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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集2

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106/112

a023――カレイドスコープ(6)小さな冒険者達

 ここはアースガード自治区の城壁外。


 今日は小さな大魔術師モジュローの引率で少年たちが自治区の外にある新ダンジョンの見学に行く予定だが……。


「モジュロー先生、今日はよろしくお願いします!」

 礼儀正しい少年セツは一礼する。

「ええ……そうですね……」

 モジュローは教え子達を前に若干戸惑っている。

「では……あの……点呼を、お願いします」

「はい!一番、勇者見習いセツです」

 セツは手を上げて言った。

「おっしゃ!二番、戦士トオル!!」

 トオルも元気よく応じた。

「三番、書生ニコラです」

 代理王ジェームズの長男ニコラは手を上げた。

「四番、戦士アランです!」

 ニコラの弟のアランも勢いよく手を上げた。

 モジュローの視線は自然にその隣にいる人物に注がれる。


 そこには、自治区で見たことがない群青色の肌のエルス族の少年が立っていた。


「あの……えーと……あなた様は……もしや……」

「モンちゃん」

「えっ……?」

「モンちゃんだ」

「……」


 モジュローは彼がエルダーエルスの一人モメントであるとは気付いたが、どういう意図でそこにいるのかが分からず困惑していた。


「ダメだよー、モンちゃん。ちゃんと点呼に応じないと!番号とクラスが抜けてるぞー」

 トオルは得意げに彼に指導するが、支配種族の要人に対する不躾な物言いにモジュローは肝を冷やす。

「なるほど――五番、賢者モンちゃんだ」

 モンちゃんがそういうと、少年たちはドッと沸いた。

「賢者とは大きく出ましたね!僕もニンジャって言えば良かった!」

 アランはニコニコしながら彼の背中を叩く。

「あなたたち……知り合いなのですか……?」

 モジュローはおずおずと少年たちに尋ねた。

「モンちゃんは昨日、自治区に来たばっかりなんだぜー」

「領主様の知り合いの子らしいです。何でも、以前その知り合いに大変お世話になったとか……」

 子供達はそうコメントし、モジュローは絶望の表情で頭を抱えた。

「カンナヅキ……何で、こんな重要な事を前もって教えてくれないのですか……!」

 モンちゃんはモジュローに近づき小声で耳打ちする。

「あー、私からカンナヅキ殿にお願いしたのだ。大ごとにせずに他の子供と同等に扱ってくれと。なので、モジュロー殿もそうしてくれると助かる。今日は子供達に誘われたので突発でついてきたのだ」

「ええー……そう、いわれましても……」


 モジュローはエルス族としては若く未熟な身である上に、器用に嘘がつけるタイプではない。

 その上、中立派のモメントはエルダーエルスの中でも異色の存在だ。

 政治面では主だった派閥からは距離を置いて孤立気味、上院議会の採決では無投票もしくは議長委任が多く、普段何を考えているのか分からず、掴み所のない謎の人物として知られている。

 モジュローとしては、公式行事での面識はあるが、それ以外に特別な付き合いのない相手で困り果てている。


「勿論タダとは言わぬ。希少素材の取引……少々色を付けるが?」


 エルス共和国内では中立派の雄で、多くの組織との取引で豊富なコネを持つ賢者であるモメントは希少素材の在庫には一目を置かれてる。

 このアースガード自治区は、ダンジョン、大森林、農業試験場、鉱山で多種に渡る素材が採取出来るが、それでも入手困難な素材は多い。

 モメントはエルス共和国の上院議員、エルダーエルスという立場に加え、複数の上位存在との関わりもあり、普通の人間には自由な出入りが不可能な夢幻界や煉獄(タルタロス)を初めとしたあらゆる場所に神出鬼没に現れては、貴重な素材を集めて蓄えている。


「……承りました」

 モジュローにも入手したくとも手が届かないレア素材はいくつもあった。

 彼は渋々といった風で受け入れた。


「よぉーしっ、新ダンジョンが待ってるぜー!冒険だー!!」

「「「おおぉー!!」」」

 トオルが掛け声を挙げると少年たちは一斉に手を上げ、それに一拍遅れてモンちゃんも声を上げた。

「……おー」



 本日彼らが見学するのは、以前デンがソロで攻略しようとしたダンジョンを改装したものだ。


 かつては高防御の敵が押し寄せる高難易度ダンジョンだったが、冒険者ギルドの依頼を元にダンジョン・マスターのスキルを持つデンが改修した結果、そこそこの報酬が得られる中堅向けダンジョンに生まれ変わった。


