26 ここ掘れニャンニャン
フミが彼の部屋にある本を持ち上げ、その表紙を開いた瞬間であった。何かが足元を駆け抜けていく感覚を感じ、小さな悲鳴を上げて思わず飛び上がった。元々汚い部屋だ。全人類が一度は震えあがる、触角の長い茶色の生き物を想像し足元を確認すると、そこには椰子の家を最早自分の家と認識し始めた野良猫が佇んでいた。ひとまず害虫ではなかったと一安心したフミが小さく息を吐くと、猫は縁側の方へと小走りに進んで行く。可愛らしいその後姿を覗き込んでいると、猫は力強い声でニャン、と一声鳴き、勢いよく反対側にある玄関の方へ駆け抜けて行ったのだった。
「どこから入ったのかしら」
「そりゃあ、玄関でしょう。あなたが開けたんじゃあないですか」
「それはそうですけど……」
フミはじっとその猫の様子を伺った。対する猫は我関せず、フミが入れてやった猫缶を美味しそうに食べているようだ。
「それにしても、不思議じゃありません? 玄関から入ったのなら、どうしてわざわざ反対側まで行ったのかしら」
「あなたにお礼が言いたかったのでは」
「そんなこと……」
なんだか納得のいかない回答に、まさか! フミは先ほど自分が言っていた言葉を思い出した。そんな奇跡の様なことが起こるであろうか。しかし確認せずにはいられない。
「失礼します!」
フミはキラキラと目を輝かせながら、縁側の方へと駆け出していく。その様子を、椰子は黙って見送った。
作業部屋以外を見たことのなかったフミは、その場所の汚さに愕然とした。ほとんど物置のようになった縁側は、あたり一面乱雑にゴミであろう段ボールや紙の束が散らばっていた。多少踏み入ることを躊躇しつつも、この中に紛れているに違いないと確信する。以前エアコン業者が来た時に片付けたと言っていた。懸命に目を凝らして見てみるも、それらしいものは見当たらない。この重ねられた紙束の中にあるとしたら、正直なところ絶望的である。
他に目ぼしいものはないかと見渡してみると、さらに奥に一つの大きな盥が置いてあるのに気が付いた。多少の熟成された香りが漂ってきたので、椰子に気づかれぬように鼻を摘みながら、恐る恐るその盥の中を覗き込む。
そこには彼の汗がたっぷりと染みついた着物が、脱ぎ捨てられた抜け殻のようにそのまま入っていた。あとで洗濯しようと置いているのであろうが、早々取り掛かるべきである。もういっそのこと原稿ついでに服の宅配もすべきであろうかと思っていた矢先であった。
「え、嘘でしょ!」
フミはその盥の中に、一枚の紙きれを見つけた。まさか本当に、猫が宝探しを請け負ってくれたというのだろうか。鼻をつまんでいた右手を離すと同時に息を止め、紙の上に乗っかっている服をそっと持ち上げた。破れぬように、ゆっくりその紙を引き抜く。
なんとそれは、確かに探していた最後の一枚だったのだ。




