53『選考結果とブンの正体』(Bストーリー)
その翌日、夏休み初日。
興奮未だ冷めやらぬキトンがベッドの上で呆然としていると、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
『株式会社KAWAKADO、ライトノベル部の上原と申すっス。猫又しっぽ様のお電話で間違いないっスか?』
キトンは、理解できなかった。
理解できないうちに、電話相手がそれを告げた。
『おめでとうございます。大賞っス。猫又しっぽ先生の「デビライズ・ダンジョンズ」が、第三十回ライトノベル大賞の大賞に選ばれたっス』
キトンは束の間、呼吸を忘れた。
大賞。
奨励賞、銀賞、金賞の、さらに上。
猫又ブン先生ですら金賞止まりだったというのに。
『今から会えるっスか? ちょうど関西に来てまして』
ブンに相談したかった。
できれば同席してほしい。
だが彼女は今日、模試があるのだ。
邪魔をするわけにはいかない。
「『変態だーっ!!』」
駅で落ち合うやいなや、キトンは叫んだ。
アイスホッケーマスク女がいたからだ。
「あっ、すみまっ……」
「あはは、いいっスよ。言われ慣れてるっスから。そこの喫茶店に入りましょっか。もちろん奢りっスよ。会社の金っスけど」
大人の貫禄というか、慣れた様子で先導する女――上原ハンナ。
(この人、やっぱり編集者だったんだ)
そして、これからはこの人が自分の担当編集になる。
「ときにしっぽ先生」
注文を終えるやいなや、ハンナが切り出した。
「先生がお好きなラノベ作家は誰っスか?」
「ねっ、猫又ブン」
「っスよね。読みはじめてすぐに気づきました。この人、ブン先生の大ファンだって。ぶっちゃけ『デビライズ・ダンジョンズ』の世界観って『悪魔祓師物語』の丸パクリですよね?」
「!」
「あぁ、大丈夫っス。ブン先生さえOK出してくれれば、その点は何の問題もないんスから。そして、OKは出るでしょう。私が出させます。なんたって私、猫又ブン先生の担当編集なんスから。そもそもその許可だって、形式的なものにすぎませんし」
「⁉」
ブンは立ち上がった。
(会いたい……猫又ブン先生に!)
「濃厚なバトルシーンに、心をえぐる内面描写、エグさとエモさを煮出して煮切って煮凝らせたような濃厚なアオハル。あの、いろいろと惜しいところの多かった『悪魔祓師物語』を見事、現代ダンジョンモノに落とし込んだと言いますか。さすがは――」
ハンナが言った。
「猫又ブン先生の弟子っスね」
「え?」
この人は今、なんと言った?
「わたっ、会ったこと……ない」
「何言ってんスか、毎日会ってるんじゃないんスか、学校で」
『僕のペンネームを当ててみたまえ!』
キトンも、薄々気づいてはいたのだ。
つまり、
「ブン先輩が……猫又ブン先生?」
「だから、そう言ってるじゃないっスか」
(うれしい)
キトンは、震えた。
比喩表現ではなく、本当に全身が震えた。
熱に浮かされたように、体がガタガタ震えて止まらなかった。
ブンが、猫又ブン先生だったのだ。
ブンこそが、敬愛してやまない大先生だったのだ。
自分は今まで、
世界で一番読んでもらいたい相手に自作を読んでもらい、
指導してもらい、
可愛がってもらっていたのだ!
(うれしい、うれしい、うれしいうれしいうれしいうれしい!)
「ちょっ、しっぽ先生、大丈夫っスか?」
熱は、なかなか収まらなかった。
数分ほどもかけて、キトンはようやく座ることができた。
「あれ? ブン先生、もしかしてしっぽ先生に伝えてなかったんスか? てっきりブン先生がご自身のことを明かしたうえで、『悪魔祓師物語』の世界観を共有する許可を与えていたものとばかり思っていたんスけど。……やば、私、やらかした?」
ハンナがスマホを取り出した。
キトンは慌てて、
「……も、模試」
「あー。そういやお母君が仰ってたっスね。『邪魔したら殺す』って」
「ヒエッ⁉」
少し落ち着いてきて、キトンはようやく疑問に感じた。
「……あのっ」
キトンはSNSの猫又ブンのアカウントを開き、ハンナに見せる。
猫又ブンは既婚男性のはずだ。
受験シーズンの娘までいる。
そのことがあったからこそ、キトンは最後の最後まで、自力ではブンの正体にたどり着けなかったのだから。
「あー……ここまで言っちゃったからもう白状しますけど、それはフェイクっス。既婚男性っぽいポストは全部、ブン先生のお母君が打ってるんスよ。靴とか腕時計みたいなアイテムは、元旦那様が残した物だそうで」
『僕は、世界に対して重大な嘘をついている』
「な、なぜ?」
「ほら、ブン先生ってめっちゃ美人じゃないっスか。過去にはストーカー被害に遭ったこともあるらしくて、お母君がすごく神経質……失礼、ご心配されてて」
それからしばらく、ハンナが一方的に話をした。
改稿スケジュールのこと、賞金のこと、印税のこと、開業届と確定申告のこと。
ふと、壁掛け時計が目に入った。
すでに模試は終わっているはずだ。
たまらず、キトンは店を飛び出した。




