第六十六話 「末っ子の”長男デビュー”は、世話焼きのバグを生む」という話
「」→日本語
『』→英語
→すみませんが脳内変換してください!
拓海君は10歳年上のお姉ちゃん、8歳年上のお兄ちゃんがいる末っ子です。
夏祭りの終わり。
人混みが、引き潮のように去っていく土手の帰り道。
あれだけ騒がしかったエドワードが。
拓海の浴衣の袖を握ったまま、何も言わなくなった。
『…………』
「……おい、エド」
拓海が、上から覗き込む。
『どうしたんだよ。急に静かになって』
『……タクミ』
かすれた声。
『データの同期が……失敗した』
一拍。
『“ナツミOS”は……私が複製できない、古代のアーキテクチャだ……』
「……は?」
理解不能。
「……エド、英語やめろ」
「ボク、コトバ、フソク。……バグ。……サヨナラ、バイバイ」
吐き捨てるようなカタコト。
そのまま。
エドワードは、拓海の腕に額を押し当てた。
静かに、ただ、そこにいる。
いつもなら。
「構造」だの「最適解」だの。
うるさいくらいに言葉を並べるはずの“姫”が。
何も言わない。
『……なんだよ。バカか』
拓海が、小さく息を吐く。
『……下駄で歩きにくいんだろ』
一拍。
『ほら。ちゃんと掴まってろよ』
歩幅を、少しだけ落とす。
意識せず。
当たり前みたいに。
後ろで、ジョージが音を殺してシャッターを切る。
『ハミルトン様、識別不能なエラーに直面中』
『“17年の壁”は、物理的障壁として確認されました』
「――あ、たっくん!」
前方から、声。
「おじいちゃんにお土産のベビーカステラ買わなきゃ!」
菜摘が振り返る。
いつも通り、何も変わらない顔で。
「……ああ、わかったよ」
拓海が答える。
「菜摘、あんまり走るなよ。着崩れるぞ」
「たっくんは心配性だなぁ」
くすっと笑う。
「……エドワード君も、おじいちゃんにお土産買おう?」
「ほら、元気出して」
ぽん、と肩を叩く。
軽く、何気なく。
「…………」
エドワードは、何も返さない。
ただ、その“何気なさ”に。
確実に、もう一度負ける。
(……違う)
自分は。
計算して、近づいた。
構築して、距離を詰めた。
だが。
この女は呼吸をするように。
”そこにいる”。
『……タクミ』
小さく。
『……私には、この感情を定義できない』
一拍。
『ロジックではない』
さらに一拍。
『……ただ……冷たい』
「……冷たい?」
拓海が振り返る。
「腹でも壊したか?」
間。
「……ほら、帰るぞ。じいちゃんが待ってる」
少しだけ乱暴に。
でも、離さないように。
そのまま、数歩。
エドワードの足取りが、わずかに遅れる。
「……あーもう」
拓海が、小さく舌打ちした。
「……ほら」
袋をガサッと開ける。
「腹減ったんだろ」
一拍。
「カステラ、一個やるから泣き止め」
言うが早いか、ぽい、と。
ベビーカステラが、エドワードの口に放り込まれる。
「……ッ」
もぐ。咀嚼。沈黙。
「…………」
抗議も、否定も出てこない。
ただ。
そのまま、もう一歩。
拓海に引かれて、歩く。
完全に餌付け完了。
「新米お兄ちゃん」による。
「高慢な赤ん坊」への、合理的対応だった。
後ろで。
ジョージが、ハチマキを直しながらシャッターを切る。
『エドワード様』
『貴方は今、“王子”から“手のかかる弟”への転換に成功しました』
『サエキの兄貴肌本能、発動を確認』
カシャ。
■ ジョージの記録
【サエキ事変・帰路】
ハミルトン様、“ナツミOS”に対する戦術的敗北を確認。
しかし同時に。
サエキの「世話焼きスイッチ」の起動に成功。
末っ子であるサエキにとって、ハミルトン様は初の“守護対象”として再定義された。
当該現象は、「長男デビュー」に伴う行動変化として極めて重要。
なお。
観測者のレンズには、カステラを頬張りながらサエキに引かれて歩く、
非常に不服そうで、
しかし明らかに満足している姫の姿が、4Kで保存された。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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