第七十七話 「血縁の特権は、国家権力と接続した瞬間に現実を歪める」という話
おかしい・・・詩織おねえちゃんはもっとこう、ふんわりした優しいお姉ちゃんだったはず・・・
校門前。
乾いた秋の風が吹き抜ける中、場違いな“引きずり音”だけがやけに生々しく響いていた。
「いい、拓ちゃん」
詩織は拓海の腕をがっしりと掴み、そのまま迷いなく車のドアを開ける。
「こんな怪しい“自称・婚約者”がいる環境なんて教育に悪いわ!」
「怪しくない!!」
「怪しいのよ!!」
即断だった。
「今日からスコットランドの別荘で暮らしなさい。学校には“家庭の事情”で休むって連絡しておくから」
「待て姉貴!! 無理だって、寮の規則が――」
「規則?」
詩織は一瞬だけ振り返る。
「“外交官の家族”に対して、そんなものが優先されると思う?」
「……いやちょっと待て、その言い方はまずい」
「大丈夫よ、合法の範囲でやるから」
「範囲が広い!!」
引く。
とにかく引く。
185センチの男が、小柄な姉に物理で引きずられていく。
「ちょ、待てって!! マジで無理だから!!」
「安心しなさい。必要なら現地の警察にも話は通すわ」
「話を通すな!!」
半分、車内。
半分、地上。
その状態で声が落ちた。
「……待ちなさい」
低い。
静か。
そして、よく通る。
「その個体の移動は許可していない」
来た。
エドワード・ハミルトン。
校門の前に、当然のように立っている。
理由は分からない。
だが、いる。
「それは、ハミルトン資産の不当な持ち出しに該当する」
「持ち出しですって?」
詩織の手に、さらに力が入る。
「この子は私の弟よ」
一歩、前に出る。
「あなたみたいな“予約がどうとか言う危険人物”に、
所有権を主張される筋合いはないわ」
「姉貴、言い方強いって――」
「詩織殿」
被せる。
「貴方は重大な誤認をしている」
エドワードが一歩、踏み出す。
「タクミを未だに“庇護対象”として扱っているようだが」
視線が、正確に詩織を射抜く。
「彼は既に、私の管理下にある独立資産だ」
沈黙。
「……今すぐその手を離しなさい」
一拍。
「さもなくば、実力行使に移行する」
完全にアウト。
「返せとは何事よ」
詩織、即応。
「この子は最初から“家族”よ」
さらに一歩、踏み込む。
「それと――」
一瞬、声の温度が下がる。
「私の夫は外交官なの」
静かに。
「こちらが“問題あり”と判断すれば、英国側に正式な照会をかけることもできるわ」
空気が変わる。
「未成年に対する過度な接触、監視、心理的拘束」
淡々と並べる。
「どれを取っても、“説明が必要な案件”になると思うけど?」
一拍。
「……ほう」
エドワードの瞳が、わずかに細まる。
「国家権力を持ち出すか」
「ええ、必要なら」
「ならばこちらも対抗するまでだ」
温度が落ちる。
「ハミルトンの法務・資本・外交ラインを動員すれば」
「貴方の“安全圏”など、数分で再定義できるが?」
完全にアウト(二回目)。
火花。
見えないはずのそれが、確かに散った。
その中心。
「……ジョージ」
半分車に詰め込まれた状態で、拓海が呟く。
「……俺をこのまま宇宙に射出できないか」
「ロマンはありますね」
ジョージはサンルーフから顔を出しながら、楽しそうに答えた。
「ただ、今は記録の方が優先です」
スマホを構える。
「いやー、これすごいですよサエキ」
カシャカシャ。
「“外交ルート vs 財閥フルスペック”って、普通生で見れませんからね」
「見たくねぇよ!!」
「タイトルつけましょうか?」
一拍。
「“姉、国家を呼ぶ”」
「やめろ!!」
【観測メモ(簡易版)】
・サエキ:半強制収容状態
・詩織様:外交ライン接続済み
・ハミルトン様:資産防衛モード移行
→結論:収束見込みなし(笑)
「タクミ」
エドワードが一歩、近づく。
「離れるな」
「お前を繋ぎ止める手段は、既に複数用意してある」
「物騒なこと言うな!!」
「姉貴!! 出せ!! とりあえず出せ!!」
「ええ、そうね」
詩織は迷わない。
「距離を取るのが最優先よ」
エンジン始動。
急発進。
「待て」
追う。
全力で追う。
なぜかジョージも並走。
「ちょ、待ってくださいよハミルトン!」
笑いながら。
「僕も乗り遅れると困るんですけど!」
【追記】
ハミルトン様、人生初の「資産流出」を確認。
現在、走行しながら“スコットランド主要道路の封鎖コスト”を試算中。
なお。
サエキの姉・詩織様は、ハミルトン家を――
「非常に頭の良いストーカー」
と再定義。
結論:
全面戦争、開幕。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




