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祭囃子椰子 ~まつりばやしやし~  作者: 高冨さご


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15/29

15 隠しボタン

 石段を上り山門をくぐると、石畳に沿って道筋を進む。導かれるように右手に曲がると、そこには梵鐘が吊るされていた。ほうほう、神社に梵鐘があるとは珍しいと荘厳な雰囲気に浸っていた。


 しかしふと目を凝らして見てみると、そこには違った寺の名前が記されている。どうやらここは吉備津彦神社ではないらしい。どこかで道を誤ったであろうか。キツネにでもつままれたような気分になりながら、注意深く周囲を見渡した。すると振り返った先にもう一つ、石で出来た鳥居の頭が見える。どうやら反対方向のようである。これは失礼致しましたと、間違えて訪れた宝土寺に深く頭を下げた。


 山門から左に続く脇道の先に、目的の神社は建っていた。石造りの鳥居をくぐると、その先にこじんまりとした本殿が見えてくる。あまり人気がなく殺風景にも感じる雰囲気に、男は目を丸くした。あれほどの大きな祭りをするのだ。それはそれは大きな本殿と社務所があるのだろうと思ったところ、案外こじんまりしているものである。だが人気を避ける椰子にとっては、その雰囲気が好きだった。


 お参りでもしておこうと財布を引っ張り出して思い出した。そういえば、先ほど小銭は全て御旅所に奉納してきたのであった。祀られている神様は同じかもしれないが、本殿に出向いた手前何もなしに帰るのもいかがなものか。札でもあれば喜んで差し出すのであるが、あいにく財布の中身は空っぽである。何か代わりにお供えは出来ないものかと全身見渡してみるも、丁度いいものはひとつも見当たらない。


 そうかと、なにやら思いついた椰子はおもむろに上着を脱ぎ出した。和服から袖を外しワイシャツ姿になると、突然その襟元についていた金色のボタンを引きちぎり始めたのだ。元々糸が緩んでいたのか、少し引っ張るだけでそれはいとも簡単に外れた。


 彼は再び身なりを整えると、握りしめたボタンを賽銭箱の中へと放り込む。装飾用のボタンだ。本物の金ではないだろう。だがそれは、彼にとっては特別なボタンであった。



 神への祈りをささげた後、このまま山道を通り家へと舞い戻ろうかと振り返った時であった。なんと目の前には鬼のようなオーラを醸し出す一人の女性が、腕を組み立ち塞がっていたのだ。いやはや、祭りの日に出会う鬼神よりも禍々しい。


「先生。今日こそは、よろしくお願いしますね」


 大福の箱を片手にぶら下げながら、フミはにこやかに笑って見せた。もう逃げも隠れも出来そうにない。かぶっていた帽子の上から頭をぽりぽりと掻きながら、椰子は視線を泳がせる。


「どうして、ここだと?」

「素敵なお嬢さんから教えていただいて」

「ああ、あの絵描きさん」


 椰子は定まらない視線をそのまま海側へと移動させた。そこから見えるのは長い線路と立ち並ぶ家の数々だ。トタン張りの商店街の屋根が、川のように真っ直ぐ西へと流れていく。


「おや」


 椰子は何かを見つけたように、そのまま石柵の方へと足を進める。フミも彼の後を追い、隣へと並んで立ってみた。


「どうかしましたか?」

「ええ、太鼓の音が」


 彼の言葉に耳を澄ませるフミ。しかし聞こえてくるのは車の排気音と、空間を引き裂くような電車の滑走音だけであった。


「本当ですか? 聞こえませんよ」


 訝し気な顔をしてフミが男の方を振り返った時、彼は既にいなかった。しまった! と慌てて背後を確認すると、下駄を脱ぎ捨てた男が数メートル先を歩いている。フミはその場に置き去りなった下駄を持ち上げ、焼け焦げた石畳の上でダンスを踊る男の元へと駆け寄った。


「逃走のためとはいえ、嘘はいけませんよ。先生」

「嘘ではございません。それに、逃げるなどと言いがかりはおよしなさい」

「ならば、なんですか、この下駄は」

「時に大地を踏みしめたくなったのです」

「可笑しな人」


 フミはそう言って高らかに笑った。ようやく観念した椰子は、フミと共に家路につくのである。

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