ハミルトン伯爵が幸せになるまで:81
猫と下僕
『主従とは、妹の様子を見に名門伯爵家のクリスマスパーティーへ出席した佐伯家の最高戦力(姉・詩織)が、迎える側の女主人として堂々たる振る舞いを見せる妹と、その背後で一挙手一投足に許可を取りながら嬉々として尽くす西欧の魔王を検分した末、「飼われていたのは妹ではなく、伯爵の方だった」と乾いた悟りを開く現象のことであるという話』
【ロンドン・ハミルトン邸】
~クリスマスパーティー~
十二月下旬。
ハミルトン家主催の正式なクリスマスパーティー。
招待状を受け取った詩織は、華やかに飾り付けられたハミルトン邸のエントランスへ
足を踏み入れて……一瞬、足を止めた。
「…………」
そこに妹がいる。
だが、客として招かれた妹ではない。
若き当主エドワード・ハミルトンの隣で背筋を伸ばし、
完璧な微笑みを浮かべながら、訪れる客人たちへ堂々と挨拶をしている。
『佐伯拓海』
深い緑のクラシカルなシルクベルベットのドレス。首元には上品に輝くエメラルド。
艶やかに整えられた黒髪。
立ち姿も、視線も、微笑みも。
すべてが完璧だった。
「佐伯嬢。今年も実に素晴らしい夜ですな」
「ありがとうございます。どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ^^」
「来年もぜひ、このような素晴らしい会を」
「もちろんでございます^^」
十五年間、佐伯家と名門女子校で磨き上げられた完璧なお嬢様。
いや、
今や、未来の伯爵夫人。
「…………」
詩織は静かに妹を見つめた。
本当に堂々としている。
もう「エドワード様の婚約者として招かれた日本人令嬢」ではない。
完全に迎える側。
ハミルトン家の人間として、そこに立っていた。
◆
「……拓海」
声を掛ける。
「!」
妹の顔が一瞬で崩れた。
「お、姉ちゃん!」
先ほどまで浮かべていた楚々とした微笑み、消滅。
「来たか^^」
「ええ」
詩織は改めて、拓海を上から下まで眺めた。
「……今年も随分」
「ん?」
「綺麗に仕上げてもらったのね」
「あー」
拓海が自分のドレスを見る。
「これ?」
「ええ」
「全部エド^^」
「…………」
横を見る。
エドワード。
(*´ω`)////
「なんで選んだお前が照れてんだよwww」
「拓海嬢がお美しいので……」
「自画自賛だろ、それ」
「違います!」
「同じよ」
詩織が小さく笑った。
「でも、よく似合っているわ」
「だろ^^」
拓海、満足。
そしてすぐに姉の腕を引いた。
「姉ちゃん、あっちのローストビーフ食った?」
「まだよ」
「めちゃくちゃうめぇぞ^^」
「…………」
詩織は、ほんの少しだけ安心した。
「……そう」
「食え食え^^」
「安心したわ」
「何が?」
「何でもないわ^^」
見た目は立派な未来の女主人。
中身は一ミリも変わっていない。
◆
【サロンの片隅】
~家出ログの開示~
パーティーも中盤に差しかかり、エドワードが客人への挨拶のため少し席を外した。
拓海と詩織は、テラス近くのソファへ並んで腰を下ろしている。
「そういやさ」
「なに?」
「姉ちゃん」
「ええ」
「この前、俺、一週間ちょいここ出てた^^」
「…………」
詩織のグラスを持つ手が止まった。
「……なぜ?」
「エドと喧嘩した」
「…………」
「何をしたの、エドワード様」
最初から妹ではなく相手を疑った。
「俺が風邪で寝込んだあと」
「ええ」
「大学とかゼミとか予定とか、俺に何も聞かずに全部勝手にキャンセルしやがってさ」
「…………」
「車も出さねぇっつって」
「…………」
詩織の笑顔が消える。
「……エドワード様が?」
「おう」
「それで?」
「ムカついたから」
拓海は何でもないことのようにグラスを傾けた。
「『触んな』っつって出てった^^」
「…………」
「居場所は?」
「教えてねぇ」
「…………」
「一週間くらい友達んとこいた」
長い沈黙。
「……まあ」
詩織が額を押さえた。
「それは完全に、エドワード様が境界線を踏み越えたわね」
「だろ^^」
「そこまでされれば、あなたが怒るのも当然だわ」
「だよな!」
「でも」
詩織が妹を見る。
「よく戻ったわね」
「?」
「あなた、一度『もういい』となったら、本当にそのまま行くでしょう」
「まあな」
「なのに今、ここにいる」
詩織は少し間を置いた。
「何かあったの?」
「何が?」
「戻る理由」
「んー」
拓海は少し考えた。
本当に、”少しだけ”。
そして。
「もう勝手に決めねぇって分かったから」
「…………」
「それだけ?」
「それだけって?」
「…………」
「悪いとこ直ったんだから」
拓海は本気で不思議そうな顔をした。
「戻るだろ普通 (・∇・)」
「…………」
詩織、理解完了。
寂しかったからではない。
会いたかったからでもない。
これまでの情に絆されたわけでもない。
問題があった。
だから距離を置いた。
相手が問題を理解した。
だから戻った。
『ただ、それだけ』
「…………」
相変わらず、妙なところで恐ろしく割り切っている。
◆
【高頻度リクエスト処理】
~下僕、巡回~
その時。
「拓海嬢」
「ん?」
エドワードが戻ってきた。
