第七十五話 「制度は、執着を規制できない」という話
だんだん拓海君が不憫になってきたわw
放課後の指導室。
重厚なオーク材のデスクを挟み、学年主任ミラー教師が静かに二人を見据えていた。
その視線には、明確な「制止」の意志がある。
「ハミルトン卿。……単刀直入に言う」
「学内での『婚約宣言』は不適切だ」
「また、他の生徒を『資産』と呼称する行為も、本校の教育理念に反する」
「許容はできない」
「……っ!! ですよね!!」
拓海が、ようやく差し込んだ光に縋るように身を乗り出す。
「先生、もっと言ってやってくださいよ!!」
だが。
「理解不能だ」
エドワードは、迷いなく首を傾げた。
「これは法的拘束力を伴わない『事前合意(プレ契約)』に過ぎない」
「学則のどの条項が、個人の未来に対する投資計画の公表を禁じている?」
「……屁理屈を言うな」
ミラー教師の声がわずかに低くなる。
「倫理的に問題があると言っている」
「倫理は主観だ」
「私の主観において、拓海の価値を固定し、外部ノイズから保護することは最優先の善行だ」
沈黙。
ミラー教師は、ゆっくりとこめかみを押さえた。
「……佐伯」
「当事者のお前はどうなんだ。この『予約』とやらを容認しているのか?」
「嫌に決まってんだろ!!」
「全力で拒否だよ!! 毎日がホラーだよ!!」
「―照れだ」
即答だった。
「違ぇよ!!どこに照れ要素があるんだよ!!」
「先生」
エドワードは淡々と続ける。
「彼の心拍数と血流量の上昇を確認している」
「これは典型的な動揺、すなわち日本語で言う『ツンデレ』の初期症状だ」
「合理的判断だ」
窓の外。
聞き耳を立てていたラグビー部が、深く頷いた。
「……そうか、照れか……」
「サエキ、意外と可愛いな……」
「そこ!納得すんな!!」
再び、沈黙。
ミラー教師はしばらく考え、ゆっくりと口を開いた。
「……よろしい」
「ハミルトン卿」
「学内におけるあらゆる『契約行為』を、現時刻をもって禁止する」
「……!」
拓海の表情が、救われたように明るくなる。
「ただし」
一拍。
「双方の明確な同意が確認されるまでは、その契約は―未成立とする」
静寂。
エドワードの思考が、高速で回転する。
「……なるほど」
「つまり」
「同意がない現時点では契約は未成立」
一拍。
「ゆえに、私が提唱している『予約状態』は維持される」
「違う!!」
ミラー教師が即座に否定しかけ――
言葉が、止まる。
それを言語化した瞬間、
この生徒のロジックに取り込まれる。
本能が、そう告げていた。
「……以上だ」
ミラー教師は、それ以上を言わず、静かに珈琲に口をつけた。
「理解した」
エドワードは頷く。
「先生、柔軟な対応に感謝する」
「拓海。聞いたか」
「私たちは現在、学園公認の『未成立(予約中)』状態だ」
「合理的だ」
「公認にすんな!!」
「未成立は“無し”って意味だよ!!」
その少し離れた位置。
ジョージは、すでに記録体勢に入っていた。
(……確定)
ペンが走る。
【サエキ事変・教師介入編】
学園側、制度による規制を試みるも失敗。
ハミルトン様のロジックにより、
「契約未成立=予約状態の維持」という新たな解釈が成立。
外部規範(教師・制度)は、
もはやハミルトン様の執着を制御する機能を喪失。
追記。
現在、学園名簿の備考欄に『(予約済)』の記載を追加する試みを確認。
(……世界が、書き換わり始めています)
「タクミ」
「……何だよ……」
「次は、予約特典の選定に入る」
「いややめろ!!返品させろ!!」
「返品は不可能だ」
一拍。
「本契約は、不可逆だ」
「まだ成立してねぇだろが!!」
拓海の絶叫が、静かな指導室に響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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