表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
727/730

ハミルトン伯爵が幸せになるまで:78

拓海は犬ってか猫?

復帰リジョインとは、過保護の越境によって一週間以上別邸を離れていた狂犬お嬢様(拓海)が、境界線を学習した西欧の魔王エドワードを確認した末、「ならいいじゃん^^」と何のドラマもなく自分の意思で帰宅し、抱擁すら許可を求めるようになった魔王へ「帰ってきたらやっぱここ楽だな^^」という致死量の帰属認定を与える現象のことであるという話』



【ハミルトン別邸】

~予期せぬ帰還~


荷物を取りに来てから、さらに三日。

拓海はまだ戻ってこなかった。


エドワードも、もう探さなかった。

大学で姿を見かけても追わない。誰と話していても割り込まない。どこへ帰るのかも聞かない。


”ただ、待った”


帰ってくるという保証など、どこにもないまま。



その日の夕方。

公務を終えたエドワードは、いつものように一人、重い足取りで別邸へ帰ってきた。


「ただいま戻りました……」


返事など期待していない。

ここ十日ほど、ずっとそうだった。


玄関でコートを脱ぎかけて、ふと動きが止まる。


「…………?」


コート掛けに、見慣れたジャケットがあった。


一度、瞬きをする。


もう一度見る。


見間違いではない。

何度も自分の手で拓海の肩へ掛けたことのある、あのジャケットだった。


「…………っ」


心臓が大きく跳ねた。

だが、期待するのが怖い。

忘れていっただけかもしれない。

また荷物を取りに来ただけかもしれない。

そして、すぐに出ていくのかもしれない。


エドワードは足音まで殺すように、そっとリビングへ向かった。


そして。


「…………」


いた。


巨大な特注ソファの真ん中。


ジャージ姿で裸足。クッションを腹の下へ敷いてうつ伏せになり、

テレビを見ながらポテトチップスをボリボリ食っている。


あまりにも、いつもの佐伯拓海だった。


「お」


気配に気づき、拓海が顔を上げる。


「エド」


にっ、と笑った。


「おかえり^^」


「…………」


エドワードの全思考機能が停止した。



【帰還】

~帰ってきた本人だけが通常運転~


「…………拓海、嬢……?」


「ん?」


「……あの……」


声が震える。


「なぜ……こちらに……?」


「なぜって」


拓海はポテチを一枚口へ放り込んだ。


ぱりっ。


「帰ってきた^^」


「…………」


それだけ。


泣かない。

謝らない。

「寂しかった」も「会いたかった」もない。


感動的な再会の台詞など、何ひとつなかった。


『少し長めに外へ出て、気が済んだからいつもの場所へ戻ってきた』


そんな顔をしている。


エドワードだけが、この十日間ずっと生き地獄を這いずり回っていたことなど、

まるで知らないような顔だった。


「何?」


「……本当に」


エドワードは恐る恐る聞いた。


「お戻りに……なったのですか?」


「だからそう言ってんじゃん」


「荷物を取りにいらしただけでは……?」


「今日は違う」


「…………」


「ちゃんと帰ってきたぞ^^」


「…………っ」


目頭が一瞬で熱くなる。


「おい」


拓海が眉を寄せた。


「まだ泣くなよ」


「……努力いたします……っ」


「もう泣きそうじゃねぇかwww」



【監査】

~狂犬による最終確認~


それでもエドワードは近づかなかった。

ソファから数メートル離れた場所に立ち、一歩も動こうとしない。


拓海が不思議そうに見る。


「何突っ立ってんの?」


「…………」


「座れば?」


「……よろしいのですか?」


「…………」


拓海の眉間に皺が寄った。


「お前、俺んち来た客かよ」


「い、いえ……!」


「ここお前んちだろwww」


「ですが……」


まだ怖かった。

あの日、叩き落とされた自分の手。


『触んな』


あの声が、今も耳に残っている。


拓海はしばらくそんなエドワードを眺めていたが、やがて身体を起こした。


「エド」


「はい」


「確認な」


「……はい」


「俺の大学」


「勝手に休ませません」


即答だった。


「俺の予定」


「勝手に変更いたしません」


「俺の居場所」


「拓海嬢が話したくない限り、詮索いたしません」


「追跡」


「絶対にいたしません」


「俺が嫌だっつったら?」


「やめます」


「心配でも?」


一瞬だけ、エドワードが詰まった。


それでも答える。


「……はい」


「…………」


「心配であっても、まず拓海嬢ご自身の意思を確認いたします」


拓海がじっと見る。

エドワードも視線を逸らさない。

けれど、何も要求しない。


数秒の沈黙のあと。

拓海が、にっと笑った。


「なら、いいじゃん^^」


「…………っ」


「解決しただろ」


「……はい……」


「じゃ、終わり」


「…………終わり?」


「おう」


あっさり。


「何ビビってんだよ (・∇・)」


エドワードにとっては十日間の地獄。


