ハミルトン伯爵が幸せになるまで:80
パーティー準備
『裁量とは、未来の妻の自由意志を尊重することを学習した西欧の魔王が、クリスマスパーティーの招待客からナプキンリングまで逐一お伺いを立てた結果、三日目にして狂犬お嬢様(拓海)の忍耐を限界突破させ、「俺が任せるっつったら勝手に決めやがれ、ばかちんが!!」と逆方向から叱責され、意思尊重と委任の違いを再教育される現象のことであるという話』
【ハミルトン別邸】
~意思確認という名の絨毯爆撃~
十二月初旬。
由緒正しきハミルトン家では、今年もクリスマスパーティーの準備が本格的に始まっていた。
そしてその準備と同時に、別邸では新たな問題が発生している。
原因。
エドワード・ハミルトン。
少し前、
未来の妻の予定を、本人へ何の確認もなく勝手に変更し、
大学まで休ませた結果、十日近く別邸から消えられた男である。
そこから何を学んだのか。
本人なりに必死で考えた。
そして辿り着いた結論が、
【何事も、拓海嬢へ確認する】
だった。
間違ってはいない。
ただし、
やはり極端だった。
◆
【一日目】
「拓海嬢」
「ん?」
「今年のクリスマスパーティーですが、招待客は例年通りでよろしいでしょうか?」
「いいんじゃね?」
「ありがとうございます。お料理は昨年同様、フレンチを中心に?」
「おう」
「メインはローストビーフと七面鳥、どちらがよろしいですか?」
「肉ならどっちでもいい^^」
「では両方を?」
「好きにしろ」
「装花は赤を基調にしても?」
「好きにしろ」
まだ平和だった。
◆
【二日目】
「拓海嬢」
「ん?」
「テーブルクロスですが」
「任せる」
「こちらのアイボリーと、深紅のものではどちらが――」
「どっちでもいい」
「ナプキンリングはこちらの二種類のうち――」
「好きにしろ」
「キャンドルは高さを揃えるか、段差をつけるか………」
「エドが決めろ」
「では、こちらで……」
「おう」
「……ただ、念のため拓海嬢の最終確認を」
「…………」
ピキ。
何かが、小さく軋んだ。
◆
【三日目】
「拓海嬢」
「…………」
「招待状の封蝋なのですが」
「…………」
「ハミルトン家の紋章のみと、クリスマス用の意匠を加えたものの二案がございまして――」
「エド」
「はい^^」
「お前さ」
「はい?」
拓海がゆっくり顔を上げた。
「俺が『勝手に決めんな』って言った意味」
「もちろん理解しております!」
エドワードは自信満々である。
「ですので今回は、すべて拓海嬢のご意向を最優先に……」
「勝手に決めやがれ、ばかちんが!!!!」
「!?!?」
完全停止。
「な……」
「なんですか!?」
「どういうことですかぁぁぁぁぁ(´;ω;`)!!」
「うるせぇ!!」
「勝手に決めれば怒られ!」
「おう!」
「確認すれば怒られ!!」
「おう!」
「では私はどうすればいいのですかぁぁぁぁ!!」
「だから極端なんだよお前は!!」
◆
【再教育】
~裁量という高等概念~
拓海は盛大に頭を抱えた。
「いいか」
「……はい」
「よく聞け」
「はい……」
指を一本立てる。
「俺の大学」
「絶対に確認します」
「よし」
二本目。
「俺の予定」
「勝手に変更しません」
「よし」
三本目。
「俺の身体とか、俺自身に関わること」
「必ず拓海嬢へ確認します」
「よし」
そして四本目。
「でも」
「……はい」
「キャンドル何センチとか」
「…………」
「封蝋どっちとか」
「…………」
「ナプキンリング何色とか」
「…………」
「知らんがな!!」
「…………」
「お前んちの仕事だろ!!」
「…………!」
拓海はそのまま続けた。
「あと」
「はい」
「俺に関係あることでも」
「はい」
「俺が『任せる』っつったら」
「…………」
「お前が決めろ」
「…………」
エドワードが少し混乱した顔をする。
「ですが」
「ん?」
「私が決めた場合、それは勝手に決めたことには……」
「ならねぇよ!!」
「!?」
「俺が任せたんだから!!」
「…………」
「俺が『お前が決めていい』って言ってんだから!」
「…………!」
「その時点で勝手じゃねぇんだよ、ばかちん!!www」
「………っ!!」
ようやく理解した。
その横では、ジョージが紅茶を飲みながらにこにこしている。
「ハミルトン」
「なんだ!」
「ようやく人間社会における『裁量』を学んだね^^」
「黙れジョージ!!」
◆
【確認テスト~どこまで聞く?~
「では……」
エドワードが恐る恐る確認する。
「お料理は?」
「お前が決めろ」
「装花は?」
「好きにしろ」
「招待客は?」
「俺に関係ある奴が増えるなら一応言え」
「承知しました」
「拓海嬢のお席は?」
「俺に聞け」
「照明は?」
「勝手にしろ」
「七面鳥の重量は?」
「知るか!!www」
「分かりました!!」
「本当に分かったか!?」
「はい!!」
「じゃあもう俺にキャンドルの高さ聞くなよ」
「……はい」
「なんで寂しそうなんだよ」
「拓海嬢と相談できる機会が……」
「他で話せwww」
◆
【数日後】
~ドレスという別問題~
そして数日後。
エドワードが、再び恐る恐る拓海の前へ現れた。
