35『誰だお前は⁉』(お楽しみ)
翌日の放課後、部室棟三階にて。
「ブーン! ブンちゃん! クンカクンカスーハースーハー……あああ、効くぅ」
部室のドアを開くなり、キトンは脳破壊された。
自分とブンだけの聖域だと思っていた部室に、異物が混ざり込んでいたからだ。
しかも、
「こーら。ヒカル、あんまりベタベタしないの」
ブンが、まんざらでもなさそうだったからだ!
「あ、が、ぐご……『誰だお前は⁉』」
「『地獄からの使者、スパイダーマッ!』」
ブンが言った。
「東映版『スパイダーマン』のセリフだね。どうしたんだい、キトン? そんなところに突っ立ってないで、早く入っておいで」
「ふ、ふへ、ふへへへへ……」
涙をにじませながら、キトンはヒョコヒョコと部屋に入っていく。
「誰こいつ?」
ヒカルと呼ばれた女が、キトンに冷ややかな視線を向けた。
「弟子だよ」
「弟子って、アンタもしかして」
「その件は伏せているんだ」
(隠し事をされてる⁉)
「そんな泣きそうな顔をしないの」
ブンが優しく微笑む。
「ホント情緒不安定な子なんだから。僕のペンネームを当ててみてって言っただろう? ヒカルは知っているのさ。幼馴染だからね」
幼馴染。
その一言で、キトンは安定した。
(幼馴染なら仕方がない。私がのけ者にされてるってわけじゃないんだ)
「この子は灯火ヒカル。三年生で、軽文学部の部員だよ」
もう一人の部員とは、彼女のことだったのだ。
綺麗な人だった。
派手目のメイク、短いスカート、着崩した制服。
だが、ギャルかと言われればそうでもない。
「……量産型?」
「違う」
三年生ヒカルが、手指を彩るカラフルな絆創膏を見せつけてきた。
「元祖病み系地雷ファッションよ」
彼女はそのカラフルな手指で懐からプロっぽいシャーペンを取り出して、クルクルともてあそんだ。
「あーあ、秘密にしてるんだ。それじゃ、イラスト描けないじゃない」
「描いてもいいよ。ただし、ラフのみだ」
「あぁ、なるほど」
何やら二人だけの間で通じる会話があったあと、ヒカルがクロッキー帳にシャーペンでイラストを書きはじめた。
(めっっっっちゃくちゃ上手い!)
キトンは仰天する。
プロ顔負けの上手さだ。
それに、どこか見覚えがあるような……?
ブンたちの口ぶりからすると、ブンが出した(とキトンが想像する)本のイラストを担当しているのかもしれない。
(これはすごいヒントだ!)
イラストレーターが誰か分かれば、作家のほうもかなり絞り込めるからだ。
そう思って、ヒカルのイラストをむむむと眺めるが、分からない。
流麗な、つまり癖のないイラスト。
塗りが入れば分かるかもしれないが、
(なるほど、だからラフのみ。恐らく、ヒカル先輩は塗りが特徴的なイラストレーターなんだ)
これはいよいよ、『ブンがプロであり、ヒカルがブンの著作のイラストを担当した』という想像が当たりである可能性が高い。
「弟子ってことは」
ヒカルがグイグイやってきた。
「アンタ、いっぱしの物書きなの? つまらないモノなら承知しないわよ」
「『見なよ……オレの小説を……』」
「漫画『メダリスト』。けれどそりゃ誤用だね。『見なよ……オレのブンを……』なら正しいけど」
「ブンちゃんはアタシのなんだからね!」
がるるるっと威嚇してくるヒカル。
「幼稚園のころから、もうずっとそうなんだから」
(BSS(僕が先に好きだったのに)! で、でも私だって)
震えそうになるキトンだったが、ブンから学んだことを元に全面改稿した第一幕の原稿を差し出す。
「ふんっ、ブンちゃんとアタシの時間を奪っておいて、これでつまんなかったらただじゃおかない……」
ヒカルの、スマホをスワイプする手が止まらない。
無心で文字を追うヒカル。
ブンが『ふふん』と笑った。
十分後、
「そーゆーことね。完全に理解したわ」
ヒカルがスマホを返してくれた。
「確かにアンタ、ブンちゃん向きの弟子ね。ブンちゃんの顔に免じて、サービスしたげる」
ヒカルが、クロッキー帳にサラサラと描きはじめる。
少年一人と、角の映えた悪魔的美少女一人。
(これ、アスマとリリスだ!)