 近いうちに新生フィン王国の元兵士達の職場となる予定だが、現在は公開前の調整中だ。

 入り口では冒険者ギルド職員と業者が忙しそうに作業している。


「ここが、新ダンジョン『マインパーク』です」

 少年たちは“おお〜〜”と声を上げる。

 入り口の見た目は鉱山の廃坑をモチーフにしていて、その傍に冒険者ギルドの事務所が建設中だ。

「今は内部メンテナンスとロビーの内装作業中で一部を除いて魔物の出現は止まっておりますが、万が一の事故があるやもしれません。周辺への警戒は怠らないように」

「はい!先生」

「デン兄の話だと、トロッコでの移動がすげー楽しいってさ!」

「楽しみです!」

「ほうほう」

 子供達が興奮気味に盛り上がっている中、アランは近くにある林をジッと見ている。

「どうしたの、アラン君?」

 セツは一点を見つめるアランに心配そうに声を掛けた。

「あ……いえ……何となく人の目線を感じたのですが……」

「えー?鳥じゃないのかー?」

「うーん……そういう感じじゃなかったけど……」

 アランは怪訝そうに首を捻り、モジュローは眉をひそめた。

「それは気になりますね。念のためにギルド職員に警戒を呼びかけておきましょう……さぁ、急がないと帰りが遅くなりますよ。中に入りましょう」

 少年たちはモジュローの引率でダンジョンに入っていった。



 新ダンジョンは改修したばかりで、新築の建築物特有の匂いが漂っていた。

 少年たちは各種ギミックに目を輝かせ、モジュローの解説を聞き入っている。


「このように進むべき道が見当たらない場合は、少し手前に引き返し、周辺の壁や床をよく調べましょう」

「はい!先生」

「まぁ、ロープレの基本だよなー!」

「そういえば、少し前の通路の壁にスイッチがいくつかありましたね」

「えっ?そんなのあった?」

「十字路の手前であるな。四つのスイッチそれぞれに古代文字が付いていた」

「へー。どこかにヒントが隠されてそうですね」


 何食わぬ顔で少年たちに溶け込んでいるモンちゃんをモジュローは微妙な表情で眺めた。


 階層を一通り見学した後に、モジュローの指導の元に、低層でチュートリアルレベルの魔物と戦闘を行う。

 相手はミミズの魔物ベルミスと兵隊アリだ。


「俺がオトリで敵を惹きつけるぜ!」

「頼みます、トオル君。ニコラ君、モンちゃんは支援を!アラン君は二人の護衛を!」


 少年たちはリーダー役のセツの指示でチームワークを発揮して敵を倒していく。


「よしっ!モンちゃん!エンチャントで兵隊アリにトドメをお願いします!」

「わかった。《 ベル・イグニス 》!」

 モンちゃんがエンチャントを唱えると、兵隊アリの一団は爆発した後、巨大な火の海に包まれ一瞬で消し炭になった。


 明らかな過剰攻撃に仲間は呆気にとられる。


 彼が今放ったのは、高レベルな魔術師系上位クラスのみが使える火魔法の六段階目に相当し、狭いダンジョンで使うには出力のコントロールが難しいものだ。

 少なくとも、子供が気軽に使える代物ではない。

 モジュローは内心、『これはちょっと誤魔化しきれない……』と呟くが……


「やはり、魔法技術はエルス共和国に一日の長があるようですね!」

「すっげー、モンちゃん!流石、エルス族だな!」

「伊達に賢者を名乗ってませんね!」

「すごいです!」


 いかにエルス族でもここまで強力な魔法は大人でも、そう簡単には出せないのだが、龍王国の辺境の子供達にそれが分かる筈もなく、概ねエルス族の神秘で納得したようだ。


 モンちゃんが無表情のままで賛辞の声を受ける横で、モジュローは安堵と心労の息を吐いた。



 そして、本日のメインイベントとも言えるトロッコの乗車場にやってきた。


「いいですか?必ず安全ベルトは締めるように!落ちたら大変危険なんですからね!」

「わかってるよー、先生」

「楽しみだなぁー」


 このトロッコはデンの渾身の作品だ。

 完全に遊園地のジェットコースターのような作りで、安全にスリルを味わえるよう緻密な設計が施されている。


