↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/51

43『ブン・猫又・ビートシート』(Bストーリー)

 家に帰ったキトンはさっそくパソコンを立ち上げ、新規スプレッドシートに『BNBS.xlsx』と名付けた。

 九十個の箱を用意し、それぞれの箱の中にビートを割り当てていく。

 第一幕はすでに完成している。

 第二幕前半は『お楽しみ(Aストーリー)』と『Bストーリー』になるのだが、


(これを、たったの四万文字で⁉)


 キトンは早々に頭を抱えた。


 自分は昨夜、第一幕のリライトを一晩で成し遂げた。

 ブンやヒカルは褒めてくれたが、第一幕は、はっきり言って簡単だった。


 ダンジョンシーカー(探索者)候補生として落第生の烙印を押された主人公・アスマ。

 独り暮らしをしている彼の自宅の真下に突如ダンジョンが発生し、アスマはダンジョン最下層まで落下してしまう。

 奇跡的に一命を取り留めるアスマだったが、いきなりダンジョンボスにしてソロモン七十二柱が一柱の悪魔大侯爵アンドラスに襲われる。


 逃げ惑うその先で、彼は美少女悪魔・リリスに出逢う。

 彼女を助け起こそうと触れた瞬間、図らずも彼の能力――今まで一度も発動に成功したことがなかった『吸収』の力が発動し、リリスの『シジル』を吸収してしまった。

 彼が手に入れた力は、地水火風の上級魔術。

 その力でアンドラスをいったんは跳ねのけるものの、あっという間に魔力が尽きて、彼はぶっ倒れる。


 面白半分で、口移しによる魔力供給を提案してくるリリス。

 気恥ずかしさと、悪魔リリスを信用できないことから彼女の提案を拒否するアスマ。

 だがアンドラスによって死の間際にまで追い詰められたアスマは、悩んだ末にリリスの唇を受け入れる。

 強大な力を手に入れたアスマはアンドラスを討伐し、ダンジョンマスターとなった。

 アスマはリリスとともに、ソロモン七十二柱のダンジョンすべてを制覇するために旅立つ。


 ……と、ここまでが第一幕だ。

 あらすじにして、五百文字ちょっと。

 いかにもアニメ第一話然とした内容だ。

 書くべきことが一から十まで決まっているので、迷う余地がない。


 キトンはこの展開を、百万文字のオリジナル『デビダン』時点から完成させていた(もっとも、ブンが指定する一万五千文字ではなく、実に五万文字もかけていたが)。

 それを書き上げた当時、キトンはこの展開を自らの脳みそから生み出したと信じていて、『自分は天才だ』と酔いしれていたものだった。


 だが、今にして思えば、分かる。

 この展開は、キトンが敬愛する猫又ブン先生の『悪魔祓師物語』の丸パクリだったのだ。

 問題を抱える主人公。

 突如強敵に襲われ、絶体絶命に。

 そんな主人公の前に、新世界への扉(圧倒的魔力を誇るヒロイン悪魔)が現れる。

 主人公は、その扉を開くかどうか迷う。

 主人公は意を決して扉を開き、新世界へ踏み出す。


 そう、そして、猫又ブン先生が書いたその第一幕もまた、まぎれもなく『SAVE THE CAT』BS2の丸パクリだったのだ!


 思い返してみれば、キトンが今まで読んだり観たりしてきたラノベ、漫画、アニメ、映画の冒頭はどれもこれも『同じ』だった。

 問題を抱える主人公の前に扉が現れる。

 逡巡の末、主人公はその扉を開き、新世界へと踏み出す。

 あらゆる物語に適応可能な普遍的な型。


(つまり構成だ、ビーツだ! BS2は本当に、魔法のようなツールだ。だけど……)


