26『急にボールが来たので』(お楽しみ)
というボーナスタイムは、早くも放課後には終了していた。
いつもの空気に戻ってしまったキトンは、空気らしくひっそりと教室をあとにした。
向かった先は、
(部室棟)
キトンはこわごわ、年季の入った三階建ての別棟を見上げる。
帰宅部の自分がこんな所に入ってもいいのだろうか。
いやいや、軽文芸部に入部したんじゃないか。胸を張れ、自分。
(軽文芸――ライトノベル部、か)
厳密には、ライト文芸とライトノベルは異なる。
が、ブン先輩はラノベのつもりでその名前を付けたのだろう、とキトンは考える。
ここは県で一番の進学校で、イジメなんて聞いたことがない。
が、それでも、クラス内にはカーストみたいな暗黙知があって、その人の容姿や成績や興じる趣味や部活の内容によってその人を『格付け』しようとする空気がある。
『ライトノベル』と言うと、どうしてもサブカルっぽい臭いする。
一方、『ライト文芸』というと、不思議とサブカル臭がぐっと薄まるのだ。
キトンはラノベ書きだと自認しているし、そのことを恥じてもいない。
が、クラスメイトたちがどのように受け止めるのかは、また別問題だ。
ブン先輩も、きっとそう考えたのだろう。
(だってあの人、私と二人きりのときにしか『僕』呼びしてくれない)
確かに、あの歳にもなって僕っ娘女子というのは少々イタい。
キトンはそんな先輩も最っっ高に可愛いと思うが、他人がどう感じるのかはまた別問題だ。
「来たね、キトン」
「ひょああああっ⁉」
背後から話しかけられて、キトンは飛び上がった。
振り向くと、
「ひょああって何さ」
と苦笑いのブン。
「キミ、『私』よりずっと背が高いくらいなのに、どうしてそんなにもビクビクしているんだい? 背筋を伸ばして。二年半で五百五万文字というのは、誇るべき実績なんだから」
「ふへ、ふへへへ。ブンせんぱぁい」
キトンはもう、骨抜きだ。
自分でもチョロすぎると思うくらい、あっという間にブンに惚れ込み、溺れてしまった。
キトンにとって、同年代というのは冷たい存在だった。
冷笑したり、無視してくる存在。
けれどそれも当然の話で、キトンは昔から人と馴染むのが下手くそだった。
口を開けば超早口ヲタトークで、笑い方は『ふへへ』ときている。
おまけに無駄に背がデカくて、相手に威圧感や不快感を与えてしまう。
ブン先輩は、そんな自分を受け入れてくれて、こうして甘やかしてくれるのだ。
これで懐かないほうがどうかしている。
自分より頭半分背が低い、けれど圧倒的存在感を示す背中に、キトンはひょこひょことついて行く。
三階に上がると、細長い部屋がずらっと並ぶ不思議な空間に出た。
間仕切り壁と仮設ドアによって、十数個もの簡易な部屋が形成されているのだ。
「3ー13。ここだね」
ブンが一番奥の部屋のドアに鍵を差し込んだ。
ドアを開くと、中は予想どおり、七メートル×三メートルほどの細長い部屋になっていた。
普通の教室の、三分の一程度の広さしかない。
が、
「ここが『新世界』だ。キミと『僕』の新たなる城だよ。第二幕の舞台というわけさ」
ブンの言うとおり、キトンとブンが二人で使う分には十分すぎるほど大きな『城』だった。
「まぁ、実はもう一人いるんだけどね。部活は三人以上いないと設立できないから」
(ど、どんな人なんだろう? 怖い人じゃなければいいけど)
人見知りのキトンは、不安でいっぱいになる。
「安心おし、悪いヤツじゃないから。今日は来ないしね。……ふ、ふぇっ、へっくち」
ブン先輩が、そのカリスマっぽい言動に不釣り合いな可愛らしいクシャミをした。
「……ぐすっ。ここは少々寒いね。まだ五月だというのに、もう空調を効かせているらしい」
間仕切り壁の天井近くに隙間が空いている。
他の部屋で効かせているエアコンの風がここまで届いてきているのだろう。
キトンのほうは、別段寒いとは思わなかった。
