幕間 「言葉の強度は、最大値に設定される」という話
運命の人「佐伯拓海」
新学期。
クレストフィールド学院は、
何事もなかったかのように日常へと回帰していた。
石造りの校舎。
整然とした時間割。
規律ある空気。
しかし―
エドワード・ハミルトンにとって、それは「再配置」の始まりだった。
自分のテリトリー。
その内部に、佐伯拓海という存在を改めて固定する。
そのための最適化は、すでに開始されている。
机の上に、一冊の本があった。
付箋が異常な密度で貼られた、やけに光沢のある表紙。
『恋する気持ちは100%伝わる! 超・現代語訳ラブストーリー入門』
昨年、拓海と共に目を通した日本語の書物。
当時は「ノイズ」として処理されたそれを、今、改めて検証対象として開く。
ページをめくる。
項目ごとに視線を走らせ、比較し、再定義する。
そして――
一箇所で、手が止まった。
「タクミ」
「……また来た」
「調べたぞ。言葉の『強度』をな」
エドワードが、本を机に叩きつける。
バァン、と音が響いた。
付箋が、微かに揺れる。
「……何をだよ」
「“例外”だ」
一拍。
「日本語では、こう言うのだろう?」
エドワードは、ゆっくりと姿勢を正した。
その所作だけで、周囲の空気がわずかに変わる。
近くにいた生徒たちが、思わず視線を向ける。
そして。
「――お前は、私にとっての『運命の人』だ」
「ぶっっっ!!!!」
拓海は、飲んでいた(味の薄い)紅茶を盛大に噴き出した。
「……は? おま、……今なんて?」
「“例外”とは、代替不可能な特別個体を指す」
エドワードは冷静に続ける。
「この書物によれば、日本語の恋愛強度においては、それを“運命”と表現するらしい」
一拍。
「非常に合理的だ」
「合理的じゃねぇよ!!」
「重すぎるわ!!」
「重いのか?」
わずかに首を傾げる。
「以前、お前は“使いやすい”は軽いと言った」
「だから、強度を最大に引き上げた」
「不満か?」
真顔だった。
一点の曇りもない青い瞳。
そこにあるのは、ただの“正しい判断”という認識。
拓海は顔を真っ赤にし、胃のあたりを押さえた。
「不満とかじゃねぇよ……!」
「お前、それ外で絶対に言うなよ」
「なぜだ」
「事実は公表すべきだろう」
「公表すんな!!」
「……あー、もう、ヤバイな、お前……」
拓海が頭を抱える。
その様子を見て、エドワードはほんのわずかに口角を上げた。
「……そうか」
一拍。
「ならば、今の私は最高に『ヤバイ』ということだな」
(……訂正)
(……ハミルトン様、明確に悪化傾向)
ジョージのペンが、静かに走った。
【サエキ事変・新学期編】
ハミルトン様、言語強度の設定を最大値へ更新。
対象への影響、甚大。
なお、本件は周囲環境への波及が予測される。
(……極めて高確率で、拡散する)
新学期は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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