 無敵に思えるBS2だが、第二幕前半に入ると、とたんにふわっとなってしまう。

 一本道のダンジョンゲーをプレイしていたと思っていたのに、地上に出たとたんオープンワールドゲーが始まったみたいな。

 何をしてもいいがゆえに、何をすればいいのかが分からない。


 書きたいことは山ほどある。

 実に数十万文字分。

 だが、与えられた文字数はたったの四万文字。


 キトンは、つらい。

 涙が出てくるほどつらい。

 実際、泣けてきた。

 だって、街並みも、ダンジョン構造も、魔物の生態も、魔術体系も、会話も殺陣も立ち居振る舞いもすべて――根底に『悪魔祓師物語』があるとはいえ――キトンが巨大な愛と、二年半もの年月を消費して作り上げた大事な大事な世界観なのだ。

 キトンの青春、人生なのだ。

 それを『ノイズになるから』の一言で全部省略しなければならないのは、文字どおり断腸の思いだ。


(ブン先輩は鬼だ。上限は十五万文字なんだから、もっと書かせてくれたらいいのに。無理に九万文字に収めなくても)


 だが、キトンがここでブンの教えに背いたりしたら、ブンはきっと悲しむだろう。

 敬愛する師匠にそんな思いをさせるわけにはいかない。


(書きたいことについては、いったん忘れろ。今は、書くべきことだけを書け。AストーリーとBストーリーだ。AとBをローテしつつ、内容には必ず伏線や世界観説明を盛り込む。溢れた文字は、行間に押し込め。読者に行間を読ませるんだ。読者の頭の中で、四万文字を何十万文字分にも膨らませるんだ)


 キトンはうんうんうなりながら、書くべきエピソードを取捨選択した。

 ごはん中もうなり続けたものだから、母親に心配されたりもした。

 食後も部屋に籠もって、数時間。

 ようやく、四万文字に収めることに成功した。


(疲れた……)


 浴槽に沈みながら、キトンの思考は現実世界のBストーリー――つまり『ブンの正体』へと飛んだ。


(カクヨムで書いてる。バトルファンタジー作品。しかも設定資料付き。恐らくはプロ)


 かなりのヒントが集まっているように思える。

 だが、カクヨムのユーザーは一千万人以上とも言われているので、とてもじゃないが絞り込めるものではない。


(他にヒントは……あっ)


 人称について指導してもらったとき、ブンは、





―――――――――――――――――――

(この子、また変なこと考えてるな)とブンは思った。(この子はすぐ顔に出るから)

―――――――――――――――――――





 と書いた。

 セリフ「」や思考()と地の文を改行せずに続けて書くという、ラノベでは珍しい書き方だ。

 普通は、セリフや思考はそれ単体で書く。

 そのほうが紙面上に空白が生じて、ページの『圧』が減って読みやすいからだ(空白に金払ってんじゃねーぞ、という反論もなくはないが)。


 ブンの文体は、ラノベ業界から見れば、珍しい。

 珍しいが、文芸全体から見れば、むしろ一般的だ。

 夏目漱石も宮沢賢治も太宰治も、みんなそうだ。

 現代の一般文芸はセリフや思考をそれ単体で書く傾向が強いが、セリフ・思考と地の文を続けて書く作家も多い。

 そもそも文芸の巨匠・村上春樹が、セリフ・思考と地の文を続けて書く派だ。


 そして、ラノベ業界でもそのような文体を操る作家は一定数いる。

 真っ先に思い浮かぶのが、


「……猫又ブン先生」


 目を閉じれば、『悪魔祓師物語』の文庫本が目に浮かぶ。

 手をかざせば、重みすらも想像できる。

 何十回何百回と手に取り、読んで眺めて味わい尽くした一冊。

 大悪魔でもあるヒロイン・リリスが妖艶かつ泰然と微笑む美麗なカバーイラストは、幻想的な塗りが売りの人気イラストレーター・重ラヰト先生の手によるものだ。


 キトンは脳内で『悪魔祓師物語』のページをめくり、脳内読書を始める。

 何度も読んで暗記している先生の文体は、やはり「」・()と地の文を続けて書く派だ。


 やがて、ヒロイン・リリスが登場した。

 キトンは文体以外のことにも気づいた。


(似てる。リリスの泰然とした言い回し、古風な言葉遣い。すごく似てる、ブン先輩に)


