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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
――閑話集2

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104/112

a021――カレイドスコープ(4)飛行訓練

 ここは祝福された約束の地――龍王国アースガード自治区。


 私の眷属達が治める優しい箱庭。

 その中でも、関係者以外立ち入り禁止である農業試験場は“聖地”と呼ばれ、人々に敬われている自然あふれる美しい空間だ。


 私の道化である神無月了は敬虔な信者である四人のメンバー、森川、デン、ジュン、モモと共に友人であるゲンマの話に耳を傾けている。

「空が飛べれば、何かと便利だよー。君は上位存在になりかけてるし、頑張れば飛行スキルを習得できる可能性は高いんだよね」

「そう言われてもな……」

 彼は友の話に懐疑的だ。

「今でも、モモちゃんが呼び出した空飛ぶ騎獣で事足りてるし、別に必要は感じないが……」

「だからさー、咄嗟の話だよ」

 ゲンマは拳を振って力説する。

「突然崖から落ちた、とか、急いで高い壁を越えたい、とか、必要な場面はいくらでもあるでしょ!」

「お、おう……」

「何より、自由に飛び回るのって楽しいからさ、少し練習してみようよ」

 私の道化は有能だが、内向きで人より怠惰な傾向がある。

 どういう言い訳で断ろうかとの思惑が顔ににじみ出ているが、それを見逃すゲンマではない。

「ひょっとして逃げようとか考えてる?今日は予定がないからゴロゴロするつもりなんでしょ?」

「ぐっ……」

 彼は助けを求めるように信者達に目を向けた。

「よろしいんじゃないですか?緊急時に便利そうですし」

「面白そうですね、兄さん。興味深いです」

「先生ー、頑張ってー!」

「飛行って頑張れば出来るものなの?どういう理屈で物理法則に抗えるのかしら……」

 疑問を持っているのはジュンだけのようだ。

「まぁ、根拠は統計かな。ボクの観測範囲では上位存在に近い程、概念領域に干渉しやすくなるから、魔力と思念で物理法則を越えられるんだ」

「滅茶苦茶だわ……つくづく異世界って非科学的ぃー。でも本当に可能なのか気になるわね」

 ジュンはそう言うが、この四人のメンバーの中で一番上位存在に近いのは大地の女神として民衆の信仰を集めている彼女だ。

 信者が助けにならない事を悟った道化は抵抗を諦めたのか溜息を吐いた。

「はぁー……で、何をすればいいんだ?」

 ゲンマは満足そうに頷き微笑んだ。


「まず大事なのはイメージだね!」

「イメージ」

「自分が一番納得出来る空を飛ぶ具体的なイメージを高めるんだ。例えば鳥の羽が背中に生えるとか、空飛ぶ絨毯に乗る、とか」

「具体的な、か……」

「そうそう。そして、そのイメージを形作るように体内の魔力を良く練るんだ」

「魔力を練る」

「君の魔力量なら飛ぶのに必要なイメージの具体化には十分過ぎるくらいだから、あとは訓練次第だよ。肝心なのは自分が飛べると、確信出来るイメージを作りあげることさ」

「簡単に無茶振りすんなよ……俺は今まで自力で空を飛んだことなんて……」

 そこまで言った道化はハッとした後に顎に手を当てて思索に耽り、徐ろに目を閉じて瞑想を始めた。


 周囲の人間がジッと見つめる中、道化の背中から青い光を放つ魔力の奔流が溢れ出て、何かを形作ろうと蠢いている。

 やがて、輝きが収まり落ち着くと、彼の背後には青い蝶のような魔力の羽が現れ、羽ばたくとその体は宙に浮き、空へと舞い上がる。

 道化はそのまま、自治区の上空を旋回して暫しの間、空中遊泳を楽しんだ。

「本当に飛んだ……」

「元々、魔力量が多かったからねー。ボクが見込んだだけあって筋が良い」

 調子のいいゲンマは、さも自分の手柄かのようにドヤ顔で頷いている。

「流石先生です」

 感心している森川も尊敬の念を込めて満足そうに頷く。

 初めての飛行体験を堪能した道化は地面に降り立った。

「ふーん。まぁ、悪くはないな。結構楽しかった……って、モモちゃん?」


 神無月了の伴侶であるモモは、その場に蹲み込み顔を地面に向けて小刻みに震えている。


「どうしたんですか?黒うささん?」

「お姉様!」

 さっきまで元気だった彼女の変化に周囲は心配して声を上げる。

 道化は彼女に駆け寄り、俯いた顔を覗き込むと……彼女は必死に笑いを堪え顔を歪ませていた。

「……モモちゃん?」

「……ご、ごめんなさい……ふひっ……くくく……」

 その場にいた全員、怪訝な表情で彼女を見つめた。

「どうしたんだ?急に、俺、何かおかしかったか?」

「あの、すごく似合ってます……似合っているんです!……でも……つい……想像しちゃって……地球の……以前の先生の姿に……蝶の羽が生えて……飛びまわるのを……ぷぷっ……」

