a022――カレイドスコープ(5)聖獣到来
約束の地、アースガード自治区。
その中心部の大通りを二人の少年が歩いている。
「お前さー、結局どっちが本命なんだよー?」
「ええっ?!何の話??」
大地の女神ジュンの弟トオルの唐突な質問に、勇者見習いの少年セツはたじろいだ。
「だからー、おっとりお嬢様で猫耳のヴェールちゃんとしっかり者の有能プリンセスのクロエ様のどっちが本命なのさ。まさか両方とか?」
「へ、変な事言わないでよ!あの二人は友達で……そんな風に見てないよっ!!」
セツは真っ赤になっている。
「でも、十分意識してんじゃーん」
トオルは意地悪そうな目つきでニヤニヤしている。
「だ、だいたい!ヴェールさんは領主様に、クロエさんはゲンマ……様に、それぞれ夢中だよ」
「だよなー、まったくイケメンはいいよなー。女の子選び放題で」
「そういうトオル君こそ……アン姫とクインさんの事はどう思ってるの?」
「ええー???アン姫はまだ小さすぎるだろ!しかも身分差だってあるし……それにあの子も神無月先生派だよ」
「じゃあ、クインさんが本命?」
「いやいやいや、ちょっとタンマ!クインとはそういうんじゃないよ!冗談じゃないって!あんな怪力バカ女……」
「もしかして……腕相撲大会でボロ負けしたの、まだ根に持ってる?」
「……やなこと言うなよー。あっちは怪力スキル持ちなんだから仕方ないじゃん。あー、思い出したら気が滅入ってきた」
「この話始めたの、トオル君だよ……」
少年の初々しい恋バナは痛み分けとなった。
もっとも、二人はこの先……五年後も十年後も似たような話を繰り返すことになる。
・・――◆◇◆――・・
二人は自治区の居住区に隣接している農業試験場に到着すると、アン姫とヴェールが先に待機していた。
今日はジュンとモモが管理している農場で収穫の手伝いをする予定なのだが……。
「おっはよー!……って……それ、ナニ?」
トオルが指差す先に、初めて見る物体……二人の傍に寄り添うように謎の生物が佇んでいる。
四つ足で、頭が大きめのずんぐりとしてる狛犬やシーサーのような獣だった。
「ろくたんさんですっ!」
「ロクたん殿でありまする」
「ろくたん?」
獣の胴体をもふもふしているヴェールとアン姫の言葉に要領を得ない少年二人は謎の獣を凝視すると、獣は徐ろに口を開いた。
『初めまして。我輩、聖獣のロクタンと申す。以後お見知り置きを……』
「「キェェアァァシャベッタァァァァーーーーーー!?!」」
四つ足の獣が落ち着いた男性の声で礼儀正しい挨拶の口上を述べるという怪異を前に少年二人は絶叫した。
・・――◇――・・
少年の叫び声を聞いた者達が慌てて駆けつけると、人語を解する謎の聖獣が少女と親しげに接しているのを目撃して、彼らは軽く驚く。
連絡を受けた領主はすぐさま現場に駆けつけた。
『高貴なる気配と覇者の兆しに惹かれて、この地に導かれ申した』
「はぁ……」
私の道化とゲンマは聖獣の言葉に首をひねりながらも相槌を打っている。
「アン姫のぷちテイマーのクラスが関係しているのかな……?」
聖獣ロクタンは以前にバンが龍王ガーラのために作った、いちごクッキーの失敗作をアン姫に手ずから与えられて美味しそうに食べている。
料理初心者であるバンが作ったクッキーの大半は形がイビツで、整ったものを選りすぐって献上品とした。
そして、それ以外の大量に余った失敗作は見た目はともかく味は問題ないのでオヤツとして、ここ最近は毎日子供達に配られていた。
『この“くっきー”なる焼き菓子は美味でありますな。この模様は伝説の果実“アンブロシア”でしょうか?いやはや、我輩すっかりこの地が気に入りましたぞ』
「お、おう……」
獅子舞のような面構えで紳士的な物言いをする聖獣は自らにじゃれついている少女二人を暖かかく見守っている。
「まぁ、ドルチェアルボラ達も人語を話すし……知性が高いとそういうスキルが付きやすいのかなー?」
そういうゲンマも人ならぬモノなのだが……完全に自分を棚に上げている。
「そもそも聖獣とか神獣ってなんなんだ?偶に聞くけど」
私の道化はゲンマに尋ねる。
「ボクら赤龍族がこの星に来た時には既にいたね。群れないし多種族との交流が少ない個体が多いから存在自体が謎だけど……稀に辺境の人間が共生目的で供物を捧げて信仰の対象にするくらいかな」
「へー、現地産の生物なんだろうか……?」
興味深げに眺める二人の会話に耳を傾けていたロクタンは首を横に振った。
『いえいえ、我輩ども聖獣は元々旧支配者マインド……俗に魔族と呼ばれる存在ですぞ。只の獣ではござらん』
「えっ?!」
『マインド長老の意向に逆らい不興を買ったモノが懲罰として獣の姿に変えられ追放された結果であります』
「へー、そうなんだ」
道化が新たな情報を得て感心していると、上空から黒い影が飛び込んだ。
「とぉ――!!姫様に触んな!不埒者!!」
夢魔族の少女でシステムのエージェント、チーム・アルスターの一員であるモリーだ。