 少年たちはトロッコの乗車して、座席のベルトを装着して目の前の手すりを握りしめた。

「準備はできましたね?では出発します!」

 後方座席に座ったモジュローがボタンを押すと、トロッコはゆっくりと動作を開始して、上方向に伸びているレールを徐々に登って行く。


 少年たちは期待に満ちた表情でレールの行く先を見つめる。

 トロッコがレールの頂点に到達して、一瞬の間の後、下方向に傾き、下りのレールを駆け下りる。

 慣性の法則に従って、加速度的に速度を増したトロッコは轟音を上げつつ猛スピードで廃坑を巡る。


「ジェーローニーモーー!!」

「いやっほーー!!」

「ふぅうぅぅぅー!!!」

「うわぁぁぁぁ――!!」

「……」


 少年達は赤くなったり青くなったりしながら、トロッコを堪能した。


 下車した後、興奮冷めやまぬトオルとアランは再乗車を希望して盛り上がっているが、ニコラが青い顔のまま蹲み込んでしまった。

「……ぼ、僕は、もう、いいです……」

「大丈夫ですか……?」

 モジュローは教え子を気遣った。

「はい……少し休めば……すみません……」

 モジュロー自身も乗り物は苦手な為、ニコラの気持ちはよく理解できた。

 しかし、その一方で楽しみにしている子供もいる。

 ダンジョンが正式に稼働すれば、この場所は人間領域の戦士達が押し寄せ、子供は気軽に訪れにくくなる……彼はどうするべきか悩んでいる……。

「モジュロー殿、もし良ければ、私が引率役を代わろうか?」

 モンちゃんは二人が困っているのを見かねて助け舟を出した。

「ボタンを押すだけなら私でも出来るし、不調の者には誰かが付き添いしていた方が良かろう」

 モジュローは少し悩んだ後、提案を受け入れた。

「……お願いできますでしょうか……お手数を掛けますが……」

 非公式のお忍びとはいえ、賓客の手を煩わせた事をモジュローは申し訳なく感じた。


 結果、トオルとアランは再乗車したが、セツは後ろ髪を引かれつつも気を病むニコラを気遣い、付き添いを選んだ。

 二人がモンちゃんと乗ったトロッコが動くのを見送った後、モジュローはセツに話しかけた。

「すみません、セツ殿、休憩所に行って、このタオルを冷たい湧き水で濡らしてきてもらえますか?」

 アランは青い顔でトロッコ乗車場の簡素なベンチで介抱されながら横たわっている。

「はい、モジュロー先生。行ってきます」

 セツは乗車場の近くにある休憩所まで走った。



 トロッコが乗車場に帰ってくると、深刻な顔をしたセツが駆け寄った。

「大変です!先生とニコラ君が消えました!」

「ええっ!?」

 セツがこの場を離れた僅かな間に二人は居なくなっていて、周辺を呼びかけながら探したが見当たらなかった。

「兄上は動き回れる状態では無かった筈ですよ!」

「一体何が起きたんだ……モジュロー先生まで……」

 二人は青ざめた顔で辺りを見渡すも人の気配はない。


「外に向かっているようだ」

 モンちゃんは上を見上げ、はっきりと言った。

「ニコラ殿は大人に抱えられていて、それをモジュロー殿が追いかけている」

「大人って誰だよ!」

「まさか、さっきの人の気配が……?」

「分からぬ。ともかく、急いで外に出よう」

 モンちゃんの促しで、子供達は慌てて外に向かった。



 彼らがダンジョンの外に出ると、モジュローは謎の魔術師風の男と対峙している。

 ニコラはぐったりした状態で隠蔽の術式を織り込まれたローブを着た魔術師に抱えられていた。

 その周囲には冒険者ギルドの職員が遠巻きに取り囲んでいる。

「ち、近づくな!ちょっとでも動けば、子供の命はないぞ!!」

 男は短刀をニコラの頬に押し付けていた。

「う……っ」

 ニコラは歯を食いしばり、この状況を耐え忍んでいる。

「馬鹿な真似は止めなさい!」

「黙れ!包囲を解け!逃げ道を開けろ!」

 男は短刀を振り回し、威嚇する。

 ニコラは覚悟を決めた目で、男の腕に噛み付いた。

「痛っ!!このガキぃ――!!」

