58『ヒカルの正体』(迫りくる敵)
夜、山田キトン宅の玄関にて。
「……何、その顔。何があったわけ?」
もとよりコミュニケーションを取るのが難しい相手ではあったが、今日のキトンはいつにも増して支離滅裂だった。
「ごめんなさいねぇ。えーと、灯火ヒカルさんだったかしら?」
彼女の母親が、ほわほわした笑顔でキトンの部屋に案内してくれる。
当のキトンは母親の背中に引っつき虫みたいに引っつきながら、真っ青な顔をしている。
「こちらこそ、夜分遅くにすみません」
「うれしいわぁ。キトンちゃんがお友達をお家に呼んでくれるなんて初めてなんですもの。今夜はパジャマパーティーね」
彼女の母親が退散し、ヒカルはキトンとともに部屋に入る。
キトンらしいと言うべきか、少女っぽさが一ミリもない、ラノベと漫画だらけの部屋だ。
中でも目につくのが、
「うわ、アンタ本当に『祀って』るのね」
キトンの自室に『猫又ブンの祭壇』があるのは知っていたが、神棚の中央に『悪魔祓師物語』(著・猫又ブン、イラスト・重ラヰト)が神様よろしく飾られているのを見て、ヒカルはさすがに苦笑してしまった。
「それで、どうしたの? 急に呼び出したりして――ぐえっ」
いきなり、背中にタックルされた。
「ぶ、ブン先輩がぁっ」
号泣しはじめるキトン。
語録を使う余裕すらないらしい。
ヒカルは辛抱強く、主に筆談によって事情を聞き出した。
「なるほど。まずは、大賞受賞おめでとうね。本当に素晴らしいことよ。ブンちゃんも二巻、三巻と続けられていたら、アナタのことを心から祝福できただろうと思う。けれど現実は、あの子の『悪魔祓師物語』は重版に至らず、事実上打ち切りになってしまったの」
キトンが愕然とした表情を浮かべている。
「ラノベ業界って、そうなのよ。大賞ならともかく、金賞・銀賞・奨励賞なんかだと一巻打ち切りなんてザラにある、本当に本当に厳しい世界なの。それでも、弟子の受賞を笑顔で喜んでやるのが師匠の、先輩の務めだとは思うけど……ごめんなさいね、あの子、諦観しているように見えて、実際には全然余裕ないの。大人びているように見せかけてるけど、中身は中学のころのまんまなのよ」
許してあげて、とヒカルは言った。
その言葉はブンのためのものか、それとも。
ヒカルはポーチからクロッキー帳とシャーペンを取り出し、サラサラと描きはじめる。
『悪魔祓師物語』のヒロイン・リリスのイラストだ。
「……これ⁉」
キトンが目を真ん丸にしている。
それはそうだろう、とヒカルは思う。
描かれたのが、『悪魔祓師物語』のカバーイラストと瓜二つのリリスだからだ。
タッチは一致。
『幻想的』と評判の塗りが入れば、さらに一致することだろう。
「灯火ヒカル、ライトとライト。ダジャレなのよ」
ヒカルはぽつりぽつりと、昔話を始める。