「少しテラスからの風が冷たくなってまいりました。ショールをお持ちしてもよろしいですか?」
「頼む^^」
「はい^^」
即座にショールを取り、拓海の肩へふわりと掛ける。
襟元を整えながら、
「きつくありませんか?」
「平気」
「暑くは?」
「ちょうどいい」
「よかったです^^」
「…………」
詩織、観察。
「お飲み物はいかがです?」
「なんか甘くない炭酸」
「すぐにお持ちします^^」
スッと消える。
そして、すぐ戻る。
「拓海嬢、こちらを」
「サンキュ^^」
「お食事は足りていますか?」
「肉、もうちょい食いたい」
「では今、良い部位を切り分けてもらいます^^」
再び、スッと消える。
また戻る。
「こちらを」
「おー^^」
皿を渡したと思えば、今度は足元を見る。
「お履き物は痛くありませんか?」
「ちょっと踵痛ぇ」
「控室に柔らかい靴をご用意してあります」
「あとで履き替える」
「承知しました^^」
「…………」
詩織、無言。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「拓海」
「ん?」
「あなた」
「何?」
「エドワード様に何をしたの?」
「何もしてねぇよ!?」
「…………」
「俺、肉食ってるだけだぞwww」
「そうね」
「だろ?」
「でも」
詩織がエドワードを見る。
「さっきから完全に、あなたの言うことを聞く係になっているけれど」
「wwwww」
「以前より悪化してない?」
「悪化ってwww」
「何をしたの」
「だから」
拓海は肉を一口食べる。
もぐもぐ。
「勝手に決めんなって言ったら、ちゃんと聞いてから動くようになったんだよ^^」
「…………」
詩織は理解した。
理解したくはなかった。
◆
さらに。
「拓海嬢」
「今度は何?」
「そろそろ記念写真の撮影のお時間ですが」
「あー……写真か」
拓海が露骨に嫌そうな顔をする。
「めんどくせぇな」
「では、後になさいますか?」
「んー」
少し考える。
「いや。後回しもめんどくせぇ」
「では、今?」
「行く」
「分かりました^^」
「でも」
拓海が皿を持ち上げた。
「この肉食ってから」
「もちろんです」
エドワードは時計を確認する。
「では、五分後にカメラマンをお呼びいたします」
「おう^^」
「…………」
詩織、沈黙。
主人ではない。
飼い主でもない。
では、何なのか。
「…………」
これは。
『猫だ。』
好きな時に食う。
嫌なら嫌と言う。
動きたくなれば動く。
本人の意思を曲げようとすれば、逃げる。
そして、その猫の要求を絶妙なタイミングで拾い上げ、最適解を提供する男が一人。
世界でも屈指の高性能下僕。
「…………」
(……何なの、この二人)
◆
【下僕の幸福論】
~姉の悟り~
パーティーも終盤。
詩織はグラスを片手に、エドワードの隣へ立った。
「エドワード様」
「はい、詩織様」
「…………」
少し迷ってから、尋ねる。
「大変ですね」
「?」
「拓海のお世話」
「…………」
エドワードは一瞬きょとんとした。
だが次の瞬間。
一点の曇りもない笑顔を浮かべた。
「いいえ^^」
「…………」
「拓海嬢のお世話をさせていただけること以上の幸福など、この世にございません^^」
「…………そうですか」
即答だった。
詩織は静かに視線を戻した。
その先では、拓海が皿に盛られた肉を食べている。
満面の笑み。
「うめぇ^^」
「…………」
もういい。
妹が名門伯爵家へ嫁ぐ。
最初にそれを聞いた時、詩織は少なからず心配した。
英国。
名門。
伯爵家。
伝統と格式としきたり。
自由奔放な妹がその中へ呑み込まれ、窮屈な思いをするのではないか。
そんなことも考えた。
けれど今、目の前にある現実。
「拓海嬢、お飲み物のおかわりはいかがです?」
「飲む^^」
「すぐに」
「あ、あと肉も」
「もちろんです^^」
「…………」
どうやら心配する方向を、完全に間違えていたらしい。
妹が伯爵家に飼われたのではない。
かといって、拓海がエドワードを縛っているわけでもない。
当代ハミルトン伯爵が、自ら進んで妹の世話係へ収まり。
しかも。
誰より幸せそうなのである。
「…………」
詩織は静かにシャンパンを口へ運んだ。
(……ええ)
もう一度、妹を見る。
(もういいわ。この二人)
◆
こうして三年目のクリスマス。
ハミルトン家の未来の女主人、佐伯拓海は完璧なドレス姿で客人を迎え、
社交をこなし、未来の伯爵夫人として堂々たる存在感を示した。
そして、そのすぐ後ろでは。
「拓海嬢、少し冷えてまいりました」
「おう」
「ショールを?」
「頼む^^」
「はい^^」
当代ハミルトン伯爵、エドワード・ハミルトン。
誰より幸せそうな顔で、今日も未来の妻の世話を焼いている。
世界有数の名門伯爵家。
その最新の主従関係。
猫:佐伯拓海。
下僕:エドワード・ハミルトン。
なお、猫本人。
「俺、犬じゃなかったっけ? (・∇・)」
依然、自覚なし。
そして西欧の過保護魔王は今夜も喜んで、その猫へ肉を運ぶのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