けれど拓海にとっては、問題が起きたから距離を置き、

相手が理解したことを確認し、問題が解決した。


なら、終了。


ただそれだけだった。



【学習】

~許可制になった魔王~


「……拓海嬢」


「ん?」


「その……」


エドワードが少しだけ手を上げる。


だが途中で止めた。


「なんだよ」


「……抱きしめても」


声が小さくなる。


「よろしいでしょうか……?」


「…………」


拓海が目を瞬いた。


以前なら聞かなかった。


嬉しければ抱きつく。

心配なら抱きつく。

泣けば抱きつく。


拓海が「苦しい!」と暴れても、


「拓海嬢ぉぉぉ!」


と構わず抱きしめていた男だ。


その男が今は、自分から一線を越えず、許可を待っている。

拓海の口元が、ほんの少し緩んだ。


「いいぞ^^」


「………っ」


ようやくエドワードが一歩近づく。


そして壊れ物に触れるように、恐る恐る腕を回した。


「…………拓海嬢……」


「おう」


「…………」


「……エド?」


「…………っ」


ぎゅううううう。


「ぐえっ」


「拓海嬢ぉぉぉぉぉぉ……(´;ω;`)」


「苦しい苦しい苦しいwww!! やっぱお前加減知らねぇな!!」


「申し訳ありませんっ……ですが……っ」


「泣くな! 鼻水つけんな!!www」


「はいぃぃぃ……(´;ω;`)」



【帰属】

~選んで戻ってきた場所~


しばらく好きなだけ泣かせてやったあと、拓海がエドワードの腕をぺしぺし叩いた。


「もういいだろ。離せ」


「……もう少しだけ……」


「しょうがねぇなぁ」


「ありがとうございます……」


「何の礼だよwww」


ようやく解放された拓海は、またソファへ戻っていつもの定位置にごろんと転がった。


エドワードは、その姿をただ見つめる。


”数日前まで空だった場所”


誰もいなかった場所に、拓海がいる。


「……でもまあ」


「……?」


ポテチの袋へ手を突っ込みながら、拓海が何気なく言った。


「帰ってきたら、やっぱここ楽だな^^」


「…………」


ぱりっ。


「ソファでけぇし」


「…………」


「飯うめぇし」


「…………っ」


「風呂もでけぇし」


「…………っっ」


「エドもいるし」


「…………っっっ!!」


「ん?」


「拓海嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(´;ω;`)!!!!」


「なんでそこで限界突破すんだよwww!!」


「い、今……私も……っ」


「いるだろ。見りゃ分かるじゃん (・∇・)」


「はいぃぃぃぃ……!!」


拓海にとって、エドワードがいなければ生きられないわけではない。

この男だけが、自分を幸せにできるわけでもない。


けれど。


この屋敷。

この暮らし。

この大きなソファ。

美味い食事。

広い風呂。


そして、”その中に当然のようにいるエドワードまで含めて”。


今の生活を、「拓海は気に入っている」。


それだけだった。



「あー」


拓海が身体を起こした。


「腹減った!」


「!」


エドワードが瞬時に復活する。


「すぐにご用意させます!」


「肉^^」


「はい!」


「でかいやつ」


「もちろんです!!」


「あと芋」


「ご用意いたします!」


「デザートも」


「お好きなものを!」


「よし^^」


満足そうに拓海が立ち上がる。

エドワードも当然のように、その後ろについていった。


十日前までとよく似た光景。

けれど、何もかもが元通りになったわけではない。


エドワードはもう知っている。

この女を、自分のそばへ縛りつけることはできない。


追いかければ逃げる。

捕まえようとすれば振りほどく。

閉じ込めれば、爪どころか牙まで立てて飛び出していく。

そして出ていった先でも、本人は案外けろりとしている。

好きな場所を、自分の足で好きなように歩いていく。


けれど今回、拓海は何も考えず気まぐれに戻ってきたわけではなかった。


自分で見た。

自分で確かめた。

そして、自分でここへ帰ると決めた。


エドワードは迎えに行かなかった。

居場所も探さなかった。

家族へ説得を頼むこともしなかった。

帰ってくれと泣いて縋ることさえ、今回はしなかった。


扉はずっと開いたままだった。

拓海はいつでも、どこへでも行けた。

そしてそれでも今日、自分の足でその扉をくぐった。


「エドー!」


奥から声が飛んでくる。


「肉まだー?」


「ただいま参ります!!」


エドワードが慌てて声の方へ駆けていく。


自由であることを、エドワードが許したから戻ってきたのではない。


『自由は最初から、佐伯拓海のものだった』


エドワードがようやく、それを理解しただけだ。


そのうえで今日も、佐伯拓海はハミルトン別邸にいる。


いつまた外へ飛び出すかは、誰にも分からない。

それでも今夜は、ここにいる。


エドワードにとっては、それだけで世界中の何よりも幸福なことなのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