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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集2

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j006――ジョイスとゲンマ(6)恋の季節

 俺の名はジョイス、冒険者見習いだ。


 大都市スパピアで仲間と共に忙しい日々を過ごす内に年が明け、気がつくと俺は十四歳になっていた。

 成人となる日が、見習いを卒業して冒険者の仲間入りする時も目前となった。


 ゲンマとシグレが仲間となって共に切磋琢磨する毎日は、一人でいた時よりも速く時が進んでいるように感じる。


 どこにいくにも俺にべったりくっついてたゲンマは、時々一人でどこかに出かけるようになった。

 問いただすと、以前オリエンテムで世話になった情報屋の仕事を手伝っているらしい。

 彼はその筋では有名な人物らしく、手広く仕事をしているようだ。


「だから、裏社会との関わりを悩む必要はないよー。あの人、顔広いし!」

 ゲンマはニコニコ顔でいうが、そういう訳にもいかないだろ……。



 俺は成長期の訪れと共に思春期に差し掛かり、胸の内は様々なモヤモヤでいっぱいになった。


 まず、ゲンマの背が伸び出して、俺を追い抜いた事だ。


 俺も良く食べ良く鍛えた結果、それなりに冒険者らしい逞しい身体が出来つつあるが、ゲンマは子供っぽい愛らしい少年から、スラッとした長身の美青年に成りかけてきて、周囲の女性達の注目を集めるようになった。


 訓練場で、ゲンマが誰かと手合わせを始めると、女の子達が寄ってきて黄色い声援を上げているのだが、日を追うごとに応援の頭数が増えている。

 その度に俺の隣にいるシグレが若干不機嫌な様子で無言のまま黙りこくっているのが地味に堪える。

 さらに、そこに何故かジュリが現れ、騒いでいる女の子達に食って掛かって口論となり、ちょっとした騒動になるまでが一セットとなっている。


 にも関わらず、ゲンマはこの周囲の有様を何とも思ってない様子なのが、マジで頭に来る。



 俺がさっぱりモテないという、ぼやきをなんとなく食事時に口にすると、

「ジョイス、もう子作りしたいの?少し早くない?」

「はぁー??」

「ぐほっ――げほっ!げほっ!」

 ゲンマは見当はずれの事を宣い、俺は呆れ、シグレは飲んでいたミルクを吹き出し咳き込んでいる。


「いきなり何を言い出すんですか!バカゲンマ!!」

 復帰したシグレはナプキンで口の周りを拭い、顔を真っ赤にして怒り出した。

「……バカはちょっと酷くない?」

「バカでも生ぬるいくらいです!」

「そんなにー?」

 シグレは腕を組んでゲンマを睨んだ。

「今、あなたは冒険者ギルドから期待の新人として注目を浴びているんです!もっと他の見習い冒険者達の模範として節度を保った言動を心がけるべきです!!」

 健康な身体を取り戻して元気になったシグレは非常に生真面目な性格で、いい加減な生活態度のゲンマに度々苦言を呈していた。

「ええー、知らないよー、そんなのー」

 もっとも、コイツはそれを右から左に聞き流している。

「……はぁー、せっかく優れた素質を有しているのに……どうしてこうなんでしょうか……」

 シグレは憂いを帯びた顔で俯くが、顔を上げてキッと空を仰ぐ。

「でも、負けません!必ずや命の恩人を一国一城を持つ立派な主君として育て上げてみせます!!」

 今、何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする……と、俺が首をひねっていると、彼女は不意にこっちを向いて睨みつけた。

