第七十九話 「不在の証明は、執着の解像度を最大化する」という話
エドワード君、さすがに反省しようよ
クレストフィールド学院、男子寮。
新学期のざわめきの中を、
エドワード・ハミルトンが、音もなく歩いていた。
廊下の会話が、自然と途切れる。
誰も声をかけない。
――正確には、かけられない。
その背後を、ジョージが少しだけ距離を取ってついていく。
いつもより、二メートルほど。
「……いやー」
小声で。
「この距離感、初めてかもしれないね」
軽く笑う。
「なんかこう、“今触ると爆発する装置”みたいな雰囲気あるし」
返事はない。
自室のドアが閉まる。
音が消える。
エドワードは窓際に立った。
視線は北。
拓海が連れて行かれた方向。
「……ジョージ」
「……報告しろ」
「はいはい、いつものやつですね」
軽く肩をすくめる。
「詩織様から学校へは、“精神的疲労による家庭内療養”ってことで正式に届出済み」
「あと、学長はハミルトンより外交ルートを優先したみたいだね」
「“教育環境への懸念”ってやつ。効いたなぁ、あれ」
少し楽しそうに言う。
「……精神的疲労」
エドワードが繰り返す。
「……私の存在が、……彼にとっての“疲労”と定義されたわけか」
その声は、いつもよりわずかに揺れていた。
「まあ、あの状況ならねぇ」
ジョージはあっさり言う。
「“疲労”どころか“災害”扱いでもおかしくないと思うけど」
「……」
返答はない。
「……拓海を連れ戻すための法的手段をリストアップしろ」
一拍。
「……いや」
止まる。
「……待て」
タブレットが開かれる。
「……彼が言った」
「……“お前の声は1ミリも入ってこない”」
ジョージは少しだけ眉を上げる。
「それはまあ、結構きついね」
軽く言うが、視線は外さない。
「……今、私が接触すれば」
「修復ではなく……完全なデリートを招く」
断定。
「……それは、非合理だ」
画面。
そこに映るのは、拓海。
泥だらけの姿。
笑っていた時間。
そして――
昨夜の、完全な拒絶。
「詩織殿は、私のロジックを“毒”と呼んだ」
「拓海は、私の言葉を拒絶した」
沈黙。
長い。
ジョージは、壁にもたれながら、ぽつりと呟く。
「いやー」
「これは詰んだかもね、ハミルトン」
軽い。
しかし、外してはいない。
「……ジョージ」
「……私は、どうすればいい?」
初めての問い。
ジョージは少しだけ考える。
「うーん」
一拍。
「とりあえず今は、“何もしない”が最適解じゃない?」
「下手に動くと、完全に“バグ扱いで削除”されるフェーズだし」
肩をすくめる。
「珍しく“待ち”のターンだよ」
エドワードは動かない。
「……彼がいない寮の気圧は、……私の生存に適していない」
「それは仕様外だね」
さらっと返す。
「環境変数、だいぶ変わったし」
エドワードは、ゆっくりと椅子に沈む。
十五歳の“姫”。
初めて、“解けない問題”に直面していた。
一方。
スコットランドは静かだった。
「拓ちゃん、これも食べる?」
「いや多いって」
「遠慮しなくていいのよ」
「遠慮してる」
スコーンが増える。
紅茶が増える。
平和である。
一口。
静か。
二口。
静かすぎる。
三口。
「……」
ふと。
違和感。
(……なんか、静かすぎないか……?)
すぐに消える。
まだ、名前はつかない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
場面は戻る。
「……ジョージ」
「はい?」
「……彼がいない理由を、……説明しろ」
「いやもう説明したでしょ」
「精神的疲労ってやつ」
軽く笑う。
「分かりやすく言うと、“ハミルトン成分の過剰摂取による副作用”かな」
「……」
「まあ安心していいよ」
一拍。
「完全に切られたわけじゃない」
少しだけ真面目に言う。
「距離を置かれてるだけ」
「……」
「だからさ」
肩をすくめる。
「次に会う時、どうするかだね」
沈黙。
エドワードは目を閉じる。
そして開く。
「……拓海」
小さく。
「……お前がいない世界は、合理的ではない」
一拍。
「……修正する」
静かに。
決定する。
ジョージの記録(軽量版):
【サエキ事変・一時撤退編】
・ハミルトン様:珍しく待機モード
・サエキ様:糖分による一時バフ状態
結論:
今は静か。
でも絶対そのうちまた爆発する。
(追記)
ハミルトン、さっきから同じデータ3回見直してる。
たぶん重症。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




