第七十八話 「正当な訪問は、拒絶の壁を透過する」という話
絶対こうなるよねぇ
スコットランド郊外。
詩織が夫と暮らす瀟洒な別荘。
「……はぁ」
拓海はソファに沈み込み、天井を見上げた。
「静かだ……」
耳元で「合理的」とか「資産」とか言われない。
誰かが勝手に距離を0.3メートルに詰めてこない。
「……静かって、こんなに平和だったんだな……」
「そうでしょう、拓ちゃん」
詩織が紅茶を置く。
「顔はいいけど、あのハミルトンとかいう子、考え方が極端すぎるのよ」
スコーンが山盛りである。
「学校にも話をつけておいたわ。当分はここから通えるようにしてあげたから」
「すっげぇ助かるよ……」
心からの声。
「さあ、食べて。あんなトゲトゲした生活、全部忘れちゃいなさい」
一口。
「うまっ……」
二口。
「人間の味がする……」
三口。
「あーー、、生き返る……染みわたる…」
その時。
ピンポーン。
正確。
無駄のないリズム。
「……まさか」
嫌な予感しかしない。
詩織がドアを開ける。
今一番避けたい顔がそこにいた。
完璧なスーツ。
無駄のない姿勢。
そして――手土産。
「……ご機嫌よう、詩織殿」
エドワード・ハミルトン。
「突然の訪問を失礼する。寮の公式な外出届と、保護者の署名入りの訪問許可証を持参した」
一枚。
「学則上、何ら問題のない“正当な友人訪問”だ」
「なんでだよ!!」
奥から叫ぶ。
「なんでここ分かった!!」
「ジョージの追跡精度を疑うのか?」
疑う。
「……詩織殿」
一歩、静かに。
「外は冷える。正当な手続きを踏んだ客人を門前払いにするのは、淑女として合理的ではない」
ぐぬぬ。
詩織、詰む。
「……入りなさい」
仕方なく通した。
一貫の終わりである。
「言っておくけど」
詩織、腕を組む。
「拓ちゃんを連れて帰るなんて言っても無駄よ」
「誤解だ」
即答。
「本日は“健康管理データの更新”と、“失われた同期時間の補填”が目的だ」
「いいから帰れ」
エドワード、無視。
当然のように座る。
位置、0.3メートル。
「おい来るな」
タブレット起動。
「拓海、スコーンを三個摂取したな」
止まる。
「糖分過多だ。明日のランニングメニューを30%増量する」
「いいからやめろ」
「詩織殿」
エド、視線を移す。
「彼の管理は私の責任だ」
「貴女の“過剰な甘やかし”は、長期的な資産価値を損なう恐れがある」
「は?何ですって?」
空気、再燃。
「私が弟に美味しいもの食べさせて何が悪いのよ!」
「可愛げのないこと言わないで頂戴。まだ15歳の子供でしょう?」
「可愛げは非生産的だ」
即答。
「必要なのは最適化」
バチッ。
見えない火花。
その中心。
「……場所変わっただけじゃねぇか……」
拓海、スコーンを咥えたまま呟く。
「……何も変わってねぇじゃん……」
ジョージの記録:
【サエキ事変・別荘訪問編】
ハミルトン様、武力行使を封印。
代替手段として「正当な手続き」「手土産」「常識的言動」を採用。
結果:侵入成功。
詩織様の「姉の愛情」に対し、
ハミルトン様は「管理栄養」で対抗中。
収束見込み:なし。
なお。
ハミルトン様、現在不動産サイトを閲覧中。
目的:別荘隣接物件の確保。
「拓海」
エド、ちらりと視線を向ける。
「……ここも、観測範囲内だ」
「お前らいいから帰れ!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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