先輩はきっと冷え性なのだろう、とキトンは思った。
そういえば、今日はあの白いカーディガンを着てきていないな。
「!」
先輩のために何かできないかとオロオロしていたキトンは、思いついた。
大急ぎで自分のブレザーを脱いで、ブンに着せる。
「あははっ、ぶかぶかだ。けど、キミは寒くないのかい?」
――こくこくこくっ
「『そんな装備で大丈夫か?』」とブン。
「! 『大丈夫だ、問題ない』」とキトン。
「イーノック語録だね。僕も一回使ってみたかったんだよ」
「~~~~っ!」
先輩と語録合戦ができて、キトンはとても楽しい。
「さて、それじゃあお座り」
部室にあらかじめ用意されていたパイプ椅子に、ブンが座った。
折りたたみ机の上にノートパソコンを広げる。
キトンは先輩の正面に座るべきか悩んだ末、左隣に座った。
真正面から相手の目を見るのが死ぬほど苦手だからだ。
左隣を選んだのは、先輩が右利きであり、少しでも先輩のストレスになりたくなかったから。
「ふふっ。キトンって距離感が独特だよね」
「⁉」
「あぁ、あぁ、そんなに不安がらないで。嫌がっているってわけじゃないから」
早くも涙目になっていたキトンは、心の底から安心した。
「いやほら、いきなり自分の服を着せてきたり、隣に座ったりしてさ。なんというかその……」
――ずざざざっ
キトンは両手を上げ、部屋の隅にまで下がった。
(まさか、鬼百合さんみたいって思われた⁉)
「大丈夫、分かってるよ。キミは僕のことを純粋に師匠として、先輩として慕ってくれているんだろう? だけどまぁ、そういうふうに勘ぐる人もいるってことさ。例えば今日のお昼休みに『私』を追いかけてきた一年の女子なんかは、私の足とか胸とかをかなり露骨に見てきたしね」
(鬼百合さん、やってるなぁ)
「私のような痩せぎすの女を見て、何が楽しいんだか」
キトンは否定したかったが、鋼の意志で我慢した。
そういう視線・話題を先輩は望んでいない、と理解していたからだ。
「さて、もう始めよう。文字数は有限。『僕』とキミは、残り二万八千文字足らずでこの第二部前半を駆け抜けなければならないのだから」
ブンがまた、キトンとブンの日常を一冊のラノベとしてしたためているがごとき発言をする。
キトンはそれが、なんとも不思議で面白い。
(本として売るなら、ジャンルは学園モノ? 部活モノ? クリエイターモノ? 女主人公(私)×女バディ(ブン先輩)だから、強いて言うなら微百合になるのかな。先輩に対してそういうことを考えるのは失礼かもしれないけど)
先輩がたびたび言っている『主観と客観』の話だ。
自分が『こういう』つもりで書いた物語が、必ずしも読者に『そういう』意図では読まれるとは限らない、という話だ。
仮にキトンとブンの日常が一冊のラノベになった場合、表紙を飾るイラストはキトンとブンのツーショットになる。
その本をネットや本屋で目にした読者の約半分は、
『この女二人が何かするんだな。日常系かな? スポーツモノ? 音楽とか?』
と思う。
もう半数は、
『百合だな』
と思うだろう。
さらには、きらら漫画のような『女の子たちがワチャワチャする微百合』か、『恋愛要素ありのガチ百合』つまりガールズラブコメディか、と考えるだろう。
(まぁ、『クリエイターモノに軸足を置いた微百合』くらいの感じかなぁ)
「昨日一日をかけて、僕はキミに第一幕のなんたるかをすべて伝授した。キミはもう、極上の第一幕を書くための準備ができている。だが、実際に書きはじめる前に、追加で学んでおくべきことがある。それが、『人称』だ」
「…………」
キトンは思わず、気持ちが顔に出てしまった。
「え、今さら? って顔をしているね」
首を振ろうかとも思ったが、やめた。
ブンの言葉を否定したからといって、それで彼女が不機嫌になったりはしないと、すでに教えてもらっていたからだ。
