3 見つけましたよ
さて、当の本人は今何をしているのか。彼は今、街の中心部ともいえる商店街を抜けた先にある大福屋・昇福亭にいた。瀬戸内海の島々の一つである因島の特産物、はっさくを中に閉じ込めた『はっさく大福』がこの店の名物である。彼はそれを好んで食べていた。
この風貌だ。一度訪れただけで強烈な印象を与えるのにも関わらず、週に二度三度訪れるものだから、すっかりなじみの顔となっていた。
「今日も、いつものを、一つ」
彼も随分と常連ぶって、いつもの、なんて注文している。店の人は手際よく一つの大福を用意し、彼の差し出した手元へと丁寧に置いた。様々な餡子がある中で、彼が決まって買うのはこしあんである。ちなみに白あんなんてものもあるのだが、これもまたとても美味い。フミが手土産に持ち帰る代物だ。
椰子は店から出ると、大福を掌にちょこんと乗せたまま海岸通りへと足を運んだ。下駄のカラカラという音が海沿いによく響く。彼は心地よい潮風にカンカン帽を飛ばされぬよう、鍔を尻の下に敷いて低い堤防へと腰かけた。
みかんの皮をむぐように、一つ一つ丁寧に包み紙をはいでいく。そしてまずは小口で皮の端を口へと含んだ。しばらくその柔らかさを堪能した後、大口で大福半分を口の中いっぱいに放り込む。爽やかな酸味とわずかな苦みを包み込むこしあんに、彼はその場で悶絶していた。この旨味をなんと表現しようか。
なんて考えている間に、手の中から大福はきれいさっぱり姿を消し、この感動を表現するのはまたの機会にと小説の題材は延期される運命にあるのである。
「あ、見つけましたよ。やっぱり、ここだった」
「うげえ」
文字通り間の抜けた言葉を発して椰子は振り返る。そこには箱に入った白あん大福が入ったビニール袋をぶら下げた、小林フミがにんまり笑顔で立っていた。椰子は尻に敷いた帽子を頭から外すような仕草をしながら、口端を釣り上げた笑顔を作る。
「いやあ、お久しぶりです」
「ええ、かれこれ10日ぶりです。以前持ち帰れなかった原稿、引き取りに来ましたよ」
「随分とお早いご到着で」
椰子が見るのはフミの顔ではなく手にぶら下げた大福ばかりである。フミは慌てた様子で片手を引っ込めた。
「あげませんよ」
「いくつ入っておられるので」
「内緒です。そんなに欲しいなら、先生も箱で買われましたらどうですか」
「いえ、私はいつでも行けますから」
「いつでも行かれたら困ります」
まるで夫婦漫才をしている様子に、学校帰りに自転車を押している学生が思わず吹き出していた。フミは大福の包みを抱きしめたまま、キリリと眉を吊り上げた。
「ところで、先生。約束の原稿は出来てますよね?」
「はい。出来てますとも」
「え、出来てるんですか? やりました、これは吉報です! 原稿ご自宅ですか? すぐに取りに参りましょう」
「ええ。明日にはね」
「ちょっと……! 約束が違うじゃないですか! わたし今日には受け取れると思って、ウキウキしながらやって来たんですからね!」
そう言いながら大きく手を振りかぶり、持っていた箱の角でぽこんと椰子の頭を小突いてみせた。叩かれた椰子は謝罪の一言もなくテヘへと舌を出して、小突かれた頭をよしよしと撫でている。
「今からすぐ取り掛かってください! 締め切り、もう過ぎてるんですからね」
「あいあい。本当は出来てますから」
「本当ですか? それともそれが冗談ですか?」
「家に着けば分かります」
彼はそう言うと、半分尻の重さでへしゃげた帽子の形を整えて頭に乗せた。