「そもそも、ジョイス!あなたは最近少し弛んでるのではないですか?修行中の身で色恋沙汰にうつつを抜かすのは厳禁でしょうに!!」

 ちょっとボヤいただけなのに、こっちにも、とばっちりが飛んできた。


 どうなってるんだ。

 どうして俺だけモテないのだろうか。



「はっきり言わせてもらうが……私にそういうことを相談するのは間違っている」


 悩みに悩んだ挙句、俺はいつもの通りにジェニスさんに相談するも、開口一番にそう言われた。


 ジェニスさんは仕事は出来るし、見た目もカッコいいし、頭も切れて腕っ節も強い。

 きっと、さぞやモテるのだろう……と俺は思ったのだが……。


「私は、そっち方面には疎いのだ……いいか、ジョイス、良く聞くんだ」


 ジェニスさんは俺の肩に手を置き、引き締めた顔を近づけて、俺の目を見て言った。


「例えこの世界で起こる全てを知っている上位存在をもってしても、女心だけは永遠の謎……これは宇宙の真理だ」


 その目は真剣そのもので、言葉には謎の説得力があった。

 ジェニスさん程の人物でもどうにもならないことがこの世にあるなんて……。


「まぁ、今のは些か過言だが……それは、ヴァリエに相談したまえ」

「ヴァリエさんに?」

 言っては何だが、彼を冒険者の先輩としては尊敬しているが、恋愛相談の相手にするとは考えてなかった。

「彼はああ見えても、女性に対して非常に“マメ”なんだ。私の的外れなアドバイスよりは実用的だろう」

 俺のそんな思考を読み取ったのか、ジェニスさんはそう付け加えた。



 俺はアドバイス通りヴァリエさんに相談した際に、ジェニスさんと交わした会話を話した。

「ははは……確かに。ジェニスさんは壊滅的に女心を理解してませんからねぇ……」

 そう言ったヴァリエさんは苦笑している。

 完璧超人なジェニスさんにも不得手な分野があったんだな……と俺は思った。

「ヴァリエさんはモテるんですか?」

「いやいや、私だって、黙ってても多数の女性と縁があるって訳じゃありません」

「でも、ジェニスさんがあなたは“マメ”だって言ってましたが……?」

「いいですか?ジョイス君。そもそも、君は今現在、好意を持っている……意中の女性がいるんですか?」

 その言葉に、俺は虚をつかれた。

「いえ……まだ、そういう人はいませんが……」

 ヴァリエさんは大きく頷いた。

「大方、ゲンマ君の側にいる関係で焦りを感じているのでしょうけど、彼のようなカリスマ性を持った人は特殊な存在なんです。我々、平凡な男とは別の人種なんですよ」

 察しの能力に長けているヴァリエさんは俺の内面の葛藤を全てお見通しのようだ。

「それに、どれほど不特定多数の女性が寄ってきたとしても、多くの場合、最終的に結ばれるのは気心の知れた一人だけ……選択肢が多ければ多いほど、男として幸せである、とは一概には言えないんです。むしろ、真に愛している人との繋がりの妨げとなることの方が多いんです」

 彼の言っていることは正論なのだろうけど……俺は少し納得がいかなかった。

「はっはっはっ!君の思春期――青春時代はまだ始まったばかりです。焦ることはありませんよ。もし、気になって気になって仕方がない女の子が現れたら、その時は、また相談に乗りましょう!」

 ヴァリエさんは俺の背中をバンバン叩きながら、そう言った。



「ジョイスくん!」


 ある日、午後の伝令業務からギルドに帰る途中の夕暮れの道で、思わぬ人物から声を掛けられる。

「ルピナ……さん?」


 物陰から現れたのは、冒険者見習いの少女ルピナだ。

 彼女はスパピア支部では群を抜く可愛らしさで、同年代の見習い少年達みんなが憧れてる美少女だ。


「さんはつけなくていいよー。一応、同期なんだし!」

 彼女のはにかむような輝く微笑みに見惚れてしまう……今まで、彼女から話しかけてくることなんてなかったのに、今日はどうしたんだろうか?