「けれど、ものすごく奥が深い話なんだよ。いざ九万文字を書き上げてから直すのは骨だから、今のうちにしっかりと体に覚え込ませておきたまえ」
――こくこくこくっ
「さてキトン、人称には何がある?」
キトンは必死に考える。
「い、一人称……と、三人称?」
他にあったか、いや、なかったはずだ。
「だけじゃないんだよ」
「⁉」
「あぁ、あぁ、涙目になるのはおよし。不正解を引いたからといって、それで僕がキミを見限るようなことはしないから」
キトンは涙を引っ込めた。
「三つ目の人称、『三人称一元視点』というものがあるんだ」
「……?」
「例えばこの部屋が小説のワンシーンだとしよう。一人称で描写してごらん」
いきなりの演習問題。
だが、執筆はお手の物だった。
キトンは学生カバンから折りたたみキーボードを取り出し、スマホに接続する。
―――――――――――――――――――
放課後。部室棟の片隅で、私はブン先輩と語り合っている。先輩の声は耳心地がよく、先輩が語る創作論はとても分かりやすい。ずっと聞いていたいな、と私は思った。
―――――――――――――――――――
「う、うん。よく書けているよ。多少重めの感情が混じっているような気がしないでもないが……。では、この文章を三人称化してみたまえ」
―――――――――――――――――――
放課後。部室棟の片隅で、キトンとブンが語り合っている。ブンの声はキトンにとって耳心地がよく、ブンが語る創作論はとても分かりやすい。
(ずっと聞いていたいな)とキトンは思った。
―――――――――――――――――――
「そうだね。三人称では、登場人物の思考は丸括弧で囲む。じゃあここに、一文書き加えてみよう」
ブンが身を寄せてきた。
ふわりと上品なシャンプーの香りが届いてきて、キトンはびっくりする。
それには気づかない様子で、ブンがキトンのキーボードに打鍵する。
―――――――――――――――――――
放課後。部室棟の片隅で、キトンとブンが語り合っている。ブンの声はキトンにとって耳心地がよく、ブンが語る創作論はとても分かりやすい。
(ずっと聞いていたいな)とキトンは思った。
(この子、また変なこと考えてるな)とブンは思った。(この子はすぐ顔に出るから)
―――――――――――――――――――
「どう?」
「⁉」
キトンは強烈な違和感・異物感を覚えた。
「『急にボールが来たので』」
「柳沢敦選手の迷言。そうだね、すごく急な感じがするよね」
(なんでだろう? キトンが主体の描写の中に、いきなりブンの思考が混ざり込んできたような感じがしたんだ)
「それはね、人が本能的に、登場人物に感情移入する生き物だからだよ」
「……感情移入」
「キミはこの文章を読んだとき、無意識のうちにキトンに感情移入していた。つまり、キトン視点で物事を観ていたんだ」
言われて初めて自覚した。
確かに自分は、この文章を読んでいる間、キトンの体内に入り込み、キトンの目をとおしてブンを見つめていた。
なのにいきなり、脳内にブンの思考が鳴り響いたのだ。
困惑するのも当然のことだった。
「けれど、三人称というのは本来そういうものだ。三人称は神の視点だからね。神は登場人物たちよりも一段上の次元に陣取っていて、登場人物全員の行動やセリフ、思考を自由自在にのぞき込むことができるんだ。神の視点は世界中を瞬時に巡る。極端な話、次の行で舞台がブラジルや月面や異世界に飛ぶことすら可能。その次の行で、いきなり昨日や百年前や紀元前に飛ぶことも可能。さらに次の行で、現在のこの部屋に戻ってくることだって可能なんだ。それが三人称なのさ」
(そんなの、ついて行けない)
「と思うだろう?」
またしてもキトンの思考を読んだらしいブンが、ニヤリと笑った。
「けれどキトン、キミは日常的に、三人称に触れているんだぜ」
(だぜ口調可愛い最高! って、日常的に? 本当に?)