 最近、SNSで『作家は経験したことしか書けない』という話がTL上を飛び交っていた。

 それはさすがに嘘だ、とキトンは思う。

 自分はダンジョン探索をしたこともなければ、美少女悪魔に唇を奪われた経験もないのだから。


(けど、主要キャラの口調が自分の言葉遣いに似ちゃうことは、あると思う。もしくは、執筆中の作品のキャラに引っ張られて、自分の口調や立ち居振る舞いがキャラに似てくることが)


 だとすれば、


(ブン先輩の正体は、敬愛する猫又ブン先生⁉)


 キトンは思わず立ち上がった。

 ざぶり、と浴槽に波が立つ。


(……いや、それはないな)


 キトンは、猫又ブンがブン先輩と同一人物ではないことを知っている。

 キトンは湯に浸かりなおす。


(でも、ブン先輩の文体のことに気づけたのは大きいかもしれない。バトルファンタジーのラノベを片っ端から読んでいけば、見つけられるから)


 そう思い、ジップロックしたスマホでカクヨムを開いたキトンだったが、十数万件のファンタジー作品がヒットして目を覆いたくなった。

 ファンタジーは異世界ファンタジー(ハイファン)と現代ファンタジー(ローファン)のみが公式タグとして存在しており、『バトルファンタジー』というタグはない。

 各作家が独自に付けるタグの中には『バトルファンタジー』という文言もあったが、ブンが自作に同タグを付けているとは限らないのだ。

 表記揺れの問題もある。


(明日のヒントには、『バトルファンタジー』タグを付けているかどうかを聞いてみようかな。いや、こちらからヒントの内容を指定するのはルール違反? ううっ、他にヒントになるようなことは……あっ)


 思い出した。


『ここ、私の土地なんだ。ちょうどその、今まさにキミが首を吊ろうとしている木を中心に、四方百メートルほどがね』


 忘れもしない、キトンがブン先輩と出逢った決定的瞬間。

 あのとき先輩は、続けてなんと言っていたか。


『お値段ざっと百万円。賞金を使いきって買った土地が事故物件になるのは、とても困るんだ』


(受賞作家なんだ!)


 ならば、どの賞に?

 真っ先に思い浮かぶのは、彼女が薦めてくれた『ライトノベル大賞』。

 キトンはWebで同賞の歴代受賞者を調べる。

 真っ先に目につくのはやはり、


(三年前の金賞受賞者・猫又ブン! 文体が一致している。『悪魔祓師物語』はバトルファンタジーだ。賞金百万円というのは、同賞の金賞賞金額と一致している。名前だって一緒だ。猫又ブン。夏目文子先輩は、自分のことを私やヒカル先輩に『ブン』と呼ばせている。しかも、先輩は独自の構成のことを『BNBS』と言っていた!)


『BS2』とはブレイク・スナイダー・ビートシートの略だ。

 ということは、BNBSとはブン・猫又・ビートシートの略なのでは⁉


 いやもちろん、ブン・夏目・ビートシートの略である可能性も十分にある。

 が、先に挙げた状況証拠の数々が、先輩・夏目ブン イコール プロ作家・猫又ブンだと叫んでいるのだ。


 だが、


(違う。だって猫又ブン先生は――――……男性だもの)


『来月の父の日が楽しみ。けれど今年は娘が大学受験でそれどころじゃなさそうなので、期待せず、娘の進捗をそっと見守ろうと思います。現役合格こそが最高のプレゼントだぞ、娘よ。(怒涛の顔文字連投)』


 キトンのスマホに、猫又ブン先生の最新のポストが掲載されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。