13 似た者同士
椰子はフミが来るであろう方角とは逆方向へと足を進めた。するとすぐそこから山手へと進んでいく路地の入口に、見覚えのある顔が座っている。そう、彼女は御旅所で真っ白なキャンバスを持ったままクサいオジサンとぶつかった、あの日の女性だ。どうやら描きたいものが見つかったのか、少しずつ下書きを進めている様子である。いつもなら不審者扱いされてしまいそうになるところ、なぜかその女性には話しかけて良い気がした。一度顔を合わせただけで、勘違いも甚だしい。
「もしもし」
話しかけ方さえも、随分と奇妙な男だ。だが女性は何の疑いもなく、呼びかけられた方へと顔を上げた。
「はい、なんでしょう」
「絵描きさんですか」
「ええ、まもなく」
その返答に、椰子はにんまりと笑った。どうやら同じ匂いがしたらしい。(臭いということではない。)女性が下書きをしているキャンバスに視線を落とすと、そこには踏切越しに階段が連なる先、祭りの本殿がある吉備津彦神社が描かれていた。風情ある路地から一直線に続く山門の美しさに魅入られたのだろうか。しかし一つ、気になることがある。
「お神輿は、描かれないので?」
そう、出会った当初。彼女がその目を輝かせていたのは、風情ある街の風景ではなかった。ドンと腰を据えて飾られている立派なお神輿の姿である。彼女は椰子の言葉を聞くと、大きく首を振った。
「描きますとも」
「ほう、どちらに」
「この石段のところに」
椰子は色付けもされていない殺風景な彼女の石段の絵と、実際の風景を見比べた。
「石段のところに、ですか」
「あら、知らないのですか。先生」
彼女はそう言うと、まるで空に絵を描いているかのように筆を走らせた。
「お祭り初日、あの大きなお神輿は、今見えている階段をゆっくり降りて来るんですよ。それは11月1日、夜の話です。その頃になると幟が立てられ、たくさんの提灯が飾られて。それはそれは、美しいんですから」
「11月1日」
「三日二夜のお払いですからね。11月は1日から3日にかけて。祭りの初めは本殿から神様をお連れしないといけないじゃありませんか」
そうか。確かにそれもそうだ。早朝起こされる日のことばかりを気にしてはいたが、祭りは3日にかけて行われている。前日二日は暗くなった夕方頃に太鼓の音が響いていたが、家の前を通らないので特段気にしてはいなかった。今度バックパッカーと出会ったら補足しておこうと、男は掌にメモを残すふりをする。
「随分と詳しいですね。氏子さんですか」
「ええ、父が。昨年他界しました」
「そうですか。それで絵を」
「いえ、これはコンテストに出すためで……」
最後の一言だけ歯切れが悪く、そのまま沈黙を誘った。椰子はなんとなくその気持ちを察して帽子の上から頭を掻いた。夢はある。だが現実は残酷だ。それが叶ったところで、逃げ隠れする人間もここにはいる。上辺だけの励ましなどどうにもならないことは、百も承知であった。椰子は彼女の絵を見下ろすと、こんなことを口走った。
「その絵を、買わせていただけませんか」




