24『図書館の君』(お楽しみ)
翌日の昼休み、キトンがいつものようにクラスで空気に徹していると、にわかに教室がざわめきはじめた。
「あれってもしかして、三年の夏目先輩?」
「図書館の君だ」
「こっち来る!」
「やぁ、キトン」
クラスメイトたちの遠い声々の間から、急に聞き馴染んだ声がした。
キトンは顔を上げた。
視界がチカチカする。
目の前に、制服をパリッと着こなした美少女が立っていたからだ。
ブンだった。
クラスメイトたちの羨望の眼差しを涼しく受け流すブン先輩は、とてつもない完ぺき美少女だった。
三年生を示す緑色のタイが、先輩のミステリアスな雰囲気によく似合っている。
「これに名前を書いてくれるかい?」
前置きもなく、一枚の紙を手渡された。
相変わらずのハイテンポコミュニケーション。
「……入部届?」
「軽文芸部。どういう意味か、キミなら分かるだろう?」
そう言って、ウインクしてみせるブン。
「さ、早く」
言われるがまま、キトンは署名した。
「じゃ、放課後、部室棟で」
紙を奪い去り、颯爽と去っていくブン。
その後ろを、黄色い声の女子や鼻の下を伸ばした男子たちが追いかけていく。
(やっぱり人気あるんだ)
…………。
「山田さんって、図書館の君と知り合いなの⁉」
ブンの追っかけから戻ってきた女子・鬼百合りりむが、かじりつくような勢いでキトンに迫ってきた。
「⁉ え、ぅあ」
冷や汗。
「あの先輩、めちゃ美人でしょ。しかも成績優秀、スポーツ万能。狙ってる子、多いんだよ。夏目先輩が部員募集してるって聞いて立候補したんだけど、フラれちゃって。いいなぁ、山田さん。何が秘訣なの?」
(秘訣、と言われても)
自分は、運がよかったのだ。
自■しようとした場所が、たまたま先輩の土地だった。
だが、その経緯をまさか話すわけにもいかず、キトンは答えに窮した。
結果、口から飛び出してきたのは、
「『止めてくれ鬼百合さん、その術はオレに効く』」
「え?」
鬼百合が宇宙猫のような顔になった。
(やってしまった~~~~っ!)
サブカルを嗜まない人への語録の使用は、禁忌。
気持ち悪がられたり、距離を取られてしまいかねない。
キトンが、今からでも自室の縄を持って六甲山へ入ろうかと真剣に悩んでいると、
「あーそれ知ってる。Vジャンでやってる『BORUTO』の前の漫画だろ」
思わぬところから助け舟が現れた。
ヲタに理解がある系の陽キャ・日向太陽だ。
「確か、ラーメン?」
(ではなく、『NARUTO』)
キトンは心の中で訂正した。
口に出すだけの勇気はない。
「え、なんでいきなり漫画のセリフ?」
「語録って言うんだぜ。知らないのか、りりむ? 『イキスギィ! イクイク! ンアッー! 枕がデカすぎます!』」
(んぶふぅっ。ブルアカのアリス淫夢語録!)
「え、何、キモ」
「さいてー。これだから男子は」
鬼百合を始めとする女子たちが、日向を糾弾する。
だが日向はクラスカースト最上位のエリート陽キャなので、ノーダメ。
軽いプロレスのようなものだ。
だが、キトンだとそうはいかない。
(わ、笑いこらえててよかったー! やじゅセンが女子高生の間で流行ってるっていうのは、幻想だったのか)
「軽文芸ってことは」
と日向。
「あの美人先輩は、ライト文芸とかライトノベルとか新文芸とか漫画とかアニメが好きなヤツを探してたんじゃねーの? 山田ってわりとそっち系だろ」
キトンとしてはヲタクであることを隠しているつもりだったのだが、モロバレだったようだ。
「え~、私もワンピースとかコナンとかめっちゃ読むのに~」
「それ、ヲタク相手にはぜってー言わねぇほうがいいぞ。あおりにしか聴こえない」
(ほんそれ)
その後もキトンはクラスメイトたちから話しかけられ、無難な語録でしのいだ。
日向が最初に導線を引いてくれたおかげで、キトンは『意味不明なキモいヤツ』ではなく『意味不明だけどなんか面白いヤツ』として認定された。
クラスの人気者になれたような気がして、キトンは舞い上がった。