ブンがカバンから少年ジャンプを取り出した。
適当なページを開くと、
「ほら。このシーン、このコマで、この女の子キャラが考えている内容が雲吹き出しの中に書かれているよね。で、次のコマではこっちの男の子キャラの思考が雲吹き出しで書かれている」
(本当だ! なのに全然、違和感がない。なんで⁉)
「キミと僕で書いた文章と、条件は同じはずなのにね。なぜかというと、漫画には絵があるからなんだ」
「絵」
「絵は、想像以上のパワーで人の心をつかむ。一瞬で感情移入させてしまうんだ。だから、隣り合ったコマで別のキャラの思考が書かれていても違和感がない。小説なら無理でも、漫画なら次のコマでブラジルや月面に行くことも可能だったりする。まぁブラジルは例が大げさすぎるにしても、次のコマで舞台が校舎棟や体育館に移っても、読者は余裕でついて来られるだろう。けれど小説でそれをやると、読者はまず間違いなく混乱する。
絵と文章では、読者の心をつかむパワーが段違いなんだね。理不尽な話だが、こればっかりは小説の弱点だと認めて受け入れ、対策するしかない」
キトンは足場が崩れていくような、なんとも不安な気持ちになった。
今まで五百五万文字も書いてきた。
文字は、文章は万能のツールだと信じていたのだ。
なのに。
「そんな泣きそうな顔をしなくても大丈夫だよ。解決法は、ある。それを今から授けてあげよう。この問題の解決法こそが、ずばり『三人称一元視点』なのさ」
ブンが再び打鍵しはじめた。
キトンのようにバチバチ叩くのとは違い、上品なタイピングだ。
キトンほど指運動が早くないのに、タイプミスがまったくないがゆえに、結果としてキトンより文章の完成が早い。
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放課後。部室棟の片隅で、キトンはブンと語り合っている。ブンの声は耳心地がよく、ブンが語る創作論はとても分かりやすい。
(ずっと聞いていたいな)とキトンは思った。
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「先ほどの文章からどこが変わったか、分かるかい?」
「……『が』が『は』に。『キトンにとって』トル」
「あはは。なんだか校正さんみたいな表現だ」
まるでプロの校正に文章を添削してもらったことがあるかのような物言い。
キトンはブンの正体について思いを馳せそうになるが、
(いやいや、今は目の前のことに集中っ)
「『は』は主体と既知を表す。一方、『が』は強調と未知を表す。キミの文章『キトンとブンが』は二人を『と』でつなげつつ、助詞には『が』を使っている。けれど通常、主人公は『私が読書する』とは言わず、『私は読書する』と言うよね。それは、『私』が主人公にとって主体――自分自身だからだ。この文章では、『キトン』が主人公だ。主人公にとって、主人公自身がそこに座っているのは当然のことであり、既知のことであり、特段強調すべきことではない。だから、『キトンは』とすべきなのさ。
一方、ブンを描写する際は『ブンが』とすべきだ。キトンから見てブンが他者であり、未知の存在だからだね。この場合の『未知』とは、『他人が十秒後、一分後にどんな行動に出るのかは、分からない』という意味だよ。だから、相手が家族だとか十年来の親友だとしても、基本的には『が』を使う。ただしこれはあくまで基本であって、文章の内容や流れによっては『キトンが』としたり『ブンは』としても問題ない。
さぁ、もう一つ違いがあったね。何かな?」
「……ブンの思考、トル」
「イエス。三人称とはいえ、これはキトン視点の三人称一元視点。ニュータイプでもあるまいし、キトンの耳にブンの思考が聴こえてくるはずがないから、ブンの思考部分はすべて削除すべきだ。
実は、これこそが三人称一元視点の弱点なんだ。三人称とはいえ実態は一人称と変わらないわけだから、文章中にキトンが知りえない情報を書くことができないんだ。でもそれはかえって読者の感情移入を加速させる原動力になるから、弱点であると同時に利点でもあるんだけどね。
というより、文章中に視点主が知らない情報が出てきたら、読者はびっくりするか冷めてしまう。感情移入が解けてしまうんだ。だから、文章中に散りばめる情報には、細心の注意を払うべきなのさ」
「『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』」
