61『ブンの母、襲来』(迫りくる敵)
深夜、キトンは狂ったようなチャイムの音で目覚めた。
「……なんなの?」
ヒカルが起き上がり、カーテンを開いた。
「げっ」
「娘が帰ってこないの!」
その女性は、挨拶もなしにそう叫んだ。
キトンと母は、女性の鬼気迫る様子におびえる。
「ブンちゃん家のおばさんよ」とヒカル。
ということは、この人が、ブン先輩が苦手にしているという母親か。
「アナタね」
ブンの母が、キトンに敵意の眼差しをぶつけてきた。
「最近、娘を変なことに付き合わせている子っていうのは。娘を返して! あの子は今年、受験なのよ!」
キトンは、怖い。
が、ブンのことが心配ならば、話を聞かなければならない。
「ぶ、ブン先輩がなんて」
「だから、帰ってきてないって言ってるでしょ! 夜遊びなんてしたことなかった子なのに。アンタのせいよ!」
キトンは、よろめいた。
ブンの母の言葉に衝撃を受けたからではない。
(先輩、山に残ったままなんだ!)
キトンは思い出す。
「死に装束、山、土地……縄!」
ブンの体が震えだす。
(先輩、最初から死ぬつもりだったんだ! でも五月のあの日、私を拾ったことで、一時は自殺を見送った。けれど、よりにもよってその私が、ブン先輩が何より欲しがっていた『大賞』を受賞してしまった。先輩の苦悩も知らず、私は先輩に受賞を自慢した……)
「まさか」
ヒカルが真っ青になる。
「ブンちゃんが自殺しようとしてるって、アナタそう言ったの⁉」
「車っ」
キトンは母の肩をつかんだ。
「六甲山っ」
「キトンちゃん、お父さんは出張中よ。私は免許持ってないって知ってるでしょう?」
キトンは勢いよくヒカルを見た。
「も、持ってないわよ、免許なんて」
キトンはブンの母を見た。
ブンの母がたじろぐ。
「な、なんでよ。アンタがなんとかしなさいよっ」
「運転っ」
「ペーパードライバーなのよ。こんな時間に山に行くだなんて、もし事故でも起こしたら……」
(娘ではなく、事故の心配? この人……)
いや、そんな愚考に時間を浪費していては、自分もこの人と同類になってしまう。
事は一分一秒を争うのだ。
キトンはハンナに電話をかけた。
『しっぽ先生? 今何時だと』
「ぶ、ブン先輩が、死っ、車っ」
『先生、落ち着いてくださいっス』
キトンは語録を使って事情を説明しようとした。
が、上手くいかない。
そんなことをしている場合ではない。
キトンは大きく息を吸い、覚悟を決めた。
「ブン先輩が六甲山から帰ってきていません。先輩は縄と、パイプ椅子を持っています。私は今日、先輩の気持ちも考えずに大賞受賞のことを告げてしまいました。すると、先輩が激怒して。自殺する恐れがあります。今すぐ車を出してください」
『なっ……了解っス! しっぽ先生、今、ご自宅っスね?』
「はい」
『十分以内に向かうっス』
通話が切れた。
「アンタ、普通に喋れたの⁉」
キトンは洗面所に駆け込む。
「おえぇぇ……」
胃の中が空っぽになるまで吐いた。
人とまともに会話したのなんて、何年ぶりのことだっただろう。
「なるほど、相当無理したと」
ヒカルが背中をさすってくれた。
「ブンちゃんのために、ありがとね」




