56『ブンの内心』(迫りくる敵)
「飼い猫に手を噛まれるとは、まさにこのことだ。どうしたんだい、キトン? まさかキミ、褒められると思っていたのかい? 金賞を受賞して、一巻で打ち切りの憂き目にあったこの僕が。大賞受賞作が二巻、三巻、コミカライズと順調に進んでいるのを見るたびに、どうして僕が大賞じゃなかったんだと呪詛するこの僕が。キミの大賞受賞を、素直に祝福すると、本気でそう思っていたのかい? 敬愛する『金賞作家』猫又ブン先生に褒めてもらえるって?
すごいね。
がんばったね。
偉いね。
……これで満足かい?
ええっ⁉」
ブンが――いつだって冷静沈着だったはずのブン先輩が、髪を振り乱しながら泣き叫んでいる。
(おかしい)
キトンは混乱する。
(私、ブン先輩に、自分が猫又ブン先生の大ファンだって口にしたことはなかったはず)
「はんっ」
ブンが笑った。
「キミが考えていることは、分かるよ。キミの『デビダン』を読んで、すぐに分かった。あぁ、この子は僕の大ファンだ、って。『デビダン』は僕の『悪魔祓師物語』を下地にしてる、って。そういえば、僕の本を買って絶賛してくれたFFの中に、同じタイトルの小説を投稿している子がいたな、って」
ブンが詰め寄ってくる。
キトンは後ずさりする。
「僕の苗字までパクっちゃってさ。娘気取りなのかい? キツい。寒気がする。だが本当にお寒いのはキミの痛々しい行為じゃなくて、これからの未来さ。
キミの『デビダン』は売れる。面白いから? 違う。『面白い、面白くない』と『売れる、売れない』が正比例するなんてのは、ワナビが抱くクソ寒い幻想さ。
キミの作品が売れるのは、大賞受賞作だからだよ。露出度が違うからだ。金賞以下に比べて宣伝広告費が桁違いだからだ。編集部の熱量が桁違いだからだ。宣伝のために専用のSNSアカウントが作られるだろう。プロモーションビデオも作ってもらえるだろう。帯には有名な作家がこぞって賛辞を贈りたがるだろう。発刊前からコミカライズの話が始まるだろう。いくつものチェーン店が特典SSの書き下ろしを依頼してくるだろう。いざ発売したら、全国の書店で専用の売り場が設けられるだろう。
対して、金賞以下なんて誰も見向きもしない。あーあ、最低だ。最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ! キミに分かるかい? Googleで『ライトノベル大賞 猫又』と検索したときに、真っ先に『しっぽ』と検索提案されるのを見ることになる、僕の気持ちが。遠からず『猫又ブン』という名前が提案されることすらなくなるのが、今から目に見えてしまっている僕の気持ちが!」
ブンがキトンの胸を小突いた。
キトンは足が震えて立っていられない。
「おめでとう、キトン。おめでとう、子猫ちゃん。キミは見事、親猫である僕の腹を食い破った。おめでとう、キミはもう立派な化け猫だ。おめでとう、猫又しっぽ!」
キトンは尻もちを着いた。
ブンがキトンの顔面目がけて足を振り上げた。
「出ていけ。ここは僕の敷地だ。僕だけの聖域だっ。僕の世界を壊す異物はっ、ここからっ、出ていけぇっ!」
怖かった。
ブンの、敵を見るような目が怖くて怖くて、キトンは転がるようにして山を下りた。




