は使う目処がない素材は処分する必要があるので、俺たちは村にある唯一の道具屋を訪れた。


「いらっしゃい――あれ、ジョイス君、帰ってきてたの?久しぶり!」

 道具屋の看板娘で店主の一人娘オリヴィアさんが出迎えた。

「あらあらー、随分大きくなっちゃってー。この前までこーんなに小さかったのにー」

 彼女は揶揄うように平手を腰の辺りに漂わせてクスクス笑い、俺は照れ臭くささで赤面し首の裏を掻いた。

 オリヴィアさんは栗毛色の髪の色白美人で、その目には知性の輝きが灯っている。

 彼女は村の男達の憧れの対象だが、店主であるファエヌスがこの近辺では有名な業突く張りの高利貸しの上に娘を溺愛しており、辺境の純朴な村人程度では太刀打ち出来ないだろうと言われている。

「初めて見かける方々だけど……ジョイス君のお友達?ふふ、プリムム村にようこそ!」

「あ、はじめまして……あの、素材の買取をお願いしたいのですが……」

 ジュリがおずおずと申し出るとオリヴィアさんは笑顔で応じる。

「はい、かしこまりました!……他の皆様も買取ですか?」

 オリヴィアさんが見渡すと、皆は頷いて肯定した。

「それと、今日は村外れで野営の予定なので、不足している物資を買い込みたいのだが……」

 ジェニスさんがそう言うと、彼女は困ったような顔で苦笑した。

「最近、宿に泊まらない冒険者が増えてるんです……ウチとしては売り上げに繋がっているので、なんとも言えませんが……この村伝統の味をお客様にオススメ出来ないのは残念ですね」

 オリヴィアさんはそう言いつつ、熱の篭った瞳でジェニスさんを見つめている。



 その後、森の近くにある村外れの平野で手分けして野営の準備をした。

 俺は当然のように食事担当だ。


 この辺りは倹約したい冒険者や人間領域からの行商隊が集う野営地になっており、俺達の他にも野営の準備をしているグループがちらほらいた。

 先ほど、オリヴィアさんが言っていた通り、確かにその数は以前よりも多く、それ程キャッシュに困ってなさそうな中堅冒険者パーティが既に天幕を貼り終え、酒盛りをしていた。

「さっき、彼らに話を聞いたら、前回来た時に宿に泊まって不愉快な体験をしたらしい。『あんな所、二度と泊まるか』と憤ってたよ」

 俺が彼らを見つめているのに気が付いたジェニスさんは小声で言った。

 客商売は噂や口コミを無視していいものではないのに……一体伯父たちは何をしたいのだか……。


「うわー、いい匂いー!」

 大鍋の料理がグツグツと煮え、辺りに香りが漂うと、天幕を貼る作業を終え空腹のゲンマが引き寄せられてきた。

 今日の夕食は野菜と肉のシンプルなスープと平パンだが、隠し味にバターと醤油、それとごま油を使っているので、香ばしい風味が食欲を刺激している。

「食う前にちゃんと手を洗えよ」

「はーい」


 食事は好評でみんなお代わりをして、スープの匂いに惹かれた他のグループの見知らぬ人からも、物々交換を申し出てくる程だった。

 改めて、万能調味料醤油の威力を思い知る。


「この漬物、すっごく美味しい!!」

 ゲンマはさっきおふくろに手渡された特製漬物が気に入ったようだ。

「それなら、今度漬けておくよ。これと全く同じにはならないだろうけど、レシピは憶えている」

「やったー!」

「やったー」

「やったぁ……あ……ふ、ふんっ!!」

 ゲンマとシグレに釣られて、何故かジュリまでもが喜びかけた。


 食後、俺たちは焚き火を囲んでジェニスさんの冒険譚に耳を傾ける。


「――ミノタウルスを打ち倒した間も無く、息を切らす私に仲間の魔術師が『危ない!』と呼びかけた。私が咄嗟に回避すると、背後には強敵“赤帽子”が忍び寄っていて……」


 俺たちはジェノスさんの過去の体験談を真剣に聞き入っていた。

 そして、自分たちもいつかそんな冒険をしたいと熱く語り合った。


 そんな団欒に道具屋で購入した(ヤム)を焚き火で焼いた物は話の肴にちょうど良かった。

 そのまま塩を掛けただけでも食べられるが、バターを載せて醤油を垂らしたのは特に格別の美味しさだった。

 ゲンマがオリエンテムに訪れる機会が増えたので、今の所、醤油の在庫には困ってない。


 楽しい野営の夜は更けていく……。


「明日は森での採取活動だ、君たちは早めに就寝したまえ。本当なら火の番は交代で行うが、今日は私が寝ずの番をしよう」

 それでは申し訳ないと言おうとしたが、ジュリとシグレが眠そうに目を擦っている上に、俺も満腹が落ついてきたからか睡魔が襲いかかってきた。

 俺はジェニスさんの申し出を受け、天幕の毛布に包まった瞬間眠りについた。



 翌朝。

 俺たちはジェニスさんに起こされて、身支度をと簡単な朝食を済ませる。

「ジュリ……大丈夫か?」

 ジェニスさんは気遣うようにジュリに話しかける。

「大丈夫です……ふぁ……眠……」

 彼女は目の下に隈を作って欠伸をしてる。

「夜中に目が覚めてしまって……朝まで眠れなかった……」

 初めての本格的な野営で気持ちに体が付いていかなかったんだろうか。

「無理をしないで、村で待機しててもいいのだぞ?」

「本当に大丈夫です。身体を動かせば、目も覚めます」

 少し気負いすぎに思えるが……ただ、彼女は友人ではあるが、同じパーティメンバーという訳では無いので、行動を強制できない。

 シグレを意識するあまりに無茶しなければいいんだが……。


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