「えっ――?」

 彼女は苦しそうにそれだけ言うと、ツボに入ったのか体を二つ折りして笑いを堪え出した。

 道化は思わず、他のメンバーに目をやると、彼らも徐々に表情筋がピクピクと痙攣しだして口を手で押さえだした。

「おい……お前ら……」

 森川とデンは必死に無言で堪えている……が、ジュンがボソリと呟く。

「絶対に笑ってはいけないアースガード自治区……」

「ぶふっ――!」

 デンが堪らず吹き出し、森川の痙攣は次第に小刻みになった。

 必死に笑いを堪える信者たちを見渡し、道化は泣きそうな表情で呟く。

「ちょっ……みんな、あんまりだろ……ひ、人をわ、笑い者にするなんて……」

 道化は悔しげに俯き、拳を握りしめ、肩が震えた……。

「そんなこと言って先生も笑ってるじゃないですかー!!」

 モモは人差し指で道化を指差す。

 彼の顔はどうみても笑いで歪んでいた。

「ぶふぉっ!……ぎゃはははははははーー!!!」

 道化はモモの指摘で忍耐が決壊して爆笑し、それに釣られてメンバー達も箍が外れたように笑いだした。


 確かに身長190センチの目つきの悪いアラサー日本人男性が蝶の羽を生やして飛び回るとか、一体何の冗談だと言う話だ。


「ちょうちょー……ちょうちょー……ぶっ!くっくっくっ……」

 ジュンは四つん這いで地面をバンバン叩いている。

「ジュンちゃん……やめて……可笑しい……あはははははっ!!」

「ひ……ひぃー、く、苦しい……お腹痛い……」

「お前ら……ここに本人がいるのに、わ、笑いすぎだろ!失礼だぞ!!……ぶははははは……」

「兄さんが一番笑ってますよ!……ひ、ひゃー」


 五人が笑い転げて悶絶している傍で、ゲンマ一人が笑いのツボが理解出来ず、訳も分からず困惑していた。

「えー……何なのさー、それ……」


 ・・――◇――・・


「もう、やらない」


 嵐のような笑いの波が去って冷静になった道化は、しっかりすっかり拗ねた。

「いやいやいやいや……そう言わずにちゃんと訓練しようよ。生死に関わるんだから」

「そうですよ、先生。そのスキルは絶対身に付けたほうがいいですよ……ぷぷっ」

 普段は真面目な森川が笑いを堪えている様をみて、道化は完全に不貞腐れた。

 ゲンマは気難しく面倒臭い性格の道化を何とか宥めすかして、二人だけで人目の無い場所に移動して訓練を行った。


 結果、道化は飛行スキルを獲得して、自然に飛行できるようになったが、スキル使用時に青い蝶の羽が背後に展開するのを防ぐことは、どうしても出来なかった。

 その為、彼は人前では決してこの能力を使うまいと決意する。

 一緒に空を飛んで遊びたかったゲンマは残念に思ったが、作戦を長期戦に切り替え、友人の気が変わるのを気長に待つことにした。


 しかし、二人が訓練している所を偶然、採取活動で通りかかったナス子とヤン・デルシアが隠れて目撃していた。


 深い森の奥で、光る木霊達が漂う中、二人の美しい青年が楽しそうに宙を舞っている光景は、うら若き乙女達にとって、実際以上に輝いて見えたことだろう。

 彼女達は草むらに潜んだまま、恍惚とした目でうっとりと見入っている。


「神だ……神がおる……」

「ほわぁ……眼福……」


 ナス子は、音もなく、その場から後退した後、テンションマックスのまま、稲妻のように駆け出して、自宅のアトリエに直帰した。


「草毟ってる場合じゃねぇ――!!」

「ナス子さーん!!待ってくださぁ〜い!!」


 最高潮のナス子の全力疾走はヤン・デルシアの騎獣モア鳥の足でも追いつけなかった。


 帰宅した彼女は、アトリエに立てこもって内側から鍵を掛けて、ペンを握り、タブレットに向かう。

 そして、そのまま寝食を忘れてカラーイラストの制作に没頭して、一気に新作描き上げた。


 この作品は『友人龍と妖精王』のタイトルで王都にて発表後、大変な評判となり……


 ・・――◇――・・


「ガーラ様が今度の公式式典で是非、お披露目して欲しいそうです」

「なんでそうなるんだよ……!」

 道化はオクルスからの報告を聞いて頭を抱えた。

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