64『縄』(すべてを失って)
日が、昇った。
縄をつかむ勇気を得るために、ブンはスマホのブックマークをたどっていく。
『五月七日 ■■ノベル大賞三次選考結果』
そのWebページに、猫又ブンの名前はない。
三次選考落ちしたのだ。
自分はこの日、衝撃的に山に登った。
そうして自ら命を絶とうとして、自分のために用意しておいた木で首を吊ろうとしていたキトンと出くわしたのだ。
『六月三十日 ■■■■漫画原作新人賞一次選考結果』
この日は、キトンが一次選考通過を果たした日だった。
一方の自分は、まさかの一次選考落ち。
公募には時の運が絡むとはいえ、正直こたえた。
『七月二十六日 ■■文庫大賞結果発表』
最終選考まで残ったこの賞は、正直かなり自信があった。
なのに、それだけに……。
そして同じ日、キトンに大賞受賞の連絡が入ったのだ。
(僕はもう、おしまいだ。この先、生きてたって、いいことなんて一つもない)
異世界ファンタジー、ラブコメ、ミステリ、BLやTSに至るまでいろいろ書いてきたが、どれも、いいところまでは行くものの結果に結びつかない。
やはり、十年かけて積み上げてきた『悪魔祓師物語』の膨大な世界観と熱量には比べるべくもない。
ハンナに原稿を持ち込んで、KAWAKADOからの出版を目指すという手もある。
というより、そちらのほうが正道であり、他社の賞を狙うのは邪道だ。
ブン自身、そのことはよく分かっている。
プロアマ不問とはいえ、受賞作家が公募に出すのを快く思わない人がいることも分かっている。
だがそれでも、ブンは原稿をハンナに渡したくないのだ。
人の貴重な金賞受賞によるチャンスを、
人が幼稚園のころから温め続けてきた膨大な物語を、
人の人生を!
『ダークなカバーにしたほうが読者の目を惹くかもしれないっス』
なんて程度の軽い思いつきであんな暗く目立たないカバーにされて、案の定大コケして。
『いやぁ、上手くいかなかったっスねぇ』
の一言であっさり済まされたのが、三年経った今でも許せないのだ。
未だに、腸が煮えくり返りそうになるのだ。
『で、先生。次回作はラブコメでどうっスか。企画書何枚か、よろっス』
とはなんだ。
作家が物語を、世界を、そう簡単にポンポンと生み出せると思っているのか?
作家は人間だ。
ChatGPTなんかと一緒にするな。
「僕の『悪魔祓師物語』が……うぅぅうッ!」
ブンはブラウザで読書感想投稿サイト『読書メーター』を開いた。
『カバー暗すぎ。売る気あるの? 中身はまぁ、玄人向きかな』
『まさかの千円超え。面白かったか面白くなかったかで言ったら面白かったが、価格のことを思うと、高評価は付け難い』
『★★☆☆☆。自分の書きたいことを詰め込むのはいいけど読者のことを無視しすぎて読み物として成立していない。何がどう間違ってこれがライトノベル大賞で受賞しまったのか。ガワだけでなく話も一本調子でずっと作家さんの072を見せつけられてる感じがする。何とか読了したけど、ラストのオチよりもそれまでの不快度が高くてトータルで見るとマイナスになった』
そう、なにも、カバーイラストだけがマイナス評価の理由というわけではないのだ。
分かっている。
結果が示しているじゃないか。
ハンナと和解しようとせず、子供みたいにすねていじけて他出版社の公募に出しまくって、二年が経つのに未だ結果の一つも出せていない。
結局自分は、その程度の作家だったということなのだ。
『悪魔祓物語』のために、自分は一生分の創作力を使い切ってしまったのだ。
『悪魔祓物語』が、自分の人生の最高到達点だった。
『悪魔祓物語』が打ち切りになった以上、自分が作家として返り咲く未来など残されてはいないのだ!
「……うっ」
また、いつものように強烈な吐き気。
ブンは足元に吐いた。
自分の人生は、もう終わったんだ。
いいぞ、そのことを再確認できた。
さぁ、やれ。
縄 を つ か め !