 拘束は解けたが、ニコラはその場に尻餅を付き、激昂した男は頭上に掲げた短刀をそのまま振り下ろした。

「兄上――!!」

 思わず、アランが駆け寄ろうとすると……


「ほいっと」


 いつの間にか、二人の間立っていたモンちゃんは振り下ろされた男の手を難なく受け止めた。

「えっ?!」

 魔術師の手にあった筈の短刀は一瞬の内にその手から離れ、その背後に投げ飛ばされて地面に落下した。それを近くに立っていた職員が慌てて拾い上げる。

「はぁー??何が起きた???」

 男は異常事態に困惑する。

「《 サームメ 》」

 モンちゃんが眠りのエンチャントを唱えると、男は抵抗する間も無く、その場に崩れ落ちた。


「兄上――!!」「ニコラー!!」「ニコラ君!!」

 少年達はニコラに駆け寄り、アランは抱きついた。

「兄上ー!すみませんー!!うわぁー!!」

 アランはわんわんと泣き出し、ニコラは青い顔で微笑み、弟の頭を撫でた。



 ――その夜、領事館内のモジュローの自室にて……


「魔大陸の霊樹の森林で採取した霊芝とタルタロス産のマンドレイク……後、これは最近彼の地で出回り始めたサフランという薬草だ」

「これはまた貴重な……」

 モジュローは約束通り、モンちゃんと希少素材の取引を行った。

「こちらは夢幻界のイド海で獲れた黒真珠……最も、これらは入手するのに私でも少々骨を折ったので無償でお譲りする訳にはいかないのだが……」

「ええ、ええ、それは理解できます。これ程のレアな素材は闇市場にも出回らないので、取引出来るだけでも御の字です」

 モジュローはレア素材を入手し、その代償として、黄金林檎や蜜蝋、賢者の石を差し出した。


「本日はご面倒を掛けた上に希少素材を提供していただき、本当にありがとうございます……」

「いや、こちらも黄金林檎が確実に手に入るのは非常に助かる。今までこれだけはダンジョンのレアドロップに頼る他なかったので、今後も取引を頼みたい」

 二人は取引に満足して握手を交わす。


「それより……あの魔術師のことだが……」

 モンちゃんはお茶と菓子を嗜んだ後に口を開いた。

 あの後、魔術師は冒険者ギルド職員によって拘束されていたが、幹部が到着する前に逃亡して消え去っていた。

「何か?」

「あの魔術師、レベルが低い割に、身につけていた装備品や魔道具が高級品であった」

「……確かに。私も閣下も侵入者を察知できませんでした」

 モンちゃんは頷いた。

 ここにいるモンちゃんは本体のモメントに比べると相当弱体化はしているが、それでも並の魔術師よりは遥かに強い。

「あの認識阻害のローブはかなりの効力を持っている。列強のアカウントを持っていない魔術師には分不相応な代物だ」

「どういうことでしょうか?」

「恐らく……背後に国家レベルの組織がいる可能性が高い」

「なんと……」

 モジュローは絶句する。

 魔大陸がらみの事件が落ち着いたというのに、まだ確認出来ていない、どこかに火種が残っているのだ。

「ともかく、警戒して損はないだろう。領主殿、冒険者ギルドに警告しておくべきだ。私の方でも一応調査は試みる」

「はい……ご忠告痛み入ります」



 その後も、アースガード自治区の生活を堪能したモンちゃんは別れを惜しまれつつも、この地を立ち去った。


 私の道化はモジュローが入手したサフランに目の色を変え、どうしても売って欲しいと、モンちゃんに詰め寄る。

「これで炊いた飯がカレーに合うんだよ!」

 と叫び、周囲の現地勢を呆れさせ、小一時間モジュローの説教を受けていた。


 モンちゃんは売店で大量購入したチョコレートバーを食べながら、その事を思い出している。

「本当に変わったお方だ。近いうちに、またタルタロスに行ってくるか」


 お散歩感覚で煉獄(タルタロス)や夢幻界を徘徊する存在は、上位存在以外では皆無に近いのだから、そのような人外に変わってると言われる私の道化は、本当に大概だな、と改めて思った。

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