手には大量のドレスカタログを抱えている。
「拓海嬢」
「ん?」
「今年のクリスマスパーティーでお召しになるドレスですが」
「おう」
テーブルへ並べられた候補は十着。
拓海はカタログを見る。
エドワードを見る。
もう一度カタログを見る。
「……は?」
「?」
「お前が選ばねぇの?」
「…………」
「なんで?」
「今年は」
エドワードが慎重に言葉を選ぶ。
「拓海嬢ご自身のご希望を、最優先にした方がよろしいかと」
「…………」
「もちろん、ご相談いただければ私も……」
「エド」
「はい」
「俺」
「はい」
「ドレス選ぶのめんどくせぇから」
「…………」
「今までお前に任せてたんだけど?」
「…………」
「それを急に全部俺に返してくんなよwww」
「ですが……」
「嫌だったら嫌って言う!」
「…………」
拓海が指を折りながら説明する。
「お前が選ぶ」
「はい」
「俺が見る」
「はい」
「嫌だったら却下」
「はい」
「終わり」
「…………」
「シンプルだろ?」
「…………はい」
「分かった?」
「……分かりました」
「よし^^」
◆
【宝石】
~もっと分からない~
「では」
エドワードが少し明るくなった。
「宝飾品も……私が選んでよろしいのですか?」
「当たり前だろ」
「…………!」
「俺」
拓海がカタログを見る。
「石の名前とか知らねぇし」
「こちらはアクアマリンで」
「知らん」
「サファイアは?」
「青い」
「エメラルドは?」
「緑」
「ルビーは?」
「赤」
「…………」
「似合うやつ出せ^^」
「はい!!」
完全覚醒。
◆
【職人】
~過保護魔王、本領発揮~
許可。
そして委任。
その二つを正式に受け取った瞬間、エドワードの目が変わった。
「今年はこちらの深緑がよろしいですね」
「ふーん」
「シルクベルベットにして、光沢は抑えめに」
「任せる」
「拓海嬢の黒髪が最も映えるよう、首元はすっきりと」
「おう」
「ですが、今年は昨年より少し柔らかさを出したいですね」
「好きにしろ」
「肩は露出を抑えて」
「好きにしろ」
「背中も開けすぎず」
「好きにしろ」
「胸元は絶対に深くしません」
「…………」
「…………」
拓海がじっと見る。
「それ後半ただのお前の趣味じゃねぇかwww」
「違います!!」
「絶対嘘だろ!」
「品位です!!」
「はいはい^^」
「拓海嬢!」
「まあ」
拓海が笑った。
「それでいいんだよ」
「…………」
エドワードがぴたりと止まる。
「……私が」
「ん?」
「選んでも」
「おう」
「本当に?」
「しつけぇなwww」
「……はい^^」
今度こそ完全復旧した。
◆
【クリスマス当日】
~最高傑作~
そして、クリスマスパーティー当日。
大広間へ続く扉の前で、エドワードは拓海を待っていた。
やがて扉が開く。
「…………」
現れた拓海は、深い緑のシルクベルベットのドレスを纏っていた。
柔らかな光を吸い込むような、クラシカルな生地。
黒髪は艶やかにまとめられ、首元にはエドワードが選び抜いたエメラルドが輝いている。
華美すぎない。
けれど、誰より目を引く。
完璧な佐伯拓海だった。
「…………」
エドワード、停止。
「エド」
「…………」
「どう?」
「…………」
「おーい」
「……やはり」
ようやく声が出る。
「私が選んだものが」
「うん」
「世界で一番」
「うん」
「拓海嬢にお似合いです……(*´ω`)」
「堂々と自画自賛すんなwww」
「事実です!!」
「はいはい^^」
エドワードが手を差し出す。
拓海はその手を見て、何の躊躇もなく自分の手を重ねた。
「行くぞ^^」
「はい^^」
◆
「勝手に決めるな」
そう怒られた男が。
今度は、
「お前が決めていい」
と、改めて任された。
”意思を尊重することと、判断をすべて相手へ返してしまうことは違う”
そして。
「任せる」という言葉は、「どうでもいい」という意味でもない。
少なくとも拓海が、ドレスや宝石をエドワードへ任せる理由は単純だった。
面倒だから
というのも、もちろんある。
だがそれだけではない。
自分に何が似合うか。
どうすれば自分が一番よく見えるか。
そういうことを、この男が誰よりよく知っている。
そして何より。
選ばれたものが気に入らなければ、拓海は普通に、
「嫌だ」
と言える。
その時エドワードは、別のものを選び直す。
だから任せられる。
「拓海嬢」
「何?」
「本当にお美しいです」
「知ってる^^」
「…………(*´ω`)」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「私が選びましたから」
「やっぱ自画自賛じゃねぇかwww」
笑いながら、二人は大広間へ入っていく。
こうして数々の重大なシステム障害を乗り越えた西欧の過保護魔王は、
意思尊重。
本人確認。
拒否権。
最終決定権。
そして、委任された範囲では全力で好きにやってよし
という、佐伯拓海専用の最新ガイドラインを無事習得したのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




