24 猫の話
フミは玄関から出ると、脇道を覗き込み猫のお椀を確認した。どうやら猫は外出中らしい。食事を準備してやろうかと思ったが、これではすぐに腐ってしまうだろう。早朝に水を替えたとて、すでに喉を潤すことは難しい程に茹で上がっている。異常なほどの気温上昇に、いよいよ真夏に外出すらできなくなってくるのではないかと、ここ最近不安が募る。
文明の利器に頼れないのは、時代遅れの椰子だけではない。屋外で過ごす動物たちの安否が心配になり、少し路地まで出て周囲の猫たちの様子を確認した。猫の町と呼ばれるその地では、山道に可愛い猫の姿を拝むことが出来たのに、もはや一匹たりとも見当たらない。猫たちも馬鹿ではない。命の危険を感じ、身を沈められる場所に隠れているに違いない。
フミは何かを思いついた様子で、置きっぱなしとなっているお椀を二つとも持ち上げて玄関口へと戻って来た。真新しい水へ取り替えると、そのお椀を狭い玄関の隅に置いてやる。猫缶の中身をお椀の中に入れると玄関の扉を数センチだけ開き、椰子の元へと戻って来た。
椰子は自分の原稿を半分ほど読み進めていた。どれほど汚かろうと自分の文字と言うのは、すんなりと読めるものらしい。
「先生、あの猫ちゃん、何て言う名前なんですか」
「知りません」
「飼ってる訳じゃないんですね」
「猫は飼いません」
「でも、可愛がってますよね」
フミは空の猫缶を机の隅に置くと、お椀の位置を玄関の内側へと移動させたことを告げた。
「猫も、生き物ですから」
「知っています。そうでもなければ、私の原稿を散らばすこともないでしょうし」
「そうか。猫ちゃんなら、先生の原稿の場所を知っているかもしれませんね」
椰子はまさかと小さく笑ったが、フミは本気で猫に宝探しを求める勢いだ。あれこれ口を挟んでも面倒くさいので、フミの申し出にいちゃもんを付けるのはやめた。
「もし本当に飼うのなら、病院とかも連れて行った方がいいでしょうから。その時は相談してくださいね」
「詳しいですね」
「好きなんです。猫」
「飼っていらっしゃるので」
「いいえ。家を空けることの方が多いので、動物は飼わないようにしています」
そう言うと、フミは足を抱きかかえるようにして体を縮こませた。
「でも、昔から動物は好きなんです。保護ネコ活動とかあるでしょう? ああいうところに行くと、全部の猫ちゃんを連れて帰りたくなってしまう。捨てられたりイジメられたりして、辛い世界があったのかもしれないけれど。これからは幸せに生きていて欲しいんです」
「誰かの押し売りですか」
一見嫌味にも聞こえるその一言に、フミはニヤリと笑った。
「ええ、似たようなことを、過去に言われたことがありまして。その頃は私の方が猫ちゃんのような存在でした」
「そうですか」
椰子はそれ以上踏み入ろうとはしなかった。
「ところで、大切なものは閉まっておいた方がいいですよ。猫ちゃんに持って行かれないように」
「ええ、心得ておきます」




