27 知らない顔
「あった! ありましたよ、先生!」
フミは大興奮で、大した確認もせず椰子の元へと舞い戻って行った。そして見つけ出した原稿を彼の元へと差し出したのであった。
「ほら、猫ちゃんが案内してくれたんですよ! 言った通りでしょう?」
椰子は差し出された紙から漂う悪臭を二、三度手であおぎながら、その紙を確認した。
「ええ、確かに」
「良かった! これで謎だった小説の内容が明快に……」
フミは心待ちにしていた彼の文章を読もうとした時である。なんと彼の汗がついた原稿の半分以上が、滲んだインクで染められていたのだった。彼女の表情だけで、興奮が一気に落胆に変わったのが見て取れた。これにはさすがのフミもおてあげである。最初からそれに気が付いていた椰子は、顔を反対方向へと向けて鼻をつまんでいた。
「あって良かったですね」
「良くありませんよ。ほとんど読めないじゃないですか」
だが、手掛かりはその一枚に託された。少しでも読める部分を伝えれば、椰子が書いた内容を思い出してくれるかもしれない。残された彼の筆跡をたどり、彼女は言葉を繋ぎ合わせる。
「太鼓の音がかき消す、踏切?」
その言葉を聞いた椰子は、目を見開いて彼女を振り返った。しばらくの沈黙の後、彼は一言だけ告げる。
「捨ててください。今すぐに」
フミは初めて聞いたとも思える、彼のひっ迫した声に目を丸くした。
「どうしたんですか、先生」
彼女の驚いた声に我に返った椰子は、慌てて視線を逸らす。
「すみません。そうか。そうですか」
椰子は自らに言い聞かせるように、そう繰り返した。しばらく二人の間に沈黙が続く。食事を終えた猫が満足そうにご馳走様でしたの鳴き声を響かせたところで、フミから意を決して言葉を発した。
「前もありましたよね。神社で、太鼓の音がするって。何か、先生を悩ますものがあるんですか」
椰子はしばらくうつむいた後、書き直します、とだけ告げてガラスペンを手に取った。
彼女はそれ以上の質問に踏み入れることが出来なかった。椰子が黙々とペンを走らせている姿を眺めるのが精いっぱいで、必死に震える唇をかみしめた。恋焦がれ、やっとの思いで見つけた原稿用紙を折りたたむと、静かにポケット暗闇へと押し込んだ。




