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祭囃子椰子 ~まつりばやしやし~  作者: 高冨さご


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11/29

11 腐りかけの蜜柑

 さて、それから約10日後のことである。学生の夏休みも佳境へと入り、部活に勤しんでいた学生の多くは夏休みの宿題とやらに頭を悩ませているところらしい。それはこちらとて例外ではない。提出期限が迫っている原稿用紙と一晩中にらめっこをしていた椰子は、切羽詰まっている学生よりももっと頭を抱えこんでいた。今の若者たちには、決してこんな大人にはなってもらいたくはない。そんなことを考えながら、浮かんでこない文字の続きにガラスペンを床へと転がす。


 振り返り時計の針を確認すれば、あと数時間後にはあのしつこい女が鈍行列車に乗りここまで尋ねて来ることだろう。10日もあれば頭の隅っこに描いていた世界線をこの紙に落とし込めると思っていた。されど書いているうちに、勝手に物語の主人公が好き勝手暴れはじめるのである。親が親なら子も子だとはよく言ったもので、自分の描く人物像はどうやら書いている人間に似て来るらしい。そっちではない! と書き直しては、これも違う、と丸めた原稿用紙の束で足元は埋め尽くされる。


 いい加減認めた方が手っ取り早い。それが己の限界なのだと。


 これを機に、小説家なんて辞めちまおうか。そんな言葉を脳裏にかすめつつ、男はふと部屋の一面にはまり込んだ額縁を見上げた。この美しい尾道の風景をそのまま絵で落とし込める能力があるのなら、今頃一世を風靡する画家として有名になっていたことだろう。


 だが自分に出来るのは、この感動をひたすら文字に書き起こすことだけである。この十数年という月日、彼がやってきたのはたったそれだけだ。他に何が出来ると言うのだ、まともな生活も出来ぬ男に。


 自らを律した椰子は、今一度ガラスペンを手に取った。そして描写文法などくそくらえで、自分の世界線をとにかくインクと共にしみ込ませていった。後から読み返すとこんな文章読めたものじゃないと庭に穴を掘り始めるかもしれないが、なぜかあの女だけは笑わない気がした。


 それから、早三時間。インクがなくなったところで椰子の執筆の手は止まった。ふと気が付くと仕上げた原稿用紙は数百枚にのぼる。その集中力があるのであれば尻を叩かれる前にさっさと取り組めばいいものを。限界まで果汁を絞り出し、残った蜜柑の皮の裏についている肉片から浪漫を見出す。それが椰子の小説の書き方である。何を言っているんだと思われたかもしれない。自分でもよく分からない。


 かみ砕いていうと、現代の編集者にとっては大きなお荷物という訳だ。それでも切り捨てられないのは、彼の描く人間離れした創造性の魅力に尽きる。どこでも写真の撮れるご時世になったのに、一周まわってインスタントカメラが大ブームとなったこととよく似ている。


 ひとまずある程度の分厚さがある原稿を突き付けることが可能になったところで、椰子はもう数週間ほど何も考えたくないと布団に潜り込みたくなった。


 しかし、しばらく時が過ぎると、一度は納得した完成度の低い原稿が突然クズのように思えてきたのだ。私はこの数時間なにをしていたのだろう、と思い返すのも恥ずかしくなり、男は逃げるようにフルーツ大福を買いに玄関扉へと向かっていた。

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