彼女はロクタンの顔面に向かって飛び蹴りするが大して効いているようには見えない。
チーム・アルスターはシステムのエージェントとして、辺境の治安維持の為に日夜活動中だが、休暇名目で訪れた自治区の居心地の良さにすっかり馴染んだ結果、以前のような野営生活に戻れず、この地を仮拠点と言う名の実質本拠点にしてしまっている。
『おやおや、王魔族の太鼓持ちで腰巾着の夢魔族ではありませんか。我輩に何か用ですか?要件は手短にお願いしますぞ』
ロクタンは涼しい顔でモリーを遇らう。
「てめぇー、魔族の自覚があるんなら、序列を無視すんじゃねーよ。抜け駆けすんな!犯罪者の分際でー!!」
『はっはっはっ、面白い事を仰りますなぁ。この国には魔族の種族階級は存在しない筈ですぞ。それに、犯罪者はお互い様でしょう。しかも我輩の罪は既に時効ですが、そっちは現役の服役中では?』
「ぐぬぬ……」
『それにしても、一体どんな悪さをしたら慈悲深くも麗しい女神ムネーモシュネ様に、そこまで強い制約を課せられるんでしょうねぇ?』
「おいっ!あたしのステータス覗き見すんなし!!つーか個人情報バラすな!」
『おお、怖い怖い』
「喧嘩しちゃだめぇ!二人とも止めてー!」
ヴェールは今にも取っ組み合いしそうな二人の間に入って仲裁をしようとする。
「モリー、偏見で除け者にするのは良くないぞ。そういうのヒーローらしくないだろ」
ヴェールがモリーを抱きしめて頭を撫でているのを見ながら、道化は諌める。
「別に……好きでヒーローになった訳じゃないし……」
モリーは不貞腐れた風に顔を背ける。
『ヒーローが聞いて呆れますな。不良娘が』
「むきー!」
ロクタンは涼しい顔でモリーを煽る。
「お前も挑発すんなよ……」
魔族の大人気ない面子の攻防に道化は呆れ気味だ。
「で、実際何をやらかしたの?」
「えっ?」
好奇心の強い龍族のゲンマはニコニコ顔でモリーに無言の圧迫を加えた。
・・――◇――・・
彼女は魔大陸出身の夢魔族だった。
夢魔族は魔族の種族序列第二位で支配者である王魔族の側近を務め、その強い精神感応能力を使い、下位魔族や人間を統率していた。
モリーもそんな特権階級の一人であったが、魔族の戦乱に巻き込まれ、身一つで混乱する世界の底辺を彷徨うも、戦国時代を図太く生き抜いた。
そして、仲間を集め夢魔族の楽園を築こうと勢力を立ち上げ、新興魔族と対立するが……。
「あたしは混乱する魔大陸を鎮めて、新興魔族から同胞を守りたかったんだよ……」
「それで、なんでシステムと揉めたんだ?」
「夢魔族は少数派、その上、新興魔族の術式は夢魔族の精神感応に耐性を付けてる。奴らに対抗するためには、もっと強い力が必要だと考えて……古代遺跡に封印されていたシステムの御使い、ポリィ・ムーサの力を借りようとしたんだ。あたしは必死に説得したけど、彼女は聞く耳を持ってくれなくって……」
モリーは深い溜息を吐いた。
「仕方なく、全力で精神感応を使っちゃったんだ……」
「……で、どうなったんだ?」
「ポリィ・ムーサは抵抗して、そのまま戦いになり……気がついたら、あたしはムーサの力を強奪して、彼女は廃人になっちゃった……」
「それで、システムの怒りを買ったのか」
モリーは頷いた。
「……という訳で、夢魔族の女王が、何の因果かシステムの手先……エージェントよ」
『因果応報ですな』
「うっせー!そっちは何やらかしたんだよ。吐け!」
『何せ我輩も歳ですからなぁ。昔のことは、さっぱり思い出せなくて……』
「あ、きったねーコイツ。絶対嘘だろ!ムカツクー!」
「まぁまぁ、モリー殿。今日はこのお菓子に免じて、お許しくだされまする」
アン姫はインベントリから板チョコを取り出してモリーに渡す。
「ふわぁ〜、ちょこれいと〜」
モリーは一変して破顔し、チョコに頬ずりした。
『ちょろいですな、このチビガラスは』
ロクタンは尚も煽る。
「はぁー?チビとは何さ!あたしだって封印が解けたらスゴイんだからぁー!!セクシーダイナマイツでボンキュッボンだしー!」
『嘘乙ですな。夢魔族はもれなくペッタンコで「あーあーあー!キコエナーイ!!」』
二人のやり取りに周囲は思わず笑いに沸く。
・・――◆◇◆――・・
こうして風変わりな聖獣は自治区に根付いて、住民に加わった。
子供好きな彼は、忙しい大人達の代わりに、幼き者達の面倒を見て、良い遊び相手となった。
また、大人も、有史以前からこの星を見守ってきた知識と経験を持つ彼をご意見番の一人として重宝することになる。
礼儀正しく造詣も深い彼ではあるが、モリーとはこの後もずっとライバル関係を維持しつづけ、顔を合わせるたびに大人気ない口論を繰り広げ、時に鍛錬と称した模擬戦でしのぎを削る。
お互い、子供達のマスコット的立ち位置を強く意識した結果だろう。
子供達に惜しみない愛情を注ぐ彼であったが、中でもアン姫には強い愛着を持ち、後に成長した彼女を背に乗せて戦場を駆け巡る事になるのだが、それはまた別の話である。