「……実は……お願いが、あるの……少し、時間いいかな?」

 俺はガクガクと首を上下に振った。



 彼女に付いていくと、俺は郊外の廃墟へと案内された。


「昼間に任務でここの調査に来たんだけど……その時に大事なブローチを落としちゃったみたいなの……」

 彼女は憂いに満ちた表情で俯いた。

「探しに行きたいんだけど……私、狭い所と真っ暗な場所が苦手で……」

「じゃあ、俺が行ってくるよ」

 俺がそういうと、彼女はパッと輝いた笑顔で俺の手を握った。

「本当?ありがとー、日が暮れちゃって一人で探すのが、すごく心細かったの!」

 可憐な美少女に、名指しで頼られて悪い気がしなかった。

 俺は彼女に見守られて、廃墟に足を踏み入れた。



 夜の廃墟は、物音一つせず、俺が歩く床の軋む音だけが辺りに響いている。


 明かりを発する魔道具で周辺を照らしながら、部屋を一つ一つ、確かめて歩いた。


 やがて最後に残った一番突き当たりの部屋の扉を開けて、魔道具で中を照らすと、床に宝石が煌めくブローチが転がっていた。


「あった!……あれかな?」


 俺はルピナからのお礼の言葉と笑顔を思い浮かべながら、部屋の中に入り、それを取ろうと手を伸ばした。


 ――バキベキボキ……!!


 背後から木材が割れる音が聞こえ、反射的に振り返ると、異形のモノが床を突き破って出現していた。

 漆黒の筋骨隆々な体の背中にコウモリの羽が生えた、頭にツノを持った人間型の魔物……


「――ラルヴァ??」


 高レベルの使い魔として恐れられている、手強い敵性魔物だ。


「なんで、こんな奴がここに?!」


 奴が口を大きく開けて喉の奥が光ったのを見て咄嗟に身構えた。


 ラルヴァは火の玉をこっちに向けて放ち全力で回避する。

 背後にあった壁が爆発とともに崩れた。

 床に転がる俺は急いで立ち上がり、壁に開いたばかりの大穴から外に逃げだした。


 ――グァアァァァァ!!!


 廃墟の庭先に立ち、インベントリから剣を取り出すも、どう考えても、こいつは俺の力では討伐できない。

 ……まいった。


「ジョイスー!!」


 馴染みのある声が上から聞こえ、見るとゲンマが壁を超えて飛んで来ていた。


「帰りが遅いから迎えに来たよー!」

「お、お前なぁ……あー、でも助かった……」


 ――キシャァァアァァァ!!!


「いや……まだ助かってないな……」

「何、コイツ?」

「知らん……いきなり襲われた」

「ふーん。まぁ、やっつけちゃえば、いいんじゃない?」


 そんな簡単に言うなよ……相手は高レベルの魔物で、なおかつ数々の魔術(マギア)を操る強敵……


「【影縫い】!」


 ラルヴァは突然動きを止めた。

 よく見ると、足元の影が奴の足首を掴んで身動きを封じている。


「【首切り】!」


 奴の背後で閃光が放たれ、その頭は胴体から離れた。


 ラルヴァの体がボロボロと崩れ去ると、そこにカタナを構える忍者の少女シグレが立っていた。


「大丈夫ですか?ジョイス」


 ……一瞬の出来事だった。

 俺は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。


 廃墟の外で待っていた筈のルピナは、その場から消えていた。



 俺たちは家に戻った。


 シグレは事の顛末を知って、俺に説教をしようと口を開きかけるが、ゲンマに押し止められる。


「もう、十分落ち込んでるから。小言は必要ないよ」


 実際その通りで、俺は自分が情けなくてしょうがなかった。

 こんな見え見えの罠に嵌るとは……しかも、ゲンマに助けられるのは二回目だ。


 俺が今にも死にそうな顔で涙を堪えているのに気がついた彼女は、逆に気遣う様子を見せてきたので、益々居た堪れなくなった。



 結局、あの後ルピナの姿を見かけることはなく、ギルドに問い合わせても、彼女は別の支部に移動してしまったので、真相は謎のままとなってしまった。


「情報屋によると、彼女、高ランカー冒険者のペルフェクトスと関係してる噂があるって。ギルド幹部選挙がらみで何か企んでたのかも!」

「あの小娘……腹に一物があるようで、どうにも信用できませんでした」


 ゲンマとシグレは彼女がラルヴァと関係があると考えているようだが……俺は、そうだろうなと思う反面、あの笑顔が可愛い少女が俺を陥れようとしたとは……信じたくなかった。


 ただ、どちらにしても情けない話だ。

 そして……都会は本当に恐ろしい場所だ。


 今回の一件で、俺は無性に故郷が恋しくなった。


 大自然に囲まれた素朴な故郷の村……


「プリムム村に帰りたい……」

 今まで頑張って心に蓋をしてきた思いが溢れ出て止まらなくなった。


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