「仮面ライダーのコラ画像のやつだね。全部一人称で書けばいいんじゃないかって?」
――こくり
「三人称一元視点にはね、一人称の場合ににじみ出てしまいがちな『視点主の原液』を薄めるという重要な役割があるんだ。例えば道端の花を見たとき、心穏やかな少女だったら『綺麗な花』と描写するだろうし、心が荒んだ男性だったら『くだらない雑草』と描写するだろう。そういう心の機微が、一人称には出る。一人称とは、心の鏡だからね。でも、そんなのをいちいち描写していたら、疲れてしまうだろう?」
(何を馬鹿な)
キトンはフンスと鼻を鳴らした。
(その程度、なんてことない。むしろ、そういう細かな違いからキャラを造形するのが、作者の腕の見せどころじゃないか)
「読者が、ね」
「⁉」
「筆者じゃなくて、読者が疲れるのさ。特にキミの場合、視点主が変わると作品まで変わってしまったんじゃないかと思うほど劇的に文体が変わる。言葉遣いはもちろん、漢字の多少に至るまで。確かに『学のないキャラの一人称は漢字が少ない』というのは分からなくはないし、面白いアイデアだと思うよ。けど、さすがに過剰演出だし、正直言って読みにくい」
キトンはとてつもない衝撃を受けた。
キトンは今ようやく、読者の存在を痛烈に意識した。
「『ノイズになる』って言うんだけどね。物語に深く関係する設定や描写なら、あってもいいんだ。けれど物語の本質に寄与しないような小さな設定・描写・作者のこだわりは、読者にとっては『目ざわり』『耳ざわり』な『ノイズ』になってしまうのさ。
読者は単に、登場人物たちと一緒に笑ったり怒ったりしたいだけなんだ。なのに作者の細かいこだわり――ひどく低俗な言葉をあえて使うと、『作者の自慰行為』ばかりが目につくと、読者はイラっとしてしまうのさ」
(なんてこと……)
「この際だから言っておくと、設定資料集を百万文字も書いてしまうというのも、正直イタい。だって読者はキミの世界の魔術体系や、本作未登場の大悪魔数十体の特殊能力になんて興味ないからね。キミは累計二千万部超えの『スレイヤーズ!』シリーズの作者ではないのだから」
気がつけば、キトンは泣いていた。
ボロボロと涙をこぼしていた。
ブンの言葉に傷ついたのではなく、自分がいかに読者をないがしろにしていたのかということに今さらながらに気づいたからだ。
「あぁ、あぁ、ごめんごめん」
ブンが優しく抱きしめてくれた。
「僕は好きだよ。実は僕も自分の物語世界を持っていて、設定資料集を百万文字ほど書いてしまった経験の持ち主だからね」
「⁉」
キトンの涙が瞬時に止まった。
(読んでみたい!)
「駄目だよ。読んだら、僕の正体がバレてしまうじゃないか。キミが僕の正体を見破ったそのときに、読ませてあげよう」
(どういうこと?)
「うん。キミにちょっとしたクイズを出そうと思うんだ。もし正解したら、僕がなんでも一つ、言うことを聞いてあげよう」
「『ん? 今なんでもするって言ったよね?』」
「『で、でた~wwwww 淫夢語録の一番有名奴~wwwww』」
(先輩、けっこうノリいいよね。じゃなくてっ)
「いいよ。なんでもだ」
――ガタッ
「落ち着きなさい。ほら、座って。クイズの前に、人称の話を終わらせてしまおう。
とにかく、キミの『デビダン』は三人称一元視点向きだ、と僕は言っているのさ。キミの小説、わりとしょっちゅう視点が変わるだろう? 主人公アスマとヒロイン・リリスの間だけでも頻繁に変わるのに、他のキャラの視点まで入ってくる。
そんな顔しない。分かるよ、リリスはグランドシジルを主人公に奪われているとはいえ基本強キャラだから、『主人公TUEEE』を説明するためにギルドの受付嬢やFランク冒険者の視点を借りる必要があるのは。あと、敵悪魔の視点でアスマを描写することで、アスマの強さやカッコよさを際立たせたいという意図もね。だけど、受付嬢の人生観とかFラン冒険者の生活臭とか敵悪魔の過去とかは、さすがにノイズだよ。人となりをにじみ出させる必要があるのは、せいぜいアスマとリリスまでだね」
(情報の取捨選択)
「ちなみに言うと、キミの『デビダン』は人称がバラバラだ。基本的には主人公の一人称で書いているかと思いきや、いきなり三人称が混じったり、他キャラの一人称が混じったりしている。キミ、そのときどきの気分でコロコロと人称を変えているだろう? はっきり言って落第点だね」
(あああああ!)
キトンは頭を抱えた。
「改善の余地があるということさ。完成するまで付き合うから、安心おし」