ヒカルがさらに、ラフ絵を量産していく。
キトンは夢のようだ。
自分が書いたキャラがイラストになる――それは、作家志望が抱く果てなき夢の一つだからだ。
もちろん、今の時代、生成AIに描かせるという方法もある。
が、
『それはなんか違う』
というのがキトンの考えだ。
壁打ちのためにAIを活用するのはいいかもしれないが、AIで生成した文章とイラストを本にして販売しても、果たしてそれが自分の作品だと言えるのか。
そもそも、自身のイラストを学習させるな、と拒絶しているイラストレーターが大多数を占める中、そういうグレーな仕組みで作ったイラストを挿絵にしたとして、それが倫理的に読者に受け入れてもらえるのか。
その点、人間の手によるイラストは素晴らしい。
これほどまでに上手なイラストレーターの手によるものなら、なおさらだ。
キトンは夢中になってヒカルのイラストを見つめていたが、
――パンッ
というブンの拍手音で我に返った。
「さぁ、締切までもう余裕がない。講義の続きをしようじゃないか」
ブンがBS2の紙切れを取り出した。
ブンが言うところの『この本の第二幕前半冒頭』に記載されている、いつ、何を書くべきかが記された珠玉のシートだ。
「繰り返しになるが、第一幕はアニメ第一話だ。そして続く第二幕前半こそが、ラノベで最も楽しいパート、『お楽しみ』だ。その作品の主題となる内容を思う存分書く。バトルファンタジーなら、主人公がバトルに次々と勝利して成り上がっていく展開。ラブコメなら、主人公とヒロインの甘酸っぱいイチャイチャ展開。主人公は順風満帆で、何もかもが上手くいく。もちろん、小さなトラブル・障害は都度発生するが、修行や機転、仲間の助けなどによって主人公は障害を乗り越え、ますますパワーアップしていく。
ミッドポイント直前に、物語は最高潮を迎える。主人公は有頂天だ。自分は最強だ、何もかもが上手くいく、そう考えている。けれど、楽しいことばかり書いていても、それはそれでダレてしまう。だから読者を飽きさせないために、同時並行でBストーリーを描くのさ。昨日やったとおりにね」
――こくこくこくっ
「だが、楽しい展開はずっとは続かない。楽しかった世界が暗転し牙を剥く、『ミッドポイント』の到来。ミッドポイントをさかいに、主人公は今まで上り詰めてきた栄光の坂を転げ落ちるがごとく、つらく苦しい展開に見舞われる。
仲間の裏切り、ますます強大化する敵、離れていく家族や仲間、それが第二幕後半最初のビーツ『迫りくる敵』。
そして、絶望的展開の行き着く先『すべてを失って』では、主人公が大切な存在を失くすのが定番だ。師匠を失ったルーク・スカイウォーカー、相棒グースを失ったマーヴェリック、盟友モーフィアスを囚えられてしまったネオ。
第二幕後半は、試練なんだ。旧世界から『扉』を経て新世界に入った主人公が、覚醒して真の世界に到達するための、ね。試練が苦しければ苦しいほど、主人公が苦境に陥れば陥るほど、彼は鍛えられ、その後の第三幕でより大きく羽ばたけるのさ。
第二幕前半で有頂天だった主人公は、自分がなぜこんな目に遭わなければいけないのか分からないまま、第二部後半を右往左往する。そうして『すべてを失って』初めて、主人公は第二幕前半で振るっていた自分の力が仮初めの力にすぎなかったことに気づくんだ。
内省し内省し内省し、深く自分を見つめなおした主人公はついに、覚醒する。『心の闇と夜明け』だ。覚醒した主人公のもとに、転機――『ターニングポイント・ツー』が訪れる。TP2そのものは、それほど大仰なものでなくてもいい。ネオにキスするトリニティとかね。ヒロインからのキス、死んでしまったと思っていた仲間からの電話、失くしたと思っていたキーアーテムがぽろっと出てきたり、事件解決の思わぬ証拠が見つかったり。覚醒し真の力を会得した主人公は、TP2の助けも借りつつ、自らの力で真世界の扉を開くんだ。
ようこそ! ここが第三幕、真の世界だよ」
「!」
目の前がキラキラと光り輝いている。
ブンの語り口といったら見事の一言で、キトンはまるで、自分がハリウッド映画の主人公であり、苦難の末に覚醒したかのような心地になる。
「鬱展開が終わったら、いよいよクライマックスだ。第三幕。
『チームを作る』で、まずは主人公が体制を整える。バトルファンタジーなら、ラスボスに挑むために仲間を集めてチームを作る展開だ。続いて『城を強襲』。主人公たちチームが敵の本拠地に攻め入るんだ。けれど、『高くそびえる塔』。敵はあまりにも強く、仲間たちが次々と倒れていき、主人公は『万策尽きて』しまう。再び絶望に包まれる主人公たち。
そこで、『土壇場のプランB』だ。その名のとおり、読者が『えー⁉』ってなるような驚きの伏線回収があると好ましい。物語冒頭から主人公が肌身離さず持っていたアイテムが、実はラスボス特攻キーアイテムの最後のピースだったとか。女主人公がコンプレックスに思っていたとある身体的特徴が、実は彼女のやんごとなき出自を示すものだったりだとか。まさに土壇場のプランB。どんでん返しだ。二度目の覚醒を果たした主人公は、ついにラスボスを打ち破る。
『ファイナルイメージ』は、つまりエピローグだね。第一幕冒頭の『オープニング』の裏返しになっていると美しい。オープニングが『海賊王におれはなる』なら、ファイナルイメージは『海賊王におれはなった』だね。もちろん、必ずしも主人公がお金や地位のような分かりやすい報酬を手にしなくてもいい。金銀財宝を求めてダンジョン探索に出た主人公が、財宝よりも大切な、仲間との絆を手に入れた、なんてのも王道だね。
バトルファンタジーばかりを例に話していたけれど、ラブコメとか他のジャンルでもやるべきことは同じだよ。特にミステリの場合は、『ターニングポイント・ツー』と『土壇場のプランB』にそれぞれ解決編が訪れる。TP2で探偵が最重要トリックを解き明かして事件を解決させる。けれどそれは真犯人の手の平の上で、事件が再発する。追い込まれた探偵だったが、プランBで最後の手掛かりを手に入れ、真犯人を追い詰める、という流れだね。
ラブコメだと、TP2で主人公とヒロインがいったんは結ばれるんだけど、トラブルが発生したり外敵が現れて二人が引き裂かれ、二人それぞれの奮闘の末に『プランB』が発生して二人が再会を果たし、二人で力を合わせてその問題を乗り越える、とか。トラブル・外敵の内容が物語のテーマに深く根づいたものだと、なおよいね。
かくして、九万文字の物語は終了する」
舞台役者のように、ブンが一礼した。
――パチパチパチッ
キトンは興奮していた。
まるで一本の映画を見終わったあとのような、圧倒的カタルシス。
(あれ?)
キトンは気づいた。
「……九万文字?」
キトンはブンから書籍『SAVE THE CATの法則』を借りて、授業中にこっそり読み進めている最中だ。
それによると、BS2は百十ページ分の脚本として構成されていたはずだ。
小説にするなら、脚本一ページ分が千文字。
つまり、十一万文字だ。
『ラノベ一冊十万文字』
と言われるので、この考え方は概ね正しい。
だがブンが言う数字とは二万文字分の乖離がある。
キトンは第一幕を一万五千文字で書くよう指示されていたから、疑問も持たずにそうした。
が、考えても見ると、十一万文字を四等分したら二万七千五百文字だ。
全然違う。
「そう、九万文字なんだよ。ここから先は、シュナイダー氏のBS2にさらに僕のアレンジを加えたもの、つまり『BNBS』の話さ」
ブンがノートパソコンでスプレッドシートを立ち上げる。
「通常のBS2は、こうだ」
――――――――
第一幕:25
第二幕前半:30
第二幕後半:30
第三幕:25
合計:110
――――――――
「だが、これは二つの理由から、却下だ」
「……二つ」
「一つ目は、『長い』ということ。数十年前のラノベ黎明期ならともかく、現代はどのジャンルも成熟しきっていてタイパ重視だ。言っただろう、『セットアップ(1~10)』は『◯◯よ、お前をパーティーから追放する』の一言で済ませることができる、と。(1~10)という表記のとおり、BS2ではこの十八文字で済ませられることに一万文字をかけている。現代の読者たちに、十一万文字は長すぎるんだ。だから、切り詰める。物語が物語として成立する、ギリギリにまで。それが九万文字なのさ。
二つ目は、こっちのほうがより切実な理由なんだが……文字数が多くなると、当然ながらページ数が増える。ページ数が増えれば増えるほど、販売価格が上昇してしまうんだ。キミは、金欠に苦しむ中学生・高校生たちが、一冊千円超えの文庫本を好きこのんで手にすると思うかい?」
「……!」
キトンは目からウロコだ。
(思わない。私だって、千円超えてたら手が止まっちゃう)
「千円を超えるかどうかのラインは、出版社によっても様々だしその作品ごとにも様々だ。改行の多少でもページ数は変わるし、イラスト量やカラーページ数によっても価格は変わる。だが、文字数が増えれば増えるほど、千円のラインを超える可能性が高くなるのは間違いない。だから僕らラノベ書きは、内容は充実させつつ、無駄な文字をできる限り削ぎ落とすべきなんだ」
――こくこくこくっ
「ちなみに小ネタだが、本はカラーを除いたイラストや目次、奥付なども含めて三十二の倍数になるように調整すると、ページ数を抑えることができる。A5サイズの本――つまり文庫は表裏十六ページ分ずつ印字した状態で印刷し、それを裁断するからね。ほら、文庫の末尾に宣伝のページがある本とない本があるだろう? あれは、三十二の倍数から余りが出た際に、余ったページを埋めるために宣伝を入れているからなんだよ」
(この人やっぱりプロだ! 間違いない)
「というわけで、全体をまんべんなく削ったバージョンのBS2が、『20+25+25+20=90』だ。長さは完ぺきだが、第一幕と第二幕後半が冗長過ぎる。第一幕はアニメ第一話。第一幕の全要素を詰め込みつつ短く終わらせたいから、マイナス5して15にする。さすがに一万文字であれだけの要素を消化するのは不可能だから、涙を呑んでの一万五千文字だ。僕が『第一幕は一万五千文字で書け』と言った理由が分かったろう?」
――こくこくこくっ
「そして、いわゆる『鬱展開』である第二幕後半は、現代の若者のことを考えるなら可能な限り圧縮すべきだ。Web小説界隈でも、『鬱展開になったとたん、PV数が激減』なんて話をよく聞くしね。とかく現代っ子はこらえが効かず、ストレスに弱いものなのさ」
自身も現代っ子のくせに、まるで老齢のようなことを言うブン。
その口調が滑稽なほど様になっていて、キトンはおかしいやら可愛いやら。
「改良版がこちら。『15+30+20+25』だ。だいぶよくなったが、まだ第二幕後半が長いね。アニメ一クール十二話中、鬱展開が丸々二話も続いたら『くどい』と感じるだろう?」
――こくこくこくっ
「だから僕は、考えた。最良の比重は何なのか。第二幕後半はギリッギリにまで絞って10にする。ありえないほどの絞り方だから、TP2は起点だけを第二幕後半に入れ、内容を第三幕に押し出す形とする。第三幕の25も、正直言ってギリギリ。だが、クライマックスからラストまで勢いがあればあるほど、読者はカタルシスを得られるからね。そして『尺が短い』というのは必然的に勢いがつく。必要なエピソード、必要な描写だけを必要最低限に。その分、作者が猛烈に頭を悩ませることになるが、産みの苦しみと諦めて、せいぜい苦しんでくれたまえ。
そうして浮いた10を、第二幕前半にぶち込むんだ。第二幕前半が中だるみしないかって? 大丈夫、Bストーリーがある。第二幕前半のBS2は、『Bストーリー(30)』、『お楽しみ(30~55)』、『ミッドポイント(55)』となっている。これは少し書き方が悪くて分かりづらいんだが、25でTP1が発生し、それが29まで続くという意味だ。そして30からBストーリーとお楽しみが始まる。これはつまり、お楽しみ――AストーリーとBストーリーをローテーションさせて書くという意味だ。
多くのアニメや漫画は、バトルパートと日常パート、ダンジョン探索パートとグルメパート、恋愛パートと日常パートのように二つのパートをローテーションしているだろう? 四万文字もあるのだから、AストーリーとBストーリーを二、三ローテくらい回してもいい。さながら一クールアニメの二話~八話のように、バトル回ありデート回あり温泉回あり、シリアス回ありギャグ回ありと賑やかにやるのさ。そうして読者にキャラへの愛着を持たせ、その勢いで九話~十話前半で鬱展開である第二幕後半を駆け抜けさせ、十話後半~十二話でラストバトルに勝利し、カタルシスを得させるんだ。
第二幕前半にボリュームを持たせた分、第二幕前半は他の幕の役割を肩代わりさせる。第一幕が足早に終わった分、第二幕前半冒頭では第一幕で語りきれなかったことをしっかり語る。そして、エピソードの端々に、たっぷりと伏線を忍ばせておくんだ。第二幕後半以降で、読者に『あれはそういうことだったのか』と膝を打たせるためにね。というわけで、これが、これこそが、BS2改良版、世界最強のラノベフレーム、BNBSだぁあああー!」
――――――――
第一幕:15
第二幕前半:40
第二幕後半:10
第三幕:25
合計:90
――――――――
「「うおおおおおっ!」」
拍手するキトンとヒカル。
「ふぅっ」
やりきった、とばかりに額の汗を拭うブン。
「これで講義は終わりだよ、キトン。僕はキミに伝えるべきことを、すべて伝え終わった。あとは実践あるのみだ」
キトンは勢いよく立ち上がった。
「おや、もう帰るのかい?」
――こくこくこくっ
『デビダン』をスプレッドシートでBNBSに当てはめたいと思ったのだ。
執筆だけならスマホと折りたたみキーボードでも事足りるが、スプレッドシートとなると、自宅の大モニタ・マウス・キーボードが恋しくなってくる。
「うん。存分に書いておいで。あ、そうだ」
ブンが妖しく微笑んだ。
「ヒントその二。僕がカクヨムに掲載している作品のジャンルは、バトルファンタジーだ」




