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祭囃子椰子 ~まつりばやしやし~  作者: 高冨さご


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25/29

25 今の顔

 あれから30分程経過した。フミは他の仕事を進めていたが、ふと我に返り椰子を振り返る。彼は背筋を伸ばしてぼんやりと上下するエアコンの風向板をじっと眺めていた。もうすでに読み終えたのか、はたまた読むのを辞めたのか。しばらく無言で彼の横顔を見つめていたが、椰子が気づく様子はなかった。


 これはいいチャンスだと、フミは遠慮することなく椰子の横顔を堪能した。しまりのない口元と不潔さを助長する手入れのない無精ひげが、元々の顔の良さをかき消しているようだった。デビュー当時、爽やかなイケメン男子と騒がれた頃が懐かしい。頬肉は垂れさがり酷い隈で目元まで真っ黒だが、鼻の高さは早々変わらぬもので彼の美しい放物線に目を奪われた。


 さすがに見つめ過ぎたのか、椰子はそれに気が付きフミの方を振り返る。フミは慌てて顔を逸らしながら、今気が付きましたと言わんばかりに手元にあったパソコンの画面を閉じるふりをした。


「確認終わったんですね。どうですか、調子は」

「ええ、そこそこに」


 椰子はそれだけを告げると、片手であごひげを触ってみせた。どうやら自分が数分間も見つめていたことには気が付いていないらしい。フミはほっと一息入れ、彼の続きの言葉を待った。


「それにしても、随分軟弱な主人公ですね。もっとシャキッとしなさいと喝を入れたくなってきます」

「本当に。誰に似たんだか」


 その言葉には聞き捨てならないと言った様子で椰子が顔を向けてきたので、フミは先生のことではりませんけれど、と慌てて付け足した。自分から話を振っておいて面倒ごとに巻き込まれそうだと踏んだフミは、原稿を探すふりをして部屋の隅へと体を寄せた。


「それにしても、一番大切な部分が抜けちゃってるだなんて。なんとなくでも覚えていないんですか」

「そうですね。案としては30個ほどありますよ。けれど結局どの内容を書いたのか、ほとんど覚えていません」

「無意識のうちに書き上げちゃったってことですか。さすが、令和の夏目漱石ですね」

「おやめなさい」


 フミは埃が被った椰子の著書を手に取って、自らの袖で丁寧に汚れをふき取った。デビューしてから年に数冊出版し続けた怒涛の十年間。部屋に引きこもり常に頭を悩ませ続けた彼を追い立てるように、周りの人間はさらなるベストセラーを期待した。それは熱烈な彼のファンであった、彼女も同様であった。

 

 便箋何十枚にもわたる感想と次への期待を書きしるした分厚いファンレターを送った日々が、今でも鮮明に思い出される。それから数年後、彼は忽然と姿を